12.12.2017

[music] Paul Heaton and Jacqui Abbott

7日の木曜日の寒い寒い晩、少し西のほうのEventim Apolloていうホールで見ました。

The Beautiful Southについては、"0898 Beautiful South"(1992)の後のクアトロ公演(ほんとうにほんとうにすばらしかったのよ)に行って大好きになって、ベスト盤"Carry On up the Charts"(1994)の後のNY公演(Supper Club)も行って、クリップ集のLDだって持っているんだからー。

このふたりのデュオはこないだ6月くらいの週末に彼らの地元のHullのスタジアム(!)でライブがあるのを知り、しかも前座がThe Divine ComedyにBilly Braggだったりしたので行くことを真剣に検討したのだが、結局諦めて泣いていたらロンドンにも来てくれた。 当然他の都市も含めて軒並みSold Outしてて、なんかすげえわ、としか言いようがない。

会場に入ったときは前座の、よくしらないラテンロカビリー歌謡みたいなおにいさん(..ごめんね)が演ってて、20:45くらいに彼らが登場する。 バンドはG,B,D,Kの極めてベーシックな4人。 Paul Heatonがギターを抱えたのは一曲だけだったか。 ふたりの恰好は.. Jools HollandだったかのTVショウに出ていたときもそうだったけど、Paulはサッカー場にたむろしてるおっさんみたいだし、Jacquiはただのジーンズにただのシャツだし、ステージ映えしないこととてつもない。 でもこのふたりがこれ以外の恰好(ドレスとか..)で歌っているところを想像できないこともたしか。

Jacqui AbbottさんはBeautiful SouthのNY公演のときに見ているはずなのだが、とにかく二人とも底抜けに歌がうまくて楽しくて(それらを一切感じさせないような上手さと力の抜け具合と)、聴いてるひと全員から笑顔が絶えないし、みんなずっと一緒に歌って手拍子してるし。
そして、嬉しいことに、このふたりときたら、The Beautiful SouthだけでなくてThe Housemartinsの曲もやってくれるんだよ。

しかもその比重は後半に行くにつれて「わかっているから」、てかんじで高まっていって、"Sheep"をやって"I'll Sail This Ship Alone"をやったあたりから後はもうなにをどうやってもわーわーのお祭りで、でもでもどんちゃん騒ぎで一気に突撃、とか爆発、とかではなくて、みんなその場でにこにこぴょこぴょこしながら歌っているだけなの。
その多幸感ときたら、ABBA(もうじきSouthbankで展覧会がはじまるよ)並みの強さで襲ってくるような無敵感があった。
いまの時代、これはこれで貴重だとおもう。 ぽんこつでも酔っ払いでもいい、歌えるんだったら歌おうかー、って。

本編ラストの"You Keep It All In"の真ん中あたりなんて、ふたりが歌わなくてもみんな勝手に歌ってひとりでに走っていくの。
バンドは極めてタイトで安定していて、昔のモータウンとかスタックスのハウスバンドみたいな凄味のある強靭さ。
で、でっかいクラッカーが吹きあがって花吹雪がぱらぱら舞って、わーってなって、ああ年の瀬だなあー、と。

アンコールは2回、最初のが"A Little Time"と、ついに、やっぱしやってくれたわ、の"Happy Hour"。 2回目は"Song for Whoever"やって、バンド全員のアカペラのドゥーワップで劇甘の"Caravan of Love"をやってしゃんしゃん。

自分にとってのLife saverだなあーって改めて。 なんどでも通いたい。


関係ないけど、Simple MindsとPretendersが一緒にツアーするって。 彼らもういいの?

12.11.2017

[film] One Man's Madness (2017)

1日の金曜日の晩、BFIで見ました。 ここでは月に一回くらい、Sonic Cinemaていう音楽と映像を激突させて楽しんでみようていう上映とかイベントをやっていて、それの12月分。
Madnessのドキュメンタリーの上映後に、同作品の中心人物であるらしいMadnessのLee Thompsonさんと監督のJeff Baynesさんのトークがある。

でも行こうかどうしようか直前まで悩んでいて、だって、Suggsが来るんだったら喜んでいくけど、Lee Thompsonだとさあ、とか、タイトルからして、実は彼ひとりがMadnessの狂った部分をぜんぶ担っていた、みたいに重い内容だったらどうしよう、とかうだうだ。

