1.28.2014

[log] New Yorkそのた2 - January 2014

今回の渡米、平日の晩はほとんど勝手に埋められてしまったので(まあ、ふつうそうよね)、自由に動くことができたのは土日の昼夜と最後の晩くらい、しかも明らかに体調さいあく、なのだった。

たべものとか。

土曜日の昼は、Rough TradeついでのWilliamsburgで、The Elmに行こうと思ったが開いてなくて、道端にあったThe Bedfordていうごくふつうのパブカフェみたいなとこで梨のパンケーキたべた。 ぜんぜんわるくなくてびっくりした。

土曜日の晩は、Bond Stに昨年できた"Le Philosophe"てとこに行った。
壁いっぱいに古今のいろんな哲学者の肖像写真がいっぱい貼ってあって、確認できただけでも、デカルト、スピノザ、モンテーニュ、ニーチェ、あたりからフーコー、ドゥルーズ、デリダまで、そんなのに囲まれて食事してなにが楽しいのかしらんが、すごく混んでいた。 メニューの表紙に貼ってあった言葉はナポレオンとゴードンラムジーだったのがちょっと惜しかったかも。 料理はNYフレンチ(ていうのがたしかにあるの)どまんなかを行くビストロ、だった。(シェフはDanielとかJean-Georgesにいたひとらしい)

鴨オレンジとか、ふつーに、どまんなかにおいしいし、デザートのクレープなんて夢のようだった。 10年前だったら考えられなかったわ、あんなの。

日曜日の昼は、既に書きましたがCafé Sabarsky。
ここで飲んだこれ、おいしかった。

http://www.eurofoodimports.com/Almdudler-Austrian-Soda-p/90151613.htm

日曜日の晩は、"Torrisi Italian Specialties"を再訪した。
ここ、McNally Jacksonの裏手にあるのだが、反対のLafayette沿いにSant Ambroeus(本店ミラノ)のリストランテが出来ていてびっくり。 この近辺、ものすごいイタリアンの激戦区になっている。 リトルイタリーが北進してきただけなのかもしれんが。

前回来たときは$75の日替わりプリフィクスのみで、年の終りくらいから$100の日替わりプリフィクスのみにメニュー構成が変わった。 行くしかない。
デザートまで入れて全10皿の問答無用。

最初がモッツアレラの薄皮と汁にくるまれたひたひたたぷたぷのイクラ巾着(たぶん)。あきれて声もでないの。 このあとも、壁の黒板にはCarpaccioとかPorkとかClamsとかいちおう書いてあるけど、まったく信用できない。 メインの"Mustard Pot-au-feu"なんて、ほとんど牛の生肉で、そこにあっついマスタード出汁をかけて、最後に勝ち残るのはやっぱりマスタードの香りだけなので、冗談のようだった。 デザートの"Ricotta"はふわふわのメレンゲ状になったリコッタで、その雲の隙間にぴちぴちの柑橘の粒(なんだろあれ)が異様に気持ちよく弾ける。

インテリアも食器類も地味と言ってよいくらい平凡な、家庭のダイニングみたいだし、壁の飾りになっている食材はごく普通のぽいし、泡とか窒素とか化学を使うわけでもない、コンポジションの基本は極薄切りの縦横展開とお浸しと粒(塩とスパイス)くらいなのに、後味のひっぱり具合がはんぱじゃなくて、でも全体を通して振り返るとこれはやっぱりイタリアンとしか言いようがないのだった。

木曜日、最後の晩は"Green Porno"のあと、ミッドタウンのBetonyに行った。 Rizzoliのならび。
Eleven Madison Park とかAteraにいた人たちがいる。

前菜、芽キャベツのピクルスを揚げたやつがすごーくおいしくて止まらない。からりと揚がった衣のなかみを噛みしめるとじんわりくる酸っぱさと芽キャベツの香りが渦を巻くの。  前菜もういっこはあったかいフォラグラ。 メインはローストチキン。 鰹節みたいに切りだされたソリッドなチキンの塊。ひと噛みしても、なんのお肉かわからないみっしり感がすごくよい。 この塊が空を飛ぶのか、とか。
デザートのチョコレートは極上ブラウニーの上澄みだけを散らしたようなやつだった。

あと2日あったらなー。他にも行くとこたくさんあったのになあ。
前ここに書いたLafayetteのFig Tart、New York TimesのThe Best Restaurant Dishes of 2013にも選ばれていたあれ。 あのバランスはほんとに驚異なんだねえ。

あれだけ心配していたのにGray's Papaya行くの忘れた。ばかばかばか。
Grand CentralのShake Shackは行った。あれが駅地下にあるんだったら週3通ってもいい。
あと、50thのLexにSchnipper'sができていた。 ランチでハンバーガーたべた。 悪くなかったけどMac & Joeを頼むべきだったかも。

Doughnut PlantのPeanut Butter瓶入手した。(ありがとうう)
お猿さんのPBよかねっとり、味が濃い。

Bakedのグラノーラ買った。
日本でも流行りつつあるようだが、グラノーラのおいしさって、それぞれの粒々がばりばりと堅く香りが立ったのをごつごつ噛み砕くとこにあるような気がして、柔くやさしい傾向に向かう日本の最近の食とはちがう気がするんだけど。

渡米とは関係ないけど、ずっと気になっていることがあった。
みんなCity Bakeryのプレッツェルクロワッサンおいしい、って言っているらしいが、あそこでほんとにおいしいのはベーカーズマフィンだから。 あれのないCity BakeryなんてCity Bakeryじゃないんだから。

