4.26.2017

[music] Caetano Veloso & Teresa Cristina

21日、金曜日の晩、ふたたびBarbicanに行ってライブ。チケットを取ったとき、引越し前日であることはわかっていた気がする。 でも引越し当日だったとしてもたぶん行ったのだとおもう。

もういっこ、同じ日でぶつかっていた少し悩んだライブがあって、Southbankでの"An Ambient Evening with The Orb & Friends Electrical"ていうアンビエントの人たちがいっぱい出るやつで、アンビエントってライブでちゃんと聴いたことがないしな、だったのだがこれ4時間やる、って書いてあったので諦めた。 引越し前夜に4時間もライブで遊んでいるわけにはいかない  - でも結局どっちみちなーんもやらなかったよね、きみ。

これ、昨年10月の恵比寿のモントルーのに行けなかった復讐でもあって、Caetanoのライブってどれくらいぶりなのか、を掘ってみると、最後に見たのは2004年、Carnegie HallのDavid Byrneと一緒にやったやつだった。13年ぶり … やーねー。
もう四半世紀以上前(1990?)、考えたくもないくらいおお昔の日本青年館での初来日のライブで - 英国音楽の衰退とグランジの台頭で路頭に迷いかけていた自分の - 音楽観をひっくり返してくれたのが彼のライブで、以降NYでは結構通ったりしたのだが、ここんところはぜんぜんで、でも行きたいなー行かなきゃなー、だったの。

最初にCaetanoがひとりで出てきて、丁寧に会場に少しだけいる(笑)English Speakerのために英語でお話します、と(ぱちぱち)。
このコンサートでは、ギターとシンガー、3人くらいの最小構成でサンバのエッセンスを表現する、というのをやってみたかったのです、と。 うんうん。

最初にTeresa Cristinaさんとギター(7弦?)のCarlinhos Sete Cordasさんによるデュオ。
ギターとは思えない音域を自在に上下する分厚い伴奏にTeresaさんのゆったりどっしりとした歌唱が絡んで、びくともしない重心の低さと強さで吹きあげてくる。
一緒に歌えるような技術レベルではないので鼻歌でふんふんするひと多数。 MCでおもしろかったのはEscola de SambaのMangueiraの歌を歌うとき、あたしはずっとPortela(別の名門Escolaね)の歌い手だったんだ、これってどういうことかというと、マンチェスターのサポーターがチェルシーの応援歌を歌うようなもんなんだ、わかるか? って。 (場内爆笑)

40分弱のTeresaさんの歌のあと、間をおかずにCaetanoがギターいっぽん抱えて登場してさくさく歌いだす。
ああこれ、この声だわ。で、それだけでぜんぶ満たされて、音で満たされる、音が満ちてくるというのはこういうことなのだ、ということを思い出してうっとり。

6曲目くらいに"O Leãozinho”(小ライオンさん)を、それに続けて"Menino do Rio"を歌ってくれて、もうこれでいつしんでもいい引越しなんてどうなったっていい、になって、それからだれも「あの"Moonlight"の」なんて言わなくたってよい絶対の名曲"Cucurrucucú Paloma"をやって、英語のアカペラでCole Porterの”Love for Sale"をやって、最後は3人で"Desde que o Samba é Samba"をやって"Odara"をやって、2時間びっちり。 サンバがどう、ボッサがどう、という以前になんでこんなに不思議に響いてくるのか、なんでこんなに揺さぶられてしまうのだろう、てそればかり思っていた。思ったところでどうなるもんでもない、かきむしられてぼうっとして、それで終わりなんだ。
恋とはそういうもの。たとえばね。

それにしてもロンドンの人たちは、一緒に歌う歌う。 NYのライブではここまでみんなが歌うってなかったよねえ。ロンドンは60年代末、CaetanoとGilが亡命していた先でもあって、Caetanoのほうにも思い入れいっぱいあるようだった。