客層は当然男の、中年以降のでっかいの、ずんぐりはげあがったの、が多め。 終わったらそのまま右から左にパブにじゃぶじゃぶ流れて道端に転がっていきそうな人々。
上映前にもLee氏は現れて、満員になっていない会場を見渡して、ふざけんじゃねえぞおら、みたいにひと暴れして去っていった - なんとなくたけしみたいなノリ。

これ、iMDBにもまだ登録されていなくて、DVDでこれからリリースされるらしい。

バンド結成時からのクリップやライブ映像を交えつつ、家族や関係者へのインタビューを重ねていく、というオーソドックスな構成なのだが、もんだいは、家族とか関係者をLee Thompson自身がひとりで変装したり仮装したりお化粧したり物真似したりして演じていることなの。声だけは本人達のをあてているし、Suggsとかバンドメンバーは本人が出ている(当然)のだが、だれそれのパパとかママとかまで、彼がひとりで真面目に演じていて、さらにバカらしいことに、Lee本人もその背景のどこかでひとりバカなことをやっていたりする。 だから"One Man's Madness"なのだが、なんかめちゃくちゃおかしい。演じられている人がどんな人なのかほとんど知らない、どれくらいの違いがあるのかわからないのにおかしい、ていうのはなかなかのもんで、そんなにMadnessを深く追っかけてきたわけでもないのにこれだけおかしいのだからコアなファンは、というとみんなひーひー泣きながら笑い転げまくっている。

なんでこんなことやってるんですか?とQ&Aで聞かれても、やってみたらおもしろかったから、ってそれだけ。
Welcome to the House of Fun ! - Madnessって、そもそもこんなバンドなのよね、というのは十分に伝わってきて、それがさー結成40年を過ぎたってこうなのよ、と堂々と宣言してくれるところが偉いなあ素敵だなあ、て思った。

最後には仮装されていた本人たちが画面に登場して本人比でどれくらい違っていたかを教えてくれるのだが、誠に残念ながらポイントはそこにはないのだった。 でも、どっちにしたって、どいつもこいつもみーんな変なの。 これが英国の宝(だよね、ぜったい)なのだとしたらすばらしいったら。

上映後のQ&Aも、質問の答えから外れた雑談みたいの - そういえばあんなことがあってよ - がほとんどで、漫談みたいになってしまい、ついでに登壇させられた(としか思えない)おとなしくて真面目そうな監督のひとがかわいそうなくらいだったが、おもしろいのだからまったく文句なかった。

姿を見ることはできなかったが会場にはClive Langer氏がいたし、映画にも登場したStiff RecordsのDave Robinson氏は同じ列にいてマイクを握って、”One Step Beyond"はStiffの収益にはあんま貢献しなかった"、とか発言したので、ああん? てぶちきれたLee氏が、おまえリングにあがってこいや! ていう一触即発状態になったりして楽しかった。

[film] In a Lonely Place (1950)

日曜日は雪で、今日も昼間雪まじりの雨で、朝は7:30でもまっくら。 ロンドンがこんな寒いなんてだれも言ってくれなかった。

11月25日、土曜日の午後、BFIのGloria Grahame特集で見ました。「孤独な場所で」。

これを最初に見たのは確か三百人劇場で、その後、NYでも何回か見た。
でも"Film Stars don't die in Liverpool"でGloria Grahameがあんなひとだったことが見えてわかってしまうとどんなふうに見えてくるのか? いや、評伝映画を見たからといって、そのひとがわかってしまうものではないし、それはそれで危険かも知れないけど、でも。

ハリウッドのスクリーンライターのDixon "Dix" Steele (Humphrey Bogart)がいて、もう落ち目で、ある晩、いつものようにバーでぐだぐだやってからバーのクロークの女性をおうちに連れて帰ったけど疲れたのでひとりで帰らせて、そしたら彼女はその晩に殺されてしまう。彼にも容疑がかかるが、アパートの向いの部屋の女優Laurel(Gloria Grahame)が庇ってくれて、それをきっかけにふたりは仲良くなるのだが、一緒にいるうちに彼の暗いところか癇癪もちなとこがだんだん見えてきて、彼は真剣に結婚しようって言ってくるのだが、あまりに怖いので嫌になってきて、逃げることを考え始めて、やがて。

後半はサイコパスみたいなDixがLauraを追い詰めていくサスペンスに見えなくてもなくて、早く逃げろ、てはらはらしっぱなしで、Laura - Gloriaは本当に恐怖で震えて、逃げようにも逃げられないふうに縛られているようで、でも彼を愛したことは確かだったので、などなど。