いじょう。
ほかになんかあったか。

1.27.2014

[log] New Yorkそのた1 - January 2014

こないだの渡米の、出しもの関係のメモはおわったので、残りのあれこれを。

17日に乗った帰りの便は、座席がオーバーブックしているとかでファーストに追いやられてしまったので、"Queen of Blue"の紅茶をがぶがぶ飲みつつ、ワインもほんの少しづつだけいろんなのを、というなかなかはしたないことをやってさんざん自堕落した。

機内で見たのは2本。 これらはどっちも後で劇場で見るだろうからそのときにまた。

The Butler (2013)
Forest Whitakerがホワイトハウスで歴代の大統領に使えた執事で、妻がOprah WinfreyでまわりにTerrence HowardとかCuba Gooding Jr.とかLenny Kravitzとかがぞろぞろいて東映のやくざ映画みたいで、彼と彼の家族の目から見た公民権運動を中心としたアメリカの近代史を俯瞰する。
歴代大統領も楽しくてJohn Cusackのニクソンのほかに、Alan RickmanとJane Fondaのレーガン夫妻も、今となっては笑って見れる。 笑ってんじゃねえよ、と昔の自分が蹴りをいれる。

Rush (2013) 

これも近代史実録ものだった。 車とかスポーツとかライバルとか友情とか、そんなの戦争とおなじく世の中からなくなっちゃえばいいんだと常日頃思っているので、そういうので人が死んだりするのだったらやだなあ、だったが死ぬやつではなかった。 車に乗って速く走るのって、大変なんだねえ。
音と音楽(Hans Zimmer、ほんと器用だねえ)は凄そうだったのでもういっかい劇場で見よう。

続いてレコードとか。

今回の目的のひとつだった、WilliamsburgのRough Trade NYC、11日の昼間に行った。
川べりの元倉庫だったぽい建物で店のかんじとしてはロンドンのEastのほうに似てて、レコード/CDだけじゃなくて、本も雑誌もファッションも、プリクラのブースもちゃんとある。

The Flaming Lipsのカセットデモを7inchにした“The Flaming Lips Theme Song 1983″、とかElectrelaneの1stのre-issueとかCaitlin Roseとか。

雑誌に載っているような普通の新譜とか各ジャンルのベーシックなところを押さえてガイドしているところ、でも細かいところも棚を掘っていけばでてくるようなところ、はさすが老舗、というかんじがした。 店内にライブスペースがあるところもよいのね。
昔は新宿にもあったんだけどなあ、Rought Trade Shop。 もう来てくれないだろうなあ。

そこを出て、Williamsburg近辺をBlue Bottle CoffeeとかSpoonbill and Sugartown(猫本屋)とかをうろついた(買わなかったけど)。 この辺建設中、リニューアル中の建物だらけで、90年代中~末期のSOHOみたいに小綺麗なふうに変わりつつあって、あーあ、だった。

GreenpointのAcademyのことはもう書きましたけど、Government Issue の"Boycott Stabb"のFirst press (45rpm、ほんとかなー)とか買った。
7inchの箱を漁っているとき、紙箱の角に猫が頭をぐりぐりねじこんでくるので、集中できなくて困った。 買ってよね、って言ってるんだと解釈した。

Other Musicもマンハッタン内なのでちょこちょこ通った。
ここにある新譜はRouth Tradeに出ているのとはまた違ってて、おもしろいんだねえ。
The Walker Brothersの"Nite Flights" (1978)の復刻盤とか、Bill Callahanの"Dream River"とかかった。

この3店、どこもてんでばらばらで、まったく被ってないからおもしろいったら。

それから本とか。

The Art Institute of Chicagoで開催中のこの展示、のカタログがとってもおいしそうだったので買った。 アメリカ人て、くいしんぼうだよねえ。

http://www.artic.edu/art-and-appetite-american-painting-culture-and-cuisine

それと、"California Surfing and Climbing in the Fifties"ていう写真集。
50年代のカリフォルニアでサーフィンしたり、崖登りしたりする若者たちの肖像。 この時代のカリフォルニアに生まれたかったなあー。 サーフィンも崖もたぶんやんないけど。

この2冊とKandinsky展のカタログですでにじゅうぶんに重かったのだが、ほかに

"Susan Sontag: The Complete Rolling Stone Interview" とか
"Goodbye to All That: Writers on Loving and Leaving New York" とか。

既に書いたEdgar G. Ulmerの本とか"Green Porno"とか。
Green Pornoは通関で引っかかったら断固戦うつもりだったが、ひっかからなかったの。

あと、雑誌の"Darling"とか、"Saveur"とか、"Gather Journal"(繭特集! たまんない)とか"Film Comment"とか、いつもの雑誌群をちょこちょこと。
 
本屋はMcNally JacksonとSt.MarksとRizzoliくらいしか行っていないのだが。

あとは取っておいてもらったT MagazineとかVillage VoiceのLou Reed追悼号とか。

食べもの関係は分けることにしました。

1.24.2014

[theater] Green Porno

16日、NY最後の晩にBAMで見ました。
BAMのSpring Seasonの出し物のひとつ、16日が初日で、チケットはずっとLimited Availabilityのマークで購入できなかったのだが、当日サイトに行ったら買えた。
$120だった...