Caetanoはもう74歳で、それにしてはありえない声で、ずうっと、何度でも聴いていたい。

そして翌日の引越しのあいだは、小ライオンさんが足元にえんえんまとわりついてくるのだった。

[theater] Obsession

からだじゅうがいたいよう。

18日の火曜日から20日の木曜日までのドイツ〜オランダ出張は、団体行動で言われるままに右に左に動いていたのでぜーんぜんおもしろいことないままに終わってしまった。
ひとつだけ、Essenで泊まったホテルの隣にMuseum Folkwangていうのがあって、そこでGerhard Richterの展覧会 - “Die Editionen.” - をやっていたことか。 あんなのやっているのを見てしまった以上、しれっと突入しないわけにはいかなくなって、次の会議までの合間の15分くらいで中に入ってざーっと見て、小さなカタログも買った。 “Die Editionen.”ていうのは「エディション」、つまりは「版」ということで、彼のプリントワークを中心に彼にとってのバージョンとか複製、といった考え方を提示している - メインのイメージはSonic Youthの”Daydream Nation” (1988)にも使われた”Kerze” -  ようだったが、そういう主旨のものであるから数だけはいっぱい並んでいて、きちんと見きれなかったのが残念だったよう。

あとは、帰りにロッテルダムからアムステルダムの空港に向かう電車 - ひとりで乗った - 早とちりして直行ではなく遠回りの各駅に乗ってしまい少しびっくりしたが、デルフトとかハーグを通ったので、ああこれがデルフトかあー、と思ったこととか。 アムステルダムの空港内のチューリップ屋さんとかチーズが… とか。(チーズ、買っちゃうよねあんなの)

ふだんチケットを買っておいてもこういう出張が入って諦めざるを得なくなるのはこれまで何十回もあって、これもあーあしょうがないかー、だったのだが、チケットをようく見てみると開始は19:45とあって、空港に着く予定は18:25で、こういう短距離の飛行機は遅れたりするので期待はしないけどひょっとしたら.. とかじわじわ思うようになって、そうしたらほんとに時間通りに着いちゃったので、待っていた運転手のひとに自宅ではなくbarbicanのほうに行ってください、とお願いして、とりあえず直行して、クロークに荷物預けて、見ました。

“Obsession” - ヴィスコンティによる1942年の映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(原作:ジェームズ・M・ケイン)をIvo van Hoveが舞台化したもの。休憩なしの一幕、1時間50分。

舞台の真ん中には上から自動車と思われるエンジンのついた機械(ボタンを押すと轟音でエンジンがかかって煙があがる)が吊り下がっていて、開演前からGiuseppe (Gijs Scholten van Aschat)はその下に横たわってなんか作業をしている。
この自動車は最後までそこに垂れていて、不機嫌かつ冷徹な機械として命令されるままに「機能」したり「作動」したりする。

そこにハーモニカを吹きながら野卑で自由なGino (Jude Law)が流れてきて、つまんなそうに座っていたGiuseppeの若い妻Giovanna (Halina Reijn) と一瞬で、衝動的に恋におちて、やがてGiuseppeに雇われたGinoと3人で暮らし始めるのだが、なんか違うとGinoは再び旅にでて、偶然再会したらやっぱり燃えあがってしまったふたりはうざいGiuseppeを殺してしまって…
(映画とは結末が少しちがうかも)

常になにかに飢えてて満たされないまま日々を過ごしているGino、年の離れた夫に同じく満たされず、といって他に行きようのないまま囚われの日々を過ごしているGiovanna、Giuseppeだけがほぼすべてを握って満たされていて、そのように振る舞って許されるエゴとパワーを持っている。

欲望や衝動のダイナミックな動きとそれが必然的にぶつかってしまう障壁と、同じくそこに必然的に現れる亀裂と訪れる悲劇と、それらのもどかしさはこれまでNTLなどで見てきたIvo van Hoveの舞台とおなじかんじなのだが、今回のはとっても官能的で生生しいかんじがした。 NTLでみた"A View from the Bridge"のMark Strong、NYで舞台をみた"The Crucible"のBen Whishawと同じようにJude Lawもするするあっというまに上半身裸になってしまうのだが、前のふたりの裸には立ちはだかる制度や偏見に衝突した果てに現れる生身の身体の切迫感があったのに対し、Jude Lawのは欲望の赴くままの剥き出しに自由を求めていて、それをきっかけにいろんな困難や問題がなだれ込んでくる、そんなふう。 それに正面から応えて飛沫をあげるGiovanna役のHalina Reijnも堂々と力強くてエロい。