Dixが呟く有名な台詞 - "I was born when she kissed me. I died when she left me. I lived a few weeks while she loved me."も彼の実像があんなだとわかってしまうと、ものすごくおっかない別の意味を帯びてきて、Lauraが最後にこれに対して返す"I lived a few weeks while you loved me."は、「あなたが愛してくれた数週間は生きてた」という過去形が、彼が背中を向けて行ってしまった現在にどんな意味を持ってくるのか、よくわからないままで終わる。 愛を喪失しても生きているという状態がどんなものなのかわからない、けど生きているのだからなんかあるのかしら? のような黒でも白でもない灰色の中間状態を"In a Lonely Place"といって、それってあるよねえ、とか思うのだった。

わたしにとってのHumphrey Bogart像というのはこの映画のDixのキャラクターを主成分として作られているので、Humphrey Bogartをかっこいい、とかいう男をみるとあーこいつはやばいわ、て思うようになっている。
あと、Dixの詩にあるような男のロマンチシズムってJim MorrisonからNick Caveに至るまで、なんかえんえんあるよね。 ぜったい死なないくせにさ。

同じ日の午後、"In a Lonly Place"に続けて、これを見ました。

Double Indemnity (1944)

BFIでは10月から12月まで、”Who Can You Trust?”ていう古今のスリラー映画の特集をやっていて、その前のStephen King特集とあわせて、あんたらどんだけ人を怖がらせたいのか、て下を向いてしまうのだが、ちゃんとした予告編とパンフまで作っていろんなのやっているので、がんばって見れるのは見ていこう。

http://www.bfi.org.uk/thriller

この特集ではフィルム・ノワールの古典もいくつかかかって、これらは好きなので見るのだが、フィルム・ノワールって結構見ているはずでもすぐに忘れてしまうのが多くて、映画が始まってから、ああこれはあれだった、とか、そういう掘り起こしを楽しむ、ていうのもあるの。

監督がBilly Wilder、脚本がBilly Wilder & Raymond Chandlerのこれも、冒頭のオフィスので、あああれだわ、て思った。 邦題は「深夜の告白」っていうの。

深夜のオフィスに怪我をしてよろよろと現れた保険屋の営業のWalter Neff (Fred MacMurray)が録音機に向かってなんか告白を始める。

ある日、保険の契約更新で訪れた家で、そこのしなしなした人妻Phyllis (Barbara Stanwyck)に引っ掛かって、誘われるまま言われるままに骨を抜かれて、彼女の旦那を殺して保険金をぶんどる完全犯罪を企むことになって実行して、一度はなんかうまくいったように見えたのだが、Neffの上司のBarton Keyes (Edward G. Robinson)のなかに住むLittle manが立ちあがってしまって、さあどうなっちゃうのか。

ノワールの分類でいうとFemme fataleもの、になっていて、実際Barbara Stanwyckの艶分ときたらすごーい、としか言いようがないのだが、それだけではない犯罪に足をつっこんで泥沼にはまっていく過程とか土壇場でのついてなさとかがとっても生々しくスリリングなので、見ているひとはみんな唸りまくっていて、最後はもう拍手するしかないふうになる。

でもあんなふうに夜明けのオフィスで汗まみれ血まみれのまま死んじゃうのはやだなあ。

12.06.2017

[art] Portrait of the Artist: Käthe Kollwitz, 他

アート関係を纏めて。あんまし纏めてしまいたくないのだが。

Thomas Ruff: Photographs 1979 - 2017

11月11日の土曜日、Whitechapel Galleryで。
"Porträts "のシリーズを始めとして、Ruffのは昨年の国立近代美術館のも見たし、7月にStädel Museumでの"Photographs Become Pictures"でも見ているのだが、今回のは初期の連作"L’Empereur"(1982) が見たかった。 感触は同様に初期の"Interieurs"に近い、室内のもやっとした暖かい光のなかでぐんにゃり折れ曲がって崩れて置物のように放置されている若者 - Ruff自身 - これのタイトルが「皇帝」って、素敵。  彼の写真は表面の肌理の粗さ - 細かさ、暖かさ - 冷たさ、強さ - 弱さ、などを通して見られる対象としての写真の置かれようを問いかけてきて、これって写真というアートフォームに留まらない今のアート全般に関わるでっかい問題で、だからあんなにでっかいのよね、とか思った。

