8.14.2018

[film] The Pumpkin Eater (1964)

7月29日の日曜日の晩、BFIのPinter特集で、”The Collection”に続けて見ました。

原作はPenelope Mortimerの小説、脚本がPinterで、監督はJack Clayton。
邦題は『女が愛情に渇くとき』(← 女性を貶めて男性客を呼び込む昭和の邦題マーケティング。最近の邦題は女性客を呼びこむ方に向いているが根は一緒。しみじみしょうもない)

今回のPinter特集のメインイメージになっているのが、この映画のかっこいいスチールなの。

Jo (Anne Bancroft) がJake (Peter Finch)と2番目の夫の紹介で出会って仲良くなって結婚して、Joには3度目の結婚で、Jakeの連れ子も含めて8人くらいの子持ちの大所帯になって、賑やかで幸せそうに見えるのだが、売れっ子のScreen writerでよいひと風のJakeのDVとか度重なる浮気とかで、Joの精神とか行動が緩やかに病んで壊れていく様をアントニオーニ風に荒んでいく心象風景と共に描いていく。

Jo - Anne Bancroftの演技が圧倒的で、デパート(Harrods)を歩いていて錯乱して泣きだしてしまうところ、美容院で隣に座った客とのやりとりでおかしくなるところとか、医者とのかみ合わない会話とか、表面 - 表情とその裏側の攻防をどろどろ風にではなく表面張力を保ちつつドライに並べていくことで、人混み(含.家族)のなかの彼女の孤独と救いようのなさが際立ってすごいの。

Jake – Peter Finchは同年の“Girl with Green Eyes”に続いて社会的地位もある堅くて立派な文化人ふうで、女子はすぐにぽーっとなるけどその裏で実は… みたいな役が揺るぎなくかっこいいし。

そしてこれの前に見た2本のPinterの中編を経て、ここの夫婦間の葛藤ドラマを見てみると、ひと同士の猜疑心とか嫉妬とか不信とか起因なのでどこまでも深く際限なくて、ほんと延々終わらないし決着つかないし、そういうのをぷつっと切ってしまう(前2作のような)のもあるし、この作品のようにそれでも我が家、ここが最後に還る場所、みたいに落着(錯覚)させてしまう(実はなにひとつ解決していないけど)やり方もあるし。 例えば、ベルイマンだとここに神とか仮面とか血縁とかより抽象度の高いなにかを持ちこんでくるので考える軸みたいのは出てくるのだが、こっちのには一見なんもない – なんでもあり - な気がしていて、そこを単なるKitchen sink realismって片づけてよいかというとなんか勿体ないかなあ、って。 例えば、Pinterの演技者とか筋運びへの作為、放置に近いようにみえるその底なし感の底にあるのって、フェミニズム観点で掘ってみると相当いろいろ出てくるのではないかしら。 それをやっていくと50 - 60年代の英国の文化土壌みたいなところに行ってしまうのかもしれないけど。

タイトルは英国の童歌 - "Peter Peter Pumpkin Eater"から来ていて、これも主はPeterの方で、かぼちゃ喰いの欲張りPeterが妻になんかしちゃったよー、とかいう歌なの。

というのと、あとこれらの背後に「悪」とか「罪」とかは入ってこないのか、とも思って、それをやりだすとキリスト教的な倫理だのに行って面倒だからかもしれないし、ふだんの日々もそういうのなしで流れているから、ということなのかもしれないけど、これだけ端正できれいな画面構成でずーっと来て、最後の最後にホラーみたいなほうに転調するとか、映画ならあってもおもしろくなったかも、とか。なくてもじゅうぶんにおもしろいけど。

他にはちゃきちゃきした浮気相手のMaggie Smithとか、妻が浮気されて文句を言いに来るエロおやじ風のJames Masonとか、Joを混乱させるためにやってくる脇役達も素敵なの。

たいへんおもしろかったので、このPinter特集、追える範囲で追ってみることにした。

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