Jude Law自身がそもそも持っているワイルドな力強さを改めてすごーいと再認識した。ヴィスコンティの映画にいかにも登場しそうな、端正だけどぎらぎらした野生を抱えこんだ貌をじゅうぶん堪能できる。

シンプルな舞台にプロジェクションしたりとてつもない音を被せたり、は今回も同様で、ラブシーンの際はふたりの重なり合う顔面がでっかく映し出されたり、えんえん走り続ける(しかない)Jude Lawの顔とか。音だとエンジンの爆音と野良猫撃ちの鉄砲の音がものすごかった。

終わって、ガラガラを転がしながら地下鉄で帰るのがしんどかったが、こんなの、その二日後に控えた引っ越しに比べたら屁でもないのだった。

4.24.2017

[log] April 22 2017 - お引越し

22日の土曜日に、3ヶ月間ということで借りていた仮の居場所を、もうちょっと長く - できれば2年くらいは - 居る(居たい)用の場所に移動 - お引越しして、いちおう今日の日曜日に元の場所に置いてあった荷物はぜんぶ新しいほうに移すことができた。
とってもしんどかった。 いか、記録・備忘として書いておく。

22日はご存知のようにRecord Store Day (RSD) 2017があって、引越しがあろうが戦争が起ころうが英国に来てこれをやり過ごすことなんてできないので、朝6時過ぎに起きてRough TradeのEastのほうに行った。いま住んでいる場所からいうとWestのほうが近いのだが、Westってちっちゃいし。 この日の開店は8:00で、お店についたのは7:20くらいだったが既に前方に100mくらいの列があって、あーあ、だったけど並ぶしかないので並んで、お店に入れたのは9:20くらいだった。

今回、なんとしてもほしいなー、だったのはThe Theの7inchとThe Durutti ColumnとSuperchunkくらいで、それらはぎりぎりで確保して、でもみんなすごい勢いでがしがし買っているものだからなんかつい(殴)。結局7inchを8つ、12inchを9つ、買った。 The Smithsの7inch、ほんとに”Trump will kill America”って刻んであるわ。 次はこれらを再生する機械一式を揃えないと。

レコードを抱えた状態で不動産屋に新しいところの鍵を貰いにいったのが10:50くらい、そのまま新しいとこにレコードを置いて、不在通知が来ていたケーブル・Wifi用のルーターを受け取りに20分くらい遠くにある郵便局まで歩いていって(これは計算してなかったわ)、出ていくほうの部屋に戻って荷物をざざーっと寄せ集めて蓋をして、13:30に予約してあった車(引越し用でもなんでもないただのワゴン車)が来て、そこから新しいところに大きめの荷物 - ダンボールふたつ、スーツケースひとつ、ガラガラふたつ、ずた袋ひとつ - を運んだ。

ここからが問題で、NYみたいにドアマンがいるようなところであればカートを借りたり、チップを渡して手伝って貰ってなんとするのだが、今回のはそうはいかない。どういかないのか。

車道から階段を4段あがって建物の鍵を開ける、そこから階段を11段あがるとその踊り場にエレベーターがある。エレベーターは自動ではなくて手動で、ボタンを押して(音がしなかったら来ている)、木の扉を手前に開けて、金網の扉を2枚分横にスライドして開けて、荷物と自分を入れたら手で閉めて行き先のボタンを押す。エレベータは3階までしかボタンがなくて、自分の部屋は5階にあって、3階で木の扉を開けて降りると階段を11段昇って右に4段昇り、さらに左に11段昇って、さらにぐるっと回って4段、そこから更に狭くて急な16段を昇るとようやく自分ちの扉までたどり着くの。 要するに忍者屋敷みたいに狭く曲がりくねった階段が2階分ついているので、暴漢とかゾンビとかに襲われたときは下に蹴り落としたり簡単にできるので便利だとか、The Blues Brothersがシスターに叩き落とされたのはこんな階段だったよねとか思ったりするわけだが、少なくとも今回のような引越しとかそれ以外の用途にはとっても向かないことがわかった。 なーんでこんな構造になっているのか。 なーんできみは今頃そんなこと言いだしてるのか。