Portrait of the Artist:  Käthe Kollwitz

11月18日の土曜日、電車でバーミンガムに行ってIkon Galleryていうところで見ました。
バーミンガムはロンドンから電車で2時間くらいのところで、こないだの夏、OxfordにRaphaelを見にいったのと同じ少し遠出してみようシリーズ。東京から佐倉とか伊豆とかに行くようなかんじかしら?
初めてなので地図を見ながら歩いていったのだが運河があって、おもしろい建物がいっぱいあった。

ドイツの表現主義に分類される画家、版画家、彫刻家 -  Käthe Kollwitz (1867?1945)の展示。 British Museumとの共催で展示作品の殆どはここから、あとは個人蔵のがいくつか。 作品はエッチングとドローイング、戦争の悲惨をモチーフにしたものとSelf Portraitが殆どで、4バージョンくらいの"Frau mit totem Kind" (Woman with dead child) (1903)の爪で引っ掻いてその傷に酸を練りこんだかのような痛ましさと、Self Portraitに漂うどんよりとした無力感とか凍りついたようななだらかな背中とか。 他には "Vergewaltigt" (Raped) (1907)の凄惨さと。 昔はこういうのあまり見れなかったのだが、今は見なきゃいけないよね、になってきているのはなんでか。
これはカタログ買った。

バーミンガムには他に、Birmingham Museum & Art Galleryていうでっかい美術館があって、ついでに寄ってみる。
ここには、The Pre-Raphaeliteギャラリー、ていうラファエル前派に特化したコーナーがあって、なぜかというとEdward Burne-Jonesがバーミンガムの生まれだったりするから?  

John Everett Millaisの"The Blind Girl" (1856) - 虹! とか、大理石彫刻でAlexander Munroの"Paolo and Francesca"(1851-1852) とか。 じんわりうっとり、それだけでもいいの。

他の展示でおもしろかったのは"The Birth of the British Curry"ていうので、英国で最初にできたカレー屋はロンドンのだとか、当時の厨房の様子とか従業員の寝るスペースとかが並んでいる。 カレーに対する特別な思いみたいのって、どこの国にもあるんだねえ。(あんまよくわかんないけど)

Impressionists in London
11月25日の土曜日、Tate Britainで。
最初に告知を見たときはどういう内容のかよくわかんなかったのだが、1870年代、Franco-Prussian War - 普仏戦争の戦火を逃れてロンドンにやってきたフランスの画家たち -  Monet, Tissot, Pissarro, Sisley - などが描いた当時のロンドンの社交界とか田舎風景とかを纏めたもの。

彼らの描いたロンドン、いいでしょ? でもなく、彼らからしても逃げてきて他にすることないから描いたのよ、程度かも知れず、あんま焦点が定まった展示にはなっていないのだが、19世紀のロンドンの風物(フレンチふりかけ)を絵葉書を見るみたいに眺める、そういう面白さはあったかも。

これらと文脈は異なるものの同時期にロンドンの川を描いたWhistlerの"Nocturne"のシリーズが素敵だった。
あと、おもしろかったのはMonetの"Leicester Square at Night" (1905) - まるでHodgkinみたいな抽象になっていて、このころからあの界隈ってあんなだったのかな、って。

Rachel Whiteread
同じ25日に。 93年にターナー賞を受賞しているRachel Whitereadの回顧展。(いつもつい「ホワイトヘッド」て読んでしまう)
だだっぴろい空間に彼女の彫刻とかオブジェとかがごろごろ置かれていて、その置かれ方も含めてなんだか異物のおもしろさ。
なんで水枕? がこんなふうに置いてあるのか? それを見たときに感じる微妙な違和感はなにから、どこから来るものなのか?
スケールの違い、素材(感)の違い。 それはこっち側(認識、識別)にあるのか、対象のほうにあるのか。

Thomas Ruffの写真を見たときに感じるあれ、と少しだけ近い気がした。
単に「見る」ことだけでは我慢できないような何かが頭の奥を突っついてくる、動くわけがないのに何かが動いてきて、そこにいるの。

あと、Tate Britainでやってた小展示 - 新たに購入した絵で、
William Stott of Oldham(1857-1900)の  "Le Passeur (The Ferryman)" (1881)がすばらしくよかったので今度行くひとは見てみて。
夕暮れ時、女の子ふたりが川を眺めているだけなんだけど。

http://www.tate.org.uk/art/artworks/stott-of-oldham-le-passeur-the-ferryman-t14872

Cézanne Portraits
11月26日、National Portrait Galleryで見ました。 Musée d'Orsayでやっていた展示が巡回してきた(んだよね?)

