8.29.2018

[film] The Bride Wore Red (1937)

11日の土曜日、BFIのJoan Crawford特集で見た2本。どちらも37年、どちらもJoseph L. Mankiewiczの製作。
どちらもJoan Crawfordがすばらしくて、とにかくおもしろいったら。

The Bride Wore Red (1937)

お金持ちのArmalia伯爵 (George Zucco)が若い貴族のRudi(Robert Young)と議論していて、人を貴族か労働者かに分けてしまうのは単なる運だと思う、と主張して、それを試してみようぜ、ってひとり安酒場に行ってそこで歌っていた歌手のAnni (Joan Crawford)をリクルートして、お金とドレス一式あげるから高級リゾートホテルに滞在して金持ち貴族を引っかけてみろ、期限は2週間。という話を持ちかける。

Anniはそれに乗って意気込んでホテルに乗りこむとそこには幼馴染のMaria (Mary Philips)がメイドでいたりするのだが、AnniはAnne Vivaldiていう名の貴族のご令嬢、ということになってひとりで食事していると既に婚約者がいて彼女の一族と滞在しているRudiが引っかかってくる。彼は簡単にめろめろになって転がってきてしめしめ、なのだが 他方で地元の郵便配達員のGiulio (Franchot Tone - 当時のJoanの実の夫)も実直ないい奴なので気になり始めて、Giuloは彼女の企みを知ってそれでも彼女に想いを寄せてきて、さて最後に彼女はどっちを選ぶのか。

今だったらこんな鼻持ちならない問いや筋立てそのものがOutだと思うのだが、原作の設定だとAnniは娼婦だというし(そういえば”Pretty Woman” (1990)だって今見直したら相当なのかもなあ、とか)、これの監督は30年代に唯一活躍した女性監督 - Dorothy Arzner – だというし、単純に今の物差しで見てはいけないと思うものの、(男共からすれば)大らかで都合のよい時代だったのねえ。そういう時代だったからこそ、Joanみたいな人も現れたのかもね。

Mannequin (1937)

11日の土曜日、間に4Kリストア版の”Heathers” (1988) を挟んで晩に見た。ひまなの?
製作はJoseph L. Mankiewicz、監督はFrank Borzage。こんなの見るしかないやろ。

Jessie (Joan Crawford)は懸命に働いてLower East Sideのぼろアパートに暮らす貧しい一家を支えていて、一見羽振りのいいEddie (Alan Curtis)と仲良くなって結婚して、その披露宴で海運屋のお金持ちJohn L. Hennessey (Spencer Tracy)と出会う。ふたりの新婚生活は微妙で、Jessieはブロードウェイの舞台のバックの踊り子として働かなければいけなくて、そんな時、HennesseyがJessieに好意を持っていることに気づいたEddieはJessieにこれから離婚してお前はHennesseyと結婚しろ、でさっさか離婚して慰謝料をふんだくれと言われて、渋々そうするのだが、Hennesseyの素敵な人柄に触れて本当に好きになってしまい、幸せに結婚したのにまだEddieは付きまとってきて、同時にHennesseyの会社でも労働争議がもちあがって…

設定が結構ムリっぽかった“The Bride Wore Red”よりもこちらの方が滑らかなドラマとして見応えがあって、Spencer Tracyがあまりにいい人すぎるのでかえって心配になった(なんでそれまでひとりだったのかしら? とか)。

前の” The Bride Wore Red”もこの作品も、貧しいけれどそれなりに骨があってひとりでがんばっているJoan Crawfordに貴族とかちんぴらとかがお金絡みの話を持ちかけてきて、ひと悶着あって、でも最後にはお金で人をどうにかできると思ったらおお間違いよ、やっぱりいい人がいちばんよ、ていうところに落ちる、というところは共通しているかも。

じゃあこれをJoan Crawfordじゃないもっと女性女性したひとが演じたらどうなったか、と考えてみたけど、ふたりがきちんと恋に落ちるためにはJoan Crawfordみたいに芯からしっかりしていないとだめなんじゃないか、という点でやはりJoan Crawfordはどうみたって最強なのだった。 こういう女性像が求められていた時代、というのもあるのだろうか?  それともそこにJoan Crawfordそのひとがいたから、ということなのかしら?

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