ここと契約するまでに3回くらいここに来て、見て、考えて決めたはずなのだが、その時なにを見ていたのか、なんかおもしろいかも、程度だったのではないか。ほんとにくそ愚かものすぎる。

とにかく、でっかくて異様に重いのを6つ、ひとりでひとつひとつ持ち上げて運びあげるのは普段いっさいスポーツしない、筋肉とか汗かきがだいっきらいなキリギリスにとってはバチ当たりとしか言いようのない苦行難行で、更に早朝に約2時間立って並んでた疲れとか集中力の途絶とかいろいろあって、自分のなかの24人格のうち20人格くらいが、ふだん友達とか作っておかないからこういうことになる、とかいろんな表情で責めたててきたのだが、途中で放り出すわけにもいかないし、へろへろになりながらなしとげましたよ。

で、それで終わってしまったわけでは当然なくて、まだ運びきれなかった大量の紙とか本とか盤とかゴミとかが前の部屋には残っているので、それらはガラガラとずた袋を転がして担いで歩いて往復して運ぶ。 新と旧の間の距離は(たまたま)歩いて10分くらいだったのでそういうことができたが、遠くのとこを借りたらどうするつもりだったのか。 とにかく、土曜日はもうひと往復したところでもお無理だしぬ、になって、あとは布団一式(ベッドはもともと置いてある)を買いにハロッズに行って売り場のおばさんの言われるままに揃えて、布団一式ってこんなに重かったのね、と再びひーひー死にそうになりながら地下鉄で戻ってきて、でもそれらをセットしないと寝れないので最後の力をふりしぼって広げたり包んだり被せたりして、夜はこれとは関係ないお食事の用事があったのでそちらに行って、食べて椅子に座っているだけで両方の足がそれぞれ5回くらい激しくつって、このまま帰れなくなったりアキレス腱きったりしたらあまりに恥ずかしいどうしよう、になるのだった。

日曜日はがらがらとずた袋の往復2回で荷物の運びこみはほぼ終えて、あとはドライヤーとか電話機とかちっちゃいのをあれこれ買いにいって、こういうのはほんとうは楽しいはずなのだが、体じゅう痛いし花粉(突然いろんなのが大量に咲きだしてる)だか埃だかで目鼻がずるずるしだしたし、なんかどうでもいいかも、になってきて、気分かえよう、とフィンランドの映画を見たりしてた。

明日もいろんなセットアップはつづく。 じんせいは日々セットアップなのよ。

4.22.2017

[film] Mad to be Normal (2017)

9日の日曜日の夕方、AldgateのCurzonで見ました。
新作映画なのだがなぜかふつうに公開されないようで、この映画館のみ、この日の午後の2回、監督と主演のDavid TennantさんのQ&A付きのと挨拶のみのだけで、でもどっちもSold Outしていて、見たのは挨拶のみのほう。

精神科医R.D.レインが60年代にロンドンの東につくった患者たちと医者(レイン)が共同生活しながら治療をしていくコミュニティ施設 - Kingsley Hallでの日々を綴ったドラマで、R.D.レインのお話だったら見なきゃ、ということで行った。座席にはMental Health Foundationていうとこが発行している”Good mental health for all” ていう小冊子が置いてあったけど、いや、こういうの見にくるような人たちはぜんぜん平気なのでは(← ていうやつがいちばん)。

お話はKingsley Hallでの臨床ケースがいろんなとこで評判になりつつあったR.D.レイン(David Tennant)と彼の周りに集まってきたいろんな協力者とか敵とか患者とかとのいろんなエピソードなどを追っていく。 彼のところに押しかけてくるElizabeth Moss、患者のMichael Gambonとか, Gabriel Byrneとか、うまい人たちで固めているのであーあ、みたいなふうにはなっていない。