http://www.bam.org/theater/2014/green-porno

去年くらいにできたBAMの新しいスペースでの上演、開始前にBAM Cinématekのほうにチラシとりに行ってゆっくりめで中に入ると全席自由の先着順だった…

さて、2年くらい前だったか、VillageのIFCに映画見にいったとき、ここでは上映前予告の時間にShort Filmを流すことが多いのだが、ここで"Green Porno"がかかったの。
そこではイカの着ぐるみを纏ったイザベラ・ロッセリーニがイカの交尾についてじたばた面白おかしく説明していて、なんの前知識もなしに見たもんだから絶句するしかなかった。 おばさん、とつぜんどうしちゃったの? と。

その後、Sundance Channelとかで上映されていたらしいこの短編はシリーズで作られている(全9作らしい)こと、これはイザベラ・ロッセリーニ自身が企画して製作していることを知って、へんなおばさん、ておもった。

しかしこの企画はそこで留まることはなく、彼女自身による舞台でのパフォーマンスにまで発表の場を拡げていく。 それほどまでしてみんなに見てもらいたい、知ってもらいたい、ということなのか、と。 解説によると、子供のころから動物が大好きで、大人になってモデルや女優をはじめてからもひとり学校に通って勉強を続けていたそうなので、ライフワーク、なのだろう。 そうでもなければあんな着ぐるみとかペニスあれこれとか自分でデザインしたりしないよね。

というわけで動物好きとロッセリーニ好き(どのロッセリーニでも)は必見なの。

性ってへんなの、というのは確かにある。 自身の種を維持するための生殖行為、にはちがいないが、なんであんなに生き物ごとに違っていて多様なんだろうか、という不思議。 それぞれの生物にとっては捕食とおなじく生きていくために必要なことで、必死だったが故にいろんな工夫や錯誤を繰り返した挙句にああなったりこうなったり、ということなのだろうし、そんなのヒトの知ったこっちゃねえだろ、ではあるのだが、知ったこっちゃないところでそれぞれの個体が地味に地道にがんばっている姿をみてしまうとたまんなくいとおしくなって、このおばさんみたいにみんなに教えてあげたくなるのもわかる。 

そもそもおおっぴらに/他人にみせるべきではない秘め事をみんなの目の前に曝す、という点でこれは確かにポルノと呼びうるのかもしれない。
でも、快楽はそんなにやってこないしエコだからピンクではなくてグリーンなの、かなあ。

でも、絶頂に達したとこで頭を齧りとられてしまうカマキリの♂とか、6フィートもある鯨の男根とか、あひるのあれはゴリラのよかでっかいとか、興奮するひとはしてしまっても一向に構わないの。

舞台上には演壇がひとつ、その背後にスクリーンがあるだけ。
黒のシンプルなドレスで登場したイザベラさんは学校の先生のようで、スクリーンに過去のGreen Pornoからの映像を使いつつ澱みなくすらすら講義を進める。
自在に性転換するかたつむりのとこ(たしか)で、スカートをひっぺがして男性のパンツ姿になり、いろんな着ぐるみにつけたり紙人形使ったり、先生自身もいろいろ変容しつつ、不思議な動物たちの不思議な性の世界が展開されていく1時間15分の学園教師モノなの。

脚本は、イザベラ・ロッセリーニ自身とジャン=クロード・カリエール(!)
(台詞は音楽のようにすらすら美しく流れていったねえ)
演出は、コメディ・フランセーズのミュルエル・マイエット。

途中、ロッセリーニ家の家族写真がでて、最後にママ - イングリッド・バーグマンの大きな写真が映しだされる。 不思議なものでしょ、なんだか似てきたのよね、と (… たしかにそうかも)。
これもまた自然がもたらしたなんかなんだね、て。

帰りにDVD付き、写真いっぱいの本買った。

1.23.2014

[music] Savages - Jan. 22

今年の初ライブ、ようやく。
22日の晩、恵比寿でみました。 昨年の原宿を逃して悔しくてならなかったので、ほんとにようやく。

前座のにせんねんもんだいの終り頃についた。
久々のにせんねんもんだい、のライブだったが音楽的にはより細やかに深化していたかも。でも、以前のがもうちょっと撥ねまくるおもしろさ、みたいのはあったかも。

Savages、いかった。 久々にこういう音につかってひたった。 いじょう。

スタイリッシュなモノクロのビジュアルとライティング、心臓の裏側で不穏にのたくるベースとドラムス、きりきりと引っ掻き傷をつくるばかりのギター、嗚咽と咆哮と痙攣とともにある声 - 歌をかたち作らない声。
がっちりと隙のないアンサンブルでも圧倒する轟音の渦でもない、それぞれの音の粒は彼女らの手のなかでそれぞれの硬さと密度と距離をもって飛んできて、揺るがない。

これって、彼女たちの生がまさにこんなふうなのだ、ということの表明に他ならなくて、スタイルの選択、とかそういうはなしではぜんぜんないの。 この音を一聴してあーあれね、みたいに言うひとを軽蔑しよう。

こういう音のなかで生きていた、こういう音がなければ死んでいた、そういう白か黒かの暗くしみったれた時代がたしかにあった、ということを思いおこさせる。
そして、こういう音がなくても生きていけてしまう今を辱しく思え、と彼女たちは言う。 
ものすごく残酷で獰猛なひとたち - Savages。

"I need something new in my ears"と静かに言い放つだけで場内を凍らせてしまう声、それに続けて耳の奥にぶちこまれる"Strife"のドラムスの強さ。
腰を少し浮かせて腰でぶちこむ、あのドラムス、すてき。
痙攣と電撃と爪による攻撃は約1時間、容赦なく、でもあっという間におわってしまう。 それでいいの、傷痕は残るだろ。ひりひり。

Suicideの"Dream Baby Dream”のカバーをやった。  これのみ、やや甘美に聴こえる、新しさがあるとしたらそんなふうな。(もちろん、新しいことに意味なんてないのだが)