Cézanneはなんでも見ることにしているので普通におもしろかったのだが、肖像画だと2014-15年にメトロポリタン美術館でやった"Madame Cézanne" - Hortense Fiquet を描いた29作品のうち25枚を集めた展示のほうが勉強になった気がした。
最初期の自画像と最後の自画像との対比(できる距離に置いてほしいのにー)がいろんな意味でおもしろかったかも。
晩年の肖像画たち、描かれた人々の目はほぼ窪んだ虚ろな穴になっていて、亡霊のようで、でもそこにあることは、あるの。
(ヒトを描いているかんじはあまりないかも。 ヒトもリンゴも、割とどうでもよくなっていたのかも)


まだあるのだが長くなりそうなので一旦、きる。
12月は絵をいっぱい見ることになりそう、ていうか、見たいので見るから。

12.05.2017

[music] Alison Moyet

少し前、11月15日の晩、London Palladiumで見ました。2 Daysの2日目、初日の14日はあっという間に売り切れ、これは追加日のやつ。
最近の曲をTVで歌っていたのを見て、いいなー、て思ったのと、やっぱし見ておきたいひとだったし。

それにしても最近は.. いや昔からそうだったのだがスケジュール管理ていうのがぜんぜんだめな子で、電子の予定表複数もなんとか同期させようとしつつ、「ちゃんと同期させること」、ていうTo-Doもどこかに飛んでしまうばっかりで、これも前日くらいになってプライベートの予定表に"am"て書きこまれているのを見つけて、夜の時間帯に"am"とはこれってなんだったかしら? と半日くらい頭の底を掻きだして出てきた。
ぜんぶ紙のチケットだったころはわかりやすかったのに、最近は電子だったり、現地お取り置きだったり、郵送だったりばらばらで、どれがどれだかわかんないのでお手上げでとても困っている。 ← ぜんぶ自分がわるいのに。

というわけで、この日、BFIでの"Jules and Jim" (1962)とダブってしまった自分の頭をトンカチでぶん殴ってからこっちにきた。

直前までおろおろしていたので何時に始まるのか前座があるのかもわからず、しかたがないので早目に行って、珍しく前座のひとからちゃんと見た。

Hannah Peelさんというソロのひとで、手回しオルゴール - テープの穴は自分で開けたという - に長くのびた紙テープをセットして、これをからから手で廻しながら童謡みたいにNew Orderの"Blue Monday"を歌って、これがとてもよくて、あとは鍵盤とバイオリンとエレクトロを束ねたりぶちまけたり、ひとりで空間まるごと押さえこんでいた。

そしてその押さえこみは本編のAlison Moyetでは更にものすごくなって、完全に押さえこまれるふう。
ステージは極めてシンプルで、両脇に男性ふたり - キーボードを中心とした何でも屋風情 - が立っているだけ。

R&Bとかディーバとか、まだそんな形容とか枠とかがまったく存在しなかった頃に出てきたYazooという2人組は、ぜんぜんきらきらしていないそのルックス風体からして異様で、でも一番すげえと思ったのはVince Clarkeの固くて透明なシンセに絡みつくドスの効いた彼女の強い声で、それは一聴すると咆哮のようなのに、ねじ込むように歌としての調性を保ちながらこちらにやってきて、当時そいうのをあんまし聴いたことなかったから夢中になった(すぐさめたけど)。

Yazooが消えたあと、彼女がソロをやっていることは知っていたが、Vince ClarkeのほうはErasureで爆発していることがわかっていたし、それなしでも彼女の歌はじゅうぶん巧いのだからきっといいよね、くらいで止まっていたの。

彼女、6月のGuardian紙のインタビューで“What has been your biggest disappointment?”ていう問いに“I am my biggest disappointment.”て平然と答えていて、ああ変わらないんだわ、て思ったものだが、ライブは極めて安定した力強いシンガーのものだった。