監督・原作のRobert MullanさんはTV用のドキュメンタリーのほかに、同名の本"Mad to be Normal: Conversations with R.D. Laing" (1995) を始めとしてレイン関連の本を書いているひとなので中味に関しては何の問題もない、ていうかむしろ、あえて学問寄りの内容にならないようにがんばりすぎてレインの目指したところが見えにくくなってしまったのではないか、とか。レインをよく知らないひとがこれ見たらタバコ吸うしドラッグやってるしすぐ子供つくるし喧嘩っぱやいし、ただ規格外なだけのやばい医者にしか見えないかも。

今の学校や若い人たちの間でどれくらいレインが読まれているのかいないのか、ぜーんぜんわからないのだが、SNSとかで強制的に繋がることを強いられている - 結果としてその輪から排除されてしまうことへの病的な畏れがある、のを見たり聞いたりすると(いや、わかんないけどね、これもまた目くらましかもしれない)、あんま読まれていないのかなあ、と思ったりする。

レインやベイトソンを10代の頃に読んでいなかったらしんでいた、ていう人は多い(自分もそう)と思うが、彼らは心の病を内面の疾患ではなくコミュニケーションの病と置いた。コミュニケーションていうのは親子のそれだったり教育のそれだったり、或は言語(構造)そのものだったり、要はぜんぶ自分ではないそいつらのせいにすることができた。 そういう考えのパスがどれだけ自分を楽にしてくれたか、「ふつう」とか「あたりまえ」といった線引きの思想がどれだけ他者を傷つけ自身をも抑圧してしまうものなのか、あるいは、ひとを好きになればなるほど「自分」は壊れていくものなんだとか、知っておくだけでも違うと思うんだけどなー。

「ダイバーシティ」とやらがこれだけ叫ばれなきゃいけないのも、「ふつう」とか「標準」といった思想、それをベースとしたコミュニケーションへの過信・盲信がしょうもなく浸透して壁を作ってしまっているからだと思うの。「コミュニケーション」だの「繋がる」だの、詐欺とかウィルスとかみたいなもんだからね。 それらを当然のように強いてくる連中のほうが狂ってるんだからね。
(ダイバーシティそのものを否定するもんじゃない - ていうかそれが常態なのだ、ということはねんのため)

Kingsley Hallは結局閉鎖されて患者たちは出ていかなければなりませんでした、というキャプションと共に映画はぷつりと終わってしまうのだが、いやいやそうじゃなくて、レインの思想は明らかに(万能ではなかったにせよ)多くの人を救ったのだし、いまもその可能性に溢れているんだし、ていうことはちゃんと伝えてほしかったんだけどなー。

Elizabeth Mossさんは貫禄としか言いようがないすばらしさで、あとGabriel Byrneのオカルトっぽい狂いようはそれ既にどこかでやってるでしょあなた、みたいなやつだった。


これのあと、晩の8時からPrince Charles Cinemaで”Interstellar” (2014) の70mm版ていうのを見た。
日本で公開されたときも有楽町で35mmのを見てあーら素敵、と思ったのだが、70mmはさらに素敵になる。 これって宇宙は塵と埃と本棚のなかから生まれる、みたいなやつなのだが、70mmだと塵の塵感が更にものすごくてマスクしたくなるくらい。
ブラックホールとか理屈のところはぜんぜんうさんくさくてわかんないのになんでか感動してしまうのも不思議で。終わってロビーにでると黒縁メガネの女の子たちが、なんかわかんないのにいつも泣いちゃうのよー、あーあたしもー、とか抱きあっているので微笑ましかった。


BBC2のJools Hollandの番組にChristine McVieさんが出てるよう。

4.21.2017

[film] Dance Craze (1981)

夕方にオランダから戻ってきました。 空港からbarbicanに直行して、Ivo van Hove + Jude Lawによる”Obsession” - Viscontiの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 - の舞台翻案を見て、さっき帰ってきた。
へろへろ。あさってひっこしなのに。

イースター四連休の前日、13日の木曜日の夜、Prince Charles Cinemaで見ました。
撮影のJoe Dunton氏が私有している70mmフィルムでの上映。これまでDVD化とか一切されてこなかったブリティッシュ・スカ全盛期のライブドキュメンタリー(上映前のトークで同氏はこういうのは”Spoof documentary”、て呼ばれたのだと)。
で、とにかく35mmを70mmに焼き直してサウンドはアビイロードスタジオでリマスターしている、世界にいっぽんしかないフィルムでの上映だからね、と。
サントラは日本でも発売されてジャケットも憶えているのだが日本での上映ってあったんだっけ? (上映後のトークで日本でも上映されて盛況だったって...)