アンコール、「あと1曲、"Fuckers"をやるの、みんながとっても幸せそうだから...」と不敵に笑った彼女はものすごくチャーミングなよいこなんだろうな、とおもった。

1.22.2014

[film] Frozen (2013)

14日の火曜日は、朝の4時起きで、ラガーディアからワシントンのダレス国際空港に行って、晩の20時にニューアークに戻ってきた。
ダレス国際空港の建築 - JFKのTWAターミナルを設計したエーロ・サーリネンによるもの - かっこいかったなあ。

21時過ぎになんか見れるのないか探して、近辺でひっかかるのはこれくらいしかなかったの。 21:45からTimes Squareで。
ちっとも寒くなくなってつまんなくなってしまったので、そのへんのお祈りもこめて。 ディズニーのアニメ。

予告はいろいろかかったが、なんといっても"Muppets Most Wanted"と、"The Lego Movie"、だったなあ。
Legoのあれ、なんなんだろ。 クレイアニメのクレイがレゴになった、というだけなのかもしれないのに、レゴであるが故の異様感がたまんない、ていうかわけわかんない。

最初にミッキーマウスが出てくる古いんだか新しいんだかわからない短編どたばたアニメが流れて、たぶん新しいし、おもしろいんだけど、たいへんだねえ。技の継承とか。

どっかの国で国王一家が暮らしてて、なかよしの姉と妹がいて、姉には氷と遊べる不思議な力があって、ある日その力で妹を傷つけてしまった姉は、自分の殻に閉じこもりがちになり、王様王妃が亡くなってからは姉妹ふたりでひっそり暮らしていたのだが、オープンハウスでいろんなひとが城に入ってきた日、はしゃぎすぎる妹にぶちきれた姉はX-Menに変貌して荒れ狂い氷のお城を築いて山奥に籠ってしまい、国ぜんぶが氷雪まみれになって寒くてしょうがないので、妹は氷売りの若者とトナカイと雪だるまと一緒に姉をなんとかしにいくの。

"Brave" - メリダとおそろしの森 - みたいにママが熊になっちゃったのならともかく、X-Menになって氷のお城を築き、家族からも解放された姉は歌うたったりしてのびのび楽しそうなんだから、干渉しないでほうっておけばいいのに、なのだが、姉に捨てられたかっこうの妹はなんか我慢できなかったみたい。 いかにもありそうな姉妹間のぐさぐさ模様なのだが、もうちょっとおどろおどろツイストしたドラマになってほしかったかも。  原作はアンデルセンの「雪の女王」らしいのだが、こんなお話だったかしら。

クライマックスはちょっとだけグリフィスの「東への道」みたいかも、と思ったけど…

"Brave"とか"Tangled" - 塔の上のラプンツェル - あたりと比べるともっと家族向けの歌って踊るミュージカルてかんじだし、冬を描いたアニメとしてはあの"Rise of the Guardians"には遠く及ばない。

妹のAnnaの声は、”Sarah Marshall"のKristen Bell。 結構歌えるんだねえ。
誰が作っているのかしらんが音楽のクオリティはさすがでみごとで、しばらくしたら間違いなくブロードウェイでやることでしょう。 

それにしても、ひょうきんな雪だるまさんが少し暖かくなると溶けだして、そのたびに胸がいたくなって吐きそうになるのは、子供の頃にみた魔法使いサリーの呪いなのだ、と今更ながらにおもった。 雪だるまおそるべし。

1.21.2014

[art] Mike Kelley

12日の午後、Neue GalerieでKandinsky見た後、地下鉄を乗り継いでGreenpointに出て、Oak stのAcademy Recordsに行った。
前回来たときはまだ仕掛り中、というかんじだったが今回はもうお店としてばりばりいっぱい揃っていて、やや太くなった盤猫のTigreもぐりぐり元気に動き回っていた。
(猫の様子はAcademyのInstagramでたまに見ることができま)

そこで何枚か買って、本屋のWordにも寄って、もういっかい地下鉄に乗ってMOMAのPS1に行って、みました。
あんなに大規模なもんだとは思わなかった。 PS1て、昔学校だったとこで、地下から3階くらいまでの教室ほぼぜんぶをびっちり使ってMike Kelleyの残したばかでかい蟻塚、みたいな作品群を見ることができる。 廃校にMike Kelley、ていうのはややはまり過ぎている気もしたが、とりあえずその物量にびっくりして、文化祭みたいに教室から教室へいったりきたり、出し物によっては部屋の手前で待たされるのもあったりしているうちに軽く2時間くらい過ぎてて、見る予定だった映画をのがした。

いちおう入口には成人向けのコンテンツを含みます、の注意書きが出ていたが、子供、家族連れもいっぱいだった。
ぬいぐるみの縫い球とか、かわいいのもいっぱいある、かわいくないのもわけわかんないのも、気持ちわるいのもいっぱいある、そういった仕分けになんの意味があろう、と言わんばかりに、引出しの中、クローゼットの中、本棚のなか、落書き帳のなか、ゴミ箱のなか、のように乱雑に大量にそれらは引っぱり出されて並べられたり曝されたりしていて、或いはいろんなフィルムや耳障りな音塊としてあちこちで繰り返し反復されていて、それはそんなふうなもんで溢れているであろう彼のアタマのなかそのもの、のように思えた。