曲は彼女の新しいソロからのが中心で、でもやっぱり”Only You”とかが挟みこまれるぞくぞくわーわーになって、 更に終わりの方の”Situation”になると、みんな前の方に押し寄せてライブハウス状態になる。前に走っていくのは年寄りばっかしで、しかも連中の踊り方ときたら… 目を伏せたくなるようなあの頃の、腕をあげてくねくねするやつで、ああこんなふうに時間は止まるもんなんだねえ、てしみじみ感心した。
そして、もういっこあるよ、と思ったあの曲はやっぱりアンコールの終わりで、”Don’t Go”って、延々終わりそうになくて怖くなったが、結局Goして、でもその翌日までずーっと頭のなかで回っていたの。

12.04.2017

[film] Film Stars Don't Die in Liverpool (2017)

11月19日、土曜日の午後、PiccadillyのPicturehouse Centralで見ました。

81年に亡くなった伝説の(と言っていいよね)ハリウッド女優Gloria Grahameの晩年の恋人だったPeter Turnerが87年に発表した手記を映画化したもので、Gloria GrahameをAnnette Beningが、Peter TurnerをJamie Bellが演じている。

こないだのLFFで、この映画に関連したAnnette Beningのトークがあったのだが、やっぱ行けばよかったなあ、としみじみ後悔している。

81年、劇場(見えたのは『ガラスの動物園』の台本?)のドレッシングルームでGloria (Annette Bening)が倒れたと聞いたPeter (Jamie Bell)はLiverpoolの実家に彼女を引き取って看病をしつつ、彼女との出会いの頃からの日々を振り返っていく。

70年代の末、ロンドンで俳優の修行をしていたPeterは同じフラットで復帰の機会を狙ってがんばっていたGloria Grahameと出会って、ふたりはあーらびっくり恋におちて、途端にいろんなことがいっぱい降ってくる。 どちらかというと田舎のイギリス人とハリウッド慣れしたアメリカ人、29歳という歳の差、これから昇ろうとしているキャリアと一度は頂点(オスカー獲ってるし)まで行ってしまっているキャリアと、結婚したことないのと離婚歴4回と、溝とか壁とか呼ぶのも面倒になるくらいいろんな違いがいっぱい現れて、でもこれはGloriaがえらい、というか天真爛漫のアメリカ(西のほう)人のすごさだと思うのだが、とにかくPeterをLAやNYに引っ張って連れ回して、Peterはびっくりしたりあきれたりしつつも、後半にいくにつれて今度は病気で弱くなっていく彼女を支えて引っ張っていくの。

難病モノのせつなさとかバックステージものの感動もあるのだが、これはやはりふたりの男女がふたりにとって思いがけないようなすばらしい出会いと旅をするラブストーリーで、そしてそれ以上にAnnette BeningとJamie Bellのふたりの俳優の映画でもあるねえ、と思った (ふたりだけじゃなくて、Peterの母を演じるJulie Walters も、Gloriaの母を演じるVanessa Redgraveもすごいの、あたりまえのように。)

最後はもちろん辛いのだが、でもAnnette Beningのすごいのは思いっきり見栄はって背伸びして、べったべたに泣かさないところではないか。Gloria Grahameが実際にそんなふうだったのか、その辺をどれくらいリサーチしたのかわかんないけど、とにかく背筋がのびるかっこよさ、ていうのはこういうのだねえ、と思って、この感覚は"20th Century Women"にも確かにあるよね。
彼女がちょっと上を向いて、頬の奥のほうをかちっ、て乾いた音で鳴らすのが素敵で、一生懸命練習しているのだが、できねえわ。

エンドロールでElvis Costello先生の新曲"You Shouldn’t Look at Me That Way"が流れて、これもすごくよいの。"She"よかぜんぜんよいから。

なんとなく、成瀬巳喜男の役者ものを思い浮かべた。 あそこまで痺れないけど、ほんの少しだけあるかも。

本作の上映を記念して、10月〜12月のBFIではGloria Grahameの特集 - "Good at Being Bad -The films of Gloria Grahame" - をやっていて、このうち"The Big Heat" (1953)と"It's a Wonderful Life" (1946)はふつうの映画館でもリバイバル上映されている。後者のはクリスマスの恒例でもあるけど。

http://www.bfi.org.uk/news-opinion/news-bfi/lists/gloria-grahame-10-essential-films

いまのとこ、この中から ”In a Lonely Place" (1953)と"Human Desire" (1954)を見てきたのだが、映画自身のすばらしさもあるにせよ、François Truffautが彼女を評して書いた"It seems that of all the American film stars, Gloria Grahame is the only one who is also a person."ていうのがとてもしっくりくるなあ、って。 女性の弱さ - ただし男性監督が演出した女性の弱さ - を限りなく肌に近いところで無防備に見せることができるひとだったような。