日付(79年の11月、Tottenham Court Roadのクラブだって)や曲名、バンド名のキャプションは一切なくてMCも入らず、The Specials, Madness, The Selecter, The Beat, The Bodysnachers, Bad Manners、この6バンドが1〜2曲演奏しては次のバンドの映像、を3周くらい。知ってる曲もあれば知らないのもある、けどどのバンドのどの音もおっそろしくしなやかで固くてかっこよくて、勢いがとてつもない。みんな笑っちゃうくらい若いけど。 客側はスタンディングでずっと元気に跳ね回っているけど、バンドの方はどれもこれも緊張しているのか真剣そのものでにこりともしない(除. Bad Mannersのハゲ)。Terry HallもSuggsもPauline Blackも歌に向かうテンションはパンクのそれと変わらない。最後の”Nite Klub”なんて客をぜんぶステージにあげてお祭りになってるのに、Terryだけぽつんと暗いまま。

いまなにを言っても言い訳にしかならんことは承知の上でいうが、このフィルムをリアルタイムで見ていたらなー、だった。当時この辺の音はまずファッション = 2トーンで決めて、みたいな伝来のしかたをしてて、それ聞いただけでじゅうぶん関係ないわ、だったの(そんなもんにお金かけられるかボケ)。でもこのフィルム見ると誰も2トーン服なんて着てない、ただのTシャツでやってるし、ほーんとにさあ、日本の音楽-ファッション業界のプロモーションってこの頃からクソだったのよね、と改めて。 でも、じゃあこれを見ていたらどうだったかというと、わかんないや。79年から83年くらいまでって、聴きたいのがほんとに山積みでレコードに針を落とすたびにいちいちぶっとんでいたからこの人たちのところまでたどり着けたかどうか。

でも、こんなふうに35年くらいたって出会ってびっくりすることもまだまだあるのだからよかったことにしよう。

客席は年寄りばかり、曲ごとにわーわー盛りあがってて、終わるとありがとうJoeおじさん!!  てみんな心の底から言ってた。
これまで音が劣化するのが嫌だったのでデジタルを含めたソフト化は拒んできたがIMAXのフォーマットならよいかも、と思いはじめたそう。広く上映されてほしいなー。


これの前にRough TradeのEastでH.Grimaceていうバンドのインストアライブやってて見にいってた。 少し前にデビュー盤が店頭でかかってて - 店頭でかかっているやつはなんでよく聴こえるのかしらん? - その場で買ったのだがダウンロードコードがなかったのできちんと聴けてなくて、ライブはレコードよか柔いかんじだったけど、でもいいの。

4.20.2017

[film] The Author of Beltraffio (1974)

オランダのロッテルダムにいます。ニシン食べたいよう。

書けていないのがいっぱいあるので少し遡って駆け足で。
4月の7〜9日までBFI & Radio Times Television FestivalていうのがBFI Southbankぜんぶを使って開かれていた。 英国のTV番組とかドラマを中心にしたお祭りでいろんなゲストが来て楽しそうなのだがTV事情はぜんぜんわからなくて、それでもふたつだけ参加した。

The Author of Beltraffio (1974)

8日の午前、BFIのアーカイブから発掘されたというTony ScottがフランスのTVシリーズの一部として監督し放映されたHenry James原作の短編。このHenry James作品ばかりをドラマ化したシリーズ、全7エピソードあって、他の監督はClaude Chabrol - 2篇撮ってる - とかVolker Schlöndorffとか、1エピソードの脚本にはMarguerite Durasの名前もある。ぜんぶみたい。
上映前に兄Ridley Scottさんのビデオメッセージが流れて、Webで流れていたのよか少し長いバージョンで、弟にとってこの作品を作ったことは大きな一歩になって、この後暫くしてScott Freeの前身となるプロダクションをふたりで立ち上げて… 云々、とても愛の篭った言葉だった。