たとえば「ガラクタ」。 Destroy All Monsters 。かいじゅう。

そこにあるのは、デトロイトの、アメリカの郊外の風景、そこで浮かんでは消える、現れては消える、そして再び/何度でも立ち現れてくる、不屈のサバービアの光景。 それらを崇めるのでも打ち壊すのでも遺棄するのでもなく、とりあえず頭んなかのフィルターを通してLo-Fiに再構成して、カセットテープのようにフィルムロールのようにだらだら垂れ流し再生し続けること。
垂れ流し続けられることで現れてくる別の風景、別の環境、それらはどんなふうに「別」なのだろうか、Another piece of junk、なのかどうか。

アメリカの郊外って、なんでずうっと、いつまでもどこまでもああなんだろうか? あれって、なんなんだろう? 
巣が均一の形態を取るような自然の一種なのか、とか。

あと、基本的にはキュートですてき。 そのキュートネスは、ひとによって異なるのかもしれないが、Jeff Koonsなんかよか、作為がなくて、「悪趣味」に走っていなくて素朴で、よいの。 ぬいぐるみとか布とか紙とか、手直にあるものをひっつかんでやっつけた、というのと、ライティングや構成や引用などを割と考慮してきっちり作ったと思われるもの、の二系統あって、でもどちらもへたくそで荒んでて、でもかわいい、といおう。

もともとはオランダのStedelijk Museumが生前に企画していたものが彼の突然の死によってレトロスペクティブになってしまったものなので、どれもみな進行形のままポーズしているだけの作品のようにも見える。 ぬいぐるみ達も縫いこまれる途上でふらふらと生きていて、完結してしている感がないのだった。

作品のスライドはこちら。(かわいいのはあんまないけど)

http://www.nytimes.com/slideshow/2013/10/18/arts/design/20131018-KELLEY.html

カタログはさすがにでっかすぎたので諦めた。


そういえば、帰国していちばん嬉しかったのは、MelvinsのHoliday Bundle(Tシャツ, CD, 7inch, かいじゅうプリントなどなど - 77部限定)が届いていたことだった。
クリスマスの朝5時に起きてクリックした甲斐があったの。

1.19.2014

[art] Vasily Kandinsky: From Blaue Reiter to the Bauhaus, 1910-1925

今年の展覧会はじめ。12日の日曜日の午前、Neue Galerieで見ました。

http://www.neuegalerie.org/content/vasily-kandinsky-blaue-reiter-bauhaus-1910-1925

いちおう土曜日の朝、Frick Collectionの"Vermeer, Rembrandt, and Hals" - フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』が展示 - に行ってみたのだが、小雨がぱらつく中、70thの5thの角をぐるうっっと回って71stまで伸びた列ができていたので、あっさり諦める。

カンディンスキーの青騎士時代からバウハウス時代までを中心とした展示。
青騎士時代の実験から「抽象」概念を煮詰めて音楽や舞台、デザインまで展開していったバウハウス時代までを追ったもの。 これまでカンディンスキーは相当見てきたし、展示スペースがそんなにあるとこではないので数も多くなかったが、これは見応えがあった。
青騎士のところにはフランツ・マルクの素敵な牛とかもいるの。

線や面、色の交わりであるところの絵画はどの時点から事物や風景といった認知可能な具象の世界からなんだかわからないもんが描かれた抽象の世界に(形象として)変容するのか、そこにおいて「美」を認識するあたまのなかはどう変わるのか、変わらないところがあるとしたら、そこにはいったいなにが。 というあたりを巡るカンディンスキーの試行とその軌跡が見てわかるように並べられている。

抽象、モダンアートにありがちのつんつん尖ったかんじは見事になくて、青騎士の頃の暖色のぼわんとした柔らかさのなかから無調の直線や尖りが生まれ、その線の連なりが再び丸みと出会って交わり、やがてひとつの/いくつかの連なりに統合されていく - 音楽が生まれていくようなそのプロセスが画面上に。 そしてそこには確かになにかが鳴っている。

作品は主にMOMAやGuggenheimをはじめ米国中の美術館から集められていて、この時期の彼の作品が米国において見事に当たって売れたことを示していて、つまりそれは。
これまで(たぶん)見たことがなかった"Composition V" (1911)、そしてEdwin Campbell(自動車のシボレーの創業者)のパークアベニューのアパートの待合室の壁を飾っていた4枚ぜんぶとか。
あと、小部屋をぜんぶ使ってJuryfreie Kunstschau (Jury-Free Art Show)のためにバウハウスの学生と一緒につくった壁画の2/3サイズの再現(1922 - 本物はもうない)、とか。

カタログ買った。
見終わって、久々にCafé Sabarskyに入って、でも食欲なかったのでWiener Schnitzelは諦めてKandinsky's Borschtを戴いた。あったまって次にいった。

1.17.2014

[log] January 17 2014

帰りのJFKにきました。 
エコとか自動運航とかどうでもいいから車酔いしない自動車を作ってほしい。

それと、ラウンジにセサミのクラッカーを返してほしい。(まだいう)

今日ここまで、天気はとっても穏やかで暖かくて平和なの。
Lena DunhamがVogueの表紙を飾ることをNew York Postが1面の記事にしちゃうくらい、平和な今日このごろなの(昨日の紙面)。

最後だけ天候よくなったって、土日がぼろぼろで体調さいあくで、仕事もめためただったのが悔やまれてならない。 ほとんどなんにもできなかったような。
映画3, 展覧会2, 演劇(かなあ?)1、程度。 あーくやしいよう。