それにしても彼女、2回目の結婚相手がNicholas Rayで、4回目の結婚相手はNicholas Rayの最初の結婚のときの子、つまり一時は義理の息子だった人とだって、なんかすごいねえ。

11.30.2017

[film] Ingrid Goes West (2017)

寒くなったよう。 昼間には雪が降ったって。

19日、日曜日の午後、CurzonのBloomsburyでみました。

Ingrid (Aubrey Plaza)はSNS - 特にInstagramにどっぷりの女の子で、自分にとっては親友と思っていたCharlotteが結婚式に自分を呼んでくれなかったのを根にもってWedding Crasherをやらかしてから村八分にされて病院に隔離されセラピーとかも受けさせられて、あーあ、ってなってから今度は雑誌に載ってたインフルエンサーのTaylor (Elizabeth Olsen)に目をつけて、彼女のインスタにコメントしたらちょっとだけレスしてくれたので嬉しくなって、亡くなった母が遺してくれた$60,000を手にひとりカリフォルニアに渡り - Goes West -  Taylorの近所に出ていた貸家をキャッシュで借りて居場所を確保すると、猛然と彼女を追っかけ始める。 それはもう手当り次第で、大家でバットマンおたくのDan(O'Shea Jackson Jr.)のヘルプも借りたりしつつ、彼女の夫も含めてなんとか友達になることに成功するのだが、結局塗り固められたIngridのいろんなウソは動物みたいに野蛮なヤク中のTaylorの兄に見破られて、さてどうなっちゃうのか。

物語の転がしかたに無理があるとは思えなくて、ああなるしかないのだろうな、と思う一方で、Ingridのキャラクター設定についてはわかんなくて - つまり、あんなふうにペンシルベニアから西海岸に移動してなおも懲りずにSNS上でのFameを勝ち取ろうとするような若者がいるのだろうか? - いるんだろうな - 程度の感触しか持てず、SNSなんて虚構なんだから上っ面なんだから、とか言ってみたところで、そんなのあらゆる「リアル」を片っ端から軽蔑してへらへらやってきた80年代の奴が言ってもだめよね、とか。
Ingridだけでなく、彼女が向かっていく先のTaylorの方も、そのしょうもないアーティスト気取りの夫も、その周りの取り巻きも揃って見事にろくでなしばっかりで、結局こんなろくでなし共がはしゃぎまわっている世界、ていうあたりも80年代とたいして変わんないのかも …

ただ、いまのソーシャルメディアにしてもゲームにしても、世界のいろんなとこから降ってくるその量とそこに没入できてしまう時間ときたらたぶん年寄りの想像を絶するもので、そこからそこに浸かってその世界で受容されること、あるいはその世界から排除されることがその人にとってどれだけ意味とか価値を持つ(or 損なう)ものであるかは想像できないこともない。 依存症、とかいう用語は安易に使いたくないけど、このことをドラッグと同じような視座で見てしまうことは適切なのかどうなのか。

Aubrey PlazaもElizabeth Olsenもどちらかというと人を呪ったり祟ったり憑りついたりする演技が得意だった気がするのだが、ここでは同様の動きをしているかに見える彼女たちの背後にあるソーシャルメディアの呪縛、みたいのがくっきり見えてしまうところが怖さを倍加させている。 彼女らを(彼女らだから?)あんなふうに狂わせてしまうレスとかタグとかスレッドとかの恐ろしさ。 実体がない、とは言わない。 実体はあって、ただそれがどんなふうに考えや志向を捕えて変えていくのかが見えないところがこわい。 それが、そこから逃避するためにやってきた軽くて薄い西海岸でさらにぐちゃぐちゃの展開を見せてしまうところも。 
例えば彼女が東(New Yorkとか)に行ったら別の展開を見せたのだろうか?

なんかうだうだ書いてしまったが、全体のノリとしてはホラーというよりは、どたばたコメディなの。普段あんまし関わりたくない、そのサークルには加わりたくないかんじの人たちがいっぱい出てくる、ていうだけの。  Aubrey Plaza、うますぎるしこわすぎるし。

今晩(30日)、The Fallのライブのはずだったのだが、M.E.Smithの容態がよくないということで延期になってしまった。 残念だけどそれ以上に心配だよう。

ああ11月も..