映画は、というかドラマは、TV用なので50分強しかないのだが、原作(未読)は1884年の短編”The Author of Beltraffio”で、英国のサレーの田舎の尊敬する作家 Mark Ambient (Tom Baker)の邸宅を訪ねたアメリカ人の若い作家が、憧れでぼうっとしつつも異様に夫のことを毛嫌いしている妻 Beatrice(Georgina Hale)と美しく病弱な息子を見て複雑な思いに捕らわれるのだが息子はやがて死んでしまって... というやつで、英国の古いおうちの佇まいの光と影とか、とても丁寧に撮られて作られていることはわかるのだが、これを作ったひとが後のTony Scottになるとは思えなくて(よい意味でね)、あえていうと息子の一瞬のこちらに訴えかけるような視線をサスペンスフルに、しかししっかり受けとめるところが少しだけ"Man on Fire" (2004) を思わせたりした。かも。

上映後に妻を演じたGeorgina Haleさんのトークがあって、彼女も放映されたのを見て以来の再見だと言って、客席からマニアックな質問もあれこれ飛んだのだが昔のこと過ぎて余り憶えていなくてごめんなさい、ていうのと、Ken Russell関連の、これもマニアックな質問ばかりが飛んでいてなんかかわいそうだった。

どうでもいいトリビアをいうと、ドラマのなかで死んでしまう美しい子供を演じた男の子ってLed Zeppelinの"Houses of the Holy"のジャケットに写っている子供(兄妹ででてる)なんだって。 そのへんも英国どまんなかだねえ。

Dame Maggie Smith in Conversation

同じ8日の午後、同じBFIのイベントでチケット取ったもうひとつがこれ。 チケットは発売直後に売切れてしまったのだがその後にじっくり粘って執念でとった。このおばあさんを嫌いになれるひとなんているだろうか? (いないよね)

司会の人との一対一のトークで、彼女がTVでシェイクスピア作品(「空騒ぎ」のベアトリーチェとか)のドラマ化に出ていた頃(もっとも古いやつで50年代頃)からのクリップを流しながら当時のこととか演技にかける思いとか、いろんなことを聞いて話していく。
昔のクリップを見る本人の反応は、あーやだやだやあねえ、というチャーミングな返しばっかりなのだが、きれいだよねえ。(いえ、今も)

他に言ってたのは、「ダウントン・アビー」はあんなに続くとは思ってなくてぜんぶちゃんと見てない、もう長過ぎて見れなくなっちゃった、とか。 自分が出た作品の中でベストは? という質問では"The Lonely Passion of Judith Hearne" (1987)と即座に答えて、ここでのJack Claytonの演出は冴えまくっていたわ、と。見たいなあ。
あと、『ミス・ブロディの青春』はもちろん大好きな本だって。

Maggie Smithさんのなにがすばらしいかというと、どんなにひどい状況にあっても常に毅然とした態度を断固とり続けることで周囲の風景を喜劇的なそれに転換してしまう魔法を持っている、ということで、それこそが極めて英国的な俳優(われわれが英国の俳優に期待するなにか)なんだなあ、て改めておもったのだった。

4.19.2017

[dance] Merce Cunningham / William Forsythe

ドイツにいます。ホテルのTVでやっている”The Simpsons”がドイツ語吹き替えでへんなかんじ。

15日の晩、パリ・オペラ座バレエ団をPalais Garnierで見ました。
最初は売切れがついていたので無理かなーだめだったらパリ行くのやめよ、くらいでだらだらやっていたらそのうち案外簡単に取れてしまった。(入ってみたらまんなかのボックス席だった..)