Frick Collectionのフェルメールはだめ、Jewish MuseumのArt Spiegelmanのレトロスペクティブもだめ、本泥棒の映画もディケンズの映画もだめ、NPHによるHedwig and the Angry Inchもだめ、Carole Kingのミュージカルもだめ。 Film ForumもIFCもAngelikaも行けなかった。 だめなの多すぎ。

こうしてあんまし動けなかった反動で、お買い物ばっかしだった。
(映画を諦めてしまうと時間が空くでしょ、そうすると行くところって限られちゃうよね)
初買い、ということにして、本と雑誌とレコードを、ほんっとにバカみたいに買った。J.Crewでもセールとかしてるし。

荷物はありえない重さになったが、充足感はゼロだわ。 ゼロ・グラビティだわ。

あとはTVとか。 Jimmy Fallonも今回は割とちゃんと見れた。
Jimmy & BruceのふたりSpringsteenも楽しかったが(しかしSpringsteen, いま80年代当時のかっこしてもぜんぜん変わんないのね)、圧巻だったのはTom Morelloが入ったE Street Band(+ The Roots)のやかましさだった。 一揆としかいいようがない打ち鳴らしの強さ。

その翌日はMission Chinese Foodのひとと料理つくってたけど。

残りは帰国後にだらだら書いていきます。 時間がほしいなあ。

では。

[film] Anchorman 2: The Legend Continues (2013)

11日の晩、エドガー・G・ウルマ―の後、Times Squareに行ってみました。ようやく。
天気が悪かったせいか、公開後日が経っているのに部屋はぱんぱんだった。

いやーおもしろかったねえ。 当然だけど。

Ron Burgundy (Will Ferrell)は、Veronica Corningstone と結婚してガキもできて、San Diegoで夫婦アンカーをやっていたのだが、突然クビを言い渡されて愕然としていたら、24-hourのニュースチャンネルGNNに来ないかと誘いを受けて、かつての仲間を呼びよせることにする。 Champ(David Koechner)は、蝙蝠の唐揚げをだすフライドチキン屋をやっていて、Brian(Paul Rudd)は、猫の写真家をやっていて、Brick (Steve Carell)はしんでいた...
んで、GNNの本拠地のNYに移った彼らの大活躍があって、"The Legend Continues"なの。 ばからしくて書くきにもならないの。

やってはいけないときにやってはいけないことをやる、言ってはいけないときに言ってはいけないことを言う、ぜんぜんどうでもいい、放置せざるをえないようなことをやりまくる、基本はこういうのをマルチの五月雨でやり続けているだけなのだが、こういうのを展開するのに放送局とか警察とか学校とかは最適の舞台だし、仕事仲間とか家族とかは最適のチェーンだし、少し昔の70年代80年代ていうのは最適の時代だし、ていうのをJudd Apatow - Adam McKay組ていうのは腹の底からわかっているの。

まだシリーズ2作目なのに恒例化しているネタ、たとえばアンカー同士のバトルロワイヤルも、前回とはダブらずにものすごいメンツがじゃらじゃら並ぶ。 IMDB見ればわかるけど過剰を通りこしてあんたなに? みたいのがいっぱいいる。

あとはSteve Carellと互角に渡り合うKristen Wiig(によるMiranda July)のわけわかんなさ。
あれにぶつけるとしたらあれしかない、ていう絶妙さ。

そして音楽がさー。 前回の70'sから少し進んで70末~80'sの最初のほうまでなんだが、ものすごいはまり具合で悶絶しまくり。 San DiegoからNYに切り替わる瞬間の"White Lines"の鮮やかさとか。


終わって部屋をでたら廊下に"Winter's Tale"のポスターが貼ってあった。 Valentine's Day公開って。
これってMark Helprinの? っておもったらそうだった。
たのむからおねがいだから、変なことしていませんようにー。

1.16.2014

[film] Murder Is My Beat (1955)

今回の滞在、見たい映画はいつものようにそこらじゅうにあるのだが、体調と天候があんましだったので、見たいのを見れるように、ではなく、そのときに見れるやつを見れる範囲で、というアプローチに変えた。 これも11日の午後、ぽこっと空いたとこでやっていたので駆けこんだ、程度の。

このときLincoln Centerでやっていた特集は、毎年やっている"New York Jewish Film Festival" (今年で23回め)と、この"Edgar G. Ulmer: Back From the Margins"だった。 Edgar G. Ulmerのはこないだのシネマヴェーラの特集もあんまし見れなかったし、見ておこう、と。

http://www.filmlinc.com/films/series/edgar-g.-ulmer-back-from-the-margins

上映前にかかった"New York Jewish Film Festival"と"Dance on Camera" (こちらは42周年)の 予告がかっこよくてさー。 見たいよう。(特にChantal AkermanがPinaを撮った"One Day Pina Asked…"とか)

あと、今回の"New York Jewish Film Festival"では、Otto Premingerの3本をやってて(逆立ちしても見れねえ)、それのVisual imageをつくったSaul Bassのポスター展示を待合部屋でやってて、これもまたかっこよいのよ。


55年の低予算ノワール。 77分。 クリスピーなフィルム上映だった。

冒頭、モーテルのベッドで横になっている男のとこに刑事と思われる男が押し入って、横になっていたのは捜査の途上で行方不明になっていた彼の部下で、そこからある殺人事件から始まる彼の回想に入って、線上に浮かんだ怪しげな女と彼の逃避行の顛末と意外な結末がコントラストの強い白黒と生々しいクローズアップ(最後のほうで闇の向こうから走ってくる老婆のおっかないこと)の連鎖のなか描かれる。 4トラックで録られたデモのような粗い黒色と、それゆえの、むきだしの力強さがあって、回想と共に物語のまんなかに - ロスの夜闇のただなかに - 放り出されるかんじがたまんないのだった。 かっこいい。