この季節なのでクラシックの演目はやってなくてモダンなのはわかるが、それにしてもMerceとWilliamを組み合わせるもんかね、とか思って、でもやはり見てみたいよね。

最初がMerce Cunninghamのでその後で休憩が入る。
WilliamとカップリングするのであればMerce後期のやたら複雑に錯綜した(でも全体はミニマルで穏やかな)群舞あたりかしらと思っていて、でも開演前に貰ったリーフレットを見たら"Walkaround Time"とあるのでちょっと待てこれってあれか、と白目むいて慌てたところで幕が開いてしまう。(演目くらい事前にチェックしておきましょう)

ステージ上にはMarcel Duchampの”The Bride Stripped Bare by Her Bachelors, Even” - 「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」(1915-23) の9つのオブジェ(Duchamp - Jasper Johns)が置かれていて、その周りで薄い色の異なる全身タイツ(これもJasper Johns)に身を包んだ9人の「独身者」たちが一見ランダムに見える、でもなにかに統御されているかのような動作を重ねていく。

Jasper Johnsがこのセットを作ったときの経緯とかはここに。
http://www.nytimes.com/2013/01/08/arts/design/jasper-johns-speaks-of-merce-cunningham.html

68年にNYで初演されたMerce Cunninghamの、というよりモダン・ダンスの、というよりモダン・アートの、記念碑的な作品。これの4時間くらい前、Centre Pompidouで100周年となる便器アーカイブの小展示を見て、これであとはMOMAを制覇すれば100年便器の旅は完結するわ、とか思ったのだが、Duchampが打ちこんだ小さなヒビは100年を過ぎて再び広がりつつあったりするのだろうか。

音楽はオーケストラピットにエンジニアぽい人がふたり(一人はおそらく作曲のDavid Behrman?)、最初は砂利の上を歩く音が、それから自動車のエンジン音が楕円の弧を描く客席のまわりをぐるぐる回っていくのがやたら面白く、更にオリジナルの舞台にもあった「幕間」 - ダンサーたちはステージ上で適当にだらだらする - のレディメイド(再演)もレコードプレーヤーで7inchを廻して(ほんとに音を出していたのかは不明)ノスタルジックな音楽と共に再現していた。

しかしこんなのよく再現しちゃうよなさすがだなー、ととっても興奮して見ていたのだが隣りに座っていた小さなお嬢さんにはありえないくらい退屈だったようで頬杖ついてママのほうを何度も何度も振り返り、ママもとっても困ったふうで休憩が明けたらいなくなってた。

やっぱし「独身者」の機能役割とか「機械」とか「さえも」とか、Duchampがあの退屈な大作に仕込んだいろんな「意味」とかその透過とか反射とかがわかんないときついかも - いやでも虫みたいな動きとか、緩慢さ退屈さも含めて新鮮でおもしろいとこいっぱいあるじゃん、とか思って見ていた。 偶然だったけど、見れて幸せだった。

後半はWilliam Forsytheの小品ふたつ。

最初の”Trio” (1996) は、ヴェルサーチのぎんぎんちんぴらドレスを纏った3人のガラ悪そうな男ふたり女ひとりが、衣装をめくって体の傷跡自慢みたいのをやりながらベートーヴェンの流麗な弦にのって小競り合いみたいな威張り合い威嚇みたいなどんなもんだい!ダンスを重ねていく。コミカルでおもしろいし、動きの難易度もすごいと思うものの、衣装のせいか畳み掛けるような突っこみ合いのせいかレッツゴー三匹、のような名詞が浮かんでしまったりもするのだが、それでもぜんぜんよいの。

つぎの”Herman Schmerman” (1992) は、最初に男女5人(男2、女3)がこれぞForsytheとしか言いようのないクラシックの流麗さとモダンのシャープネスをタンゴかカンフーか、の勢いでミックスしたような、息を詰めて見てわー、となるしかないやつで、その後に短い男女のDuoで終わるのだが、人数構成が変わっても絡み合いのテンションは持続して全く落ちなくて、それはいったい何処からくるのかしら、なのだった。

会場のPalais Garnierはなんかすごかった。 Metropolitan Opera HouseともCovent Gardenとも格がちがうかんじだった。アイスクリームも売ってないようだったし。