ファムファタールを演じたBarbara Paytonはノワールの結末そのものみたいな悲惨な終わり方をした女優さんとして有名だが、彼女の最後から2番目の出演作。

13日の月曜日の晩、連れていた子達を生牡蠣に連れていった帰り、ひとりでMcNally Jacksonに寄ったら地下でイベントをやっていた。
内容はあーらびっくり、新刊本"Edgar G. Ulmer: A Filmmaker at the Margins"の紹介で、著者のNoah Isenbergと聞き手のDana Stevens(美人さん)がトークをしていた。  (Noah Isenbergさんは、Film Societyの特集上映の間中も、しょっちゅう講釈していた模様)

もうトークも終わりに近づいていたし、棚の本を見ながらぼーっと立ち聞きしていた程度だったのだが、70年代のB級映画再評価の頃の話(+ゴダール)とか、ムルナウの"The Last Laugh"の話とかしていた。 棚を片付けた地下のフロアに置かれた椅子はほぼ埋まっていて、月曜の晩なのによく集まるよねえ、だった。

おみあげについ本(しかもサイン本)も買ってしまったのだが、いつ読むんだよバカ、とノワール化してしまった自分がいう。

[log] Jan 10 2014 - NY

10日に着いて、その日の午後から仕事を始めたのだが体調がぜんぜん戻らず、目眩、吐気、悪寒、喉痛などなど、せめて土日だけはとがんばったのに本調子にはならず、無理して動けなくなったらとっても怒られて蔑まれるのでわりと安静にしていた。気圧もめちゃくちゃだったし。

行きの機内で見たのは2本だけ。

"Runner Runner"

Justin Timberlakeがプリンストンの学生で学費をなんとかするためにオンラインのポーカーやったらすっからかんになって、そんなはずないと頭きて統計とってみたらなんか怪しい操作してる、と思ったのでそのカジノの元締めをやっているBen Affleckに直談判しにコスタリカまで飛んでいったら逆に気に入られて全額返金してもらった上に仕事を与えられてそこで働きはじめる。 でもそれが罠で、どんどんやばいことやらされるしFBIに目つけられて裏で協力するよう脅迫されるし、博打狂いの父親を人質に取られたり散々で、なんとか囲いから逃げようとあがいて、どうなる? なの。 いかにもありそうなおはなし。

Ben Affleckののっぺりとした厚顔な悪っぷりと、そのまわりをじたばた走りまわるJustin Timberlake、その足下にはオンラインカジノと中米の底知れぬ闇が横たわっていて悪くなかった。 監督は"The Lincoln Lawyer"のひとで、こういうべったりぐしゃっとしたサスペンスがなかなかうまいかも。
Justin Timberlakeて、小利口なやつが焦ってちょろちょろする、そんな役が似合うねえ。

"JOBS"

Ashton Kutcherが70年代から00年頃までのSteve Jobsを演じている映画で、割と最近実際に起こったこと、割とみんなよく知っているひとを扱っているので、ああそうですか、としか言いようがなくて、なんじゃこれ、みたいなかんじはした。 べつにAppleから許可を受けて作っているわけでもないらしく、でも、じゃあなんのためなんだろ? 70年代のヒッピーだったJobsがインドとかに行って啓示を受けて、世界に革命を起こすんだ!って奮起してガレージからAppleを立ちあげて成長したら追い出されて、請われて復帰して成功してよかったけど死んじゃった、ていう...  彼のダークで嫌な面もきちんと含んだ、でも結局のところは立志伝。

確かに、たぶん、AppleのPCはITのありようを変えた、iPodは音楽への接し方を変えた、iPhoneはコミュニケーションのスタイルを変えた、と言おう。
でも、その変革が我々の生活や生き方みたいなところをよくしたか、ていうと違う、違うというか、こんにちの技術革新ていうのは我々の生とはあんま関係ない次元にある「マーケット」だの「市場原理」だののためにあるのだ、ということを彼の仕事は示したのではなかったか。
ていうかさあ、どいつもこいつもうるせえんだよイノベーションイノベーションて。 ばっかじゃねえの。 とか。(.. 荒んでる)

Jobsの仕事で唯一感心したやつは、90年代初、彼がAppleを追い出された直後につくったNextの端末だったかも。 あの完成度はちょっとすごかったなあ、と懐かしく思いだした。

Ashton Kutcherくんはがんばっていたけど、どんなにがんばってもAshton Kutcher臭が出てしまうのでかわいそうだったかも。


月曜以降、仕事が始まってからも体調は戻らず、ぐでぐでで、夜も押さえられていたので、ふんとにしょうもないまま、出張は終わりをむかえつつあって、なきそうだ ...


いま、David LettermanでThe Orwellsていうのをやってる。この子達はすごいかも。まじで。

1.11.2014

[log] January 10 2014

もうほんとにへろへろのあっぷあっぷでいろんなことがありすぎて時折意識がもうろうとなったりもするのだが、昨日の午前にNYに来ました。お仕事で。 
着いた午後から仕事だったのだが、JFKからの渋滞がひどくて、車酔いでしにそうになって、まだ調子が戻らない。

昨年末からのごたごたから逃れるべくひとり地道に計画を立てていたのに単独で行くのはまかりならぬ、といちばんやなかんじで集団行動を押しつけられてしまったのでなんだかとっても嬉しくないかも。

それでもあれこれがんばってあがいて土日の滞在はなんとか確保した、けどそういうときに限ってろくなイベントがなかったりする。 

着いた日の晩には、カーネギーホールでNeil Youngがあったりしたのだが、チケットなんて取れるわきゃないよね。

いっそのことこないだまでの大寒波戻ってきて、なのだがもうあったかくなってしまうらしいのでつまんないや。

その他の用事などもあったりするので今回の目標はほんとにささやかで、 Anchorman 2を見れて、Mike Kellyのレトロスペクティブを見れて、Rough Trade NYCをのぞければそれでよいことにしたの。
たったこれっぽっちなんだよ。ちぇっ。

あとはあまりにとつぜんのGray's PapayaのWest Villageのクローズに衝撃を受けている。まだ残っているお店に行っておくべきなのかどうか。

1.05.2014

[film] Linhas de Wellington (2012)

暮れの30日に見たやつを書くの忘れていた。 銀座で見ました。
『皇帝と公爵』 - この邦題じゃわけわかんないよね。 英語題は"Lines of Wellington"。

Raoul Ruizの生前最後の企画を彼の作品を支えてきたパートナーのValeria Sarmientoが監督し、製作もおなじみのPaulo Branco。 役者陣も過去のRaoul Ruiz作品からの常連オールスターズがじゃらじゃらと並んで現れる。 ふだん日仏やアテネに通っている人達は御礼参りの意味でもいくべし。

皇帝っていうのはナポレオンで、でも画面には出てこない。公爵っていうのはウェリントンで、でもこの時点ではまだ公爵じゃない。 ポルトガル征服のため攻め入ろうとするナポレオンとそれを食い止めるべく要塞トレス線を築いて阻止しようとする葡英連合の熾烈な戦い、というかんじではなく、双方の知力を尽くした戦い、という様子もない。 お正月にふさわしいような戦国合戦絵巻、ではぜんぜんないのでねんのため。

出てくるのは農夫あがりの実直な軍曹とか、頭に銃弾2発くらいながらも看病されたり介抱されたりしつつ自軍に合流しようとする中尉とか、前線で夫を失った英軍の新妻とか、行方不明になった妻を探す宣教師とか、頭のおかしくなった孤児とか気丈な老婦とか、トレス線に向かって逃げるように進んでいくポルトガル - イギリス軍 - 軍人だけではなくその行軍に付いていく市民達のきつい旅の様子なの。

個々のエピソードの人物たちがトレス線に近づくにつれて互いに交わっていくのだが、それが戦況にとってどう、ということはなくてトレス線の完成とそれに続くフランス軍の撤退が切り分けた彼らの生と死、出発と別れ、その不可思議なありようを追う。 そこには幻影があり奇跡があり沢山の目を背けたくなるような闇があり、それらは確かにRaoul Ruizの遺そうとしたものだったのかも。

他方でウェリントン(John Malkovich)は肖像画を描かせてその出来に文句を垂れているばかりだし、フランス側もMichel Piccoli - Catherine Deneuve - Isabelle Huppert - Melvil Poupaudがテーブルを囲んでいる豪勢なショットがあったりするのだが、Michel Piccoliはなにかを口に入れてもごもご喋る程度だし、Chiara Mastroianniなんて軍靴を脱がせてもらって伸びをする、その程度なの。 貴族はいいよな、なの。

全体がばらけているので152分は冗長かも、だけど、ポルトガル側に出てくる役者さんたちがみんなすばらしくよい顔でよい演技をしているのでそこだけでも。

あといっこだけ、このウェリントンて、ビーフ・ウェリントンのウェリントンだったのか(!)、というのが本人の文句たらたらの解説でわかるので、お料理好きは必見かも(てきとー)。 伊達巻き、みたいなもんよね。

1.04.2014

[film] Living in a Big Way (1947)

3日の昼間から、シネマヴェーラで2本見ました。 ほんとうにお片づけはやらないつもりなんだな。

2本のタイトルを並べるととっても威勢よくて新年にはよいかんじ。
"Come and Get It" に "Living in a Big Way" だよ。 お片づけなんて、ちいせえよ。

Come and Get It (1936)  『大自然の凱歌』

ウィスコンシンの森林でパルプ会社のために伐採をやっているバーニー(Edward Arnold)は野心たっぷりばりばりの親分肌で、酒場の歌手のロッタ(Frances Farmer)と仲良くなるのだが、一緒になる手前で彼女を捨て、逃げるように本社の社長令嬢と結婚してしまう。
それから歳月が経ち社長に成り上がったバーニー50歳、あのあとロッタと結婚した旧友のスワン(Walter Brennan)と再会した彼は、ロッタ(既に故人)の娘で彼女に瓜ふたつのロッタ(Frances Farmer二役)と出会ってときめいて、スワンを助けるふりをして一家を自分ちの近所に呼び寄せて世話をやき始める。
でもロッタに惹かれてしまったのはバーニーの息子のリチャードのほうでー。

"Come and Get It"ていうのはバーニーが伐採場の飯場でトライアングルを威勢よく打ち鳴らしながら「メシだぞー」てみんなを呼び寄せるときの掛け声で、若い頃のバーニーと権力を手にした後のエンディングのそれぞれで対照的に繰り返されるのだが、邦題の『大自然の凱歌』だとちょっとわかんないかも。

ストーリーのまんなかのテーマは成功を手にするために恋を捨てた男の老いてからのじたばたと悲哀、だと思うのだが、見どころは前半のダイナマイトどっかーん、ばっしゃーん、のすさまじい伐採シーンとロッタと出会ったバーで、椅子をアンダースローから投げまくり、お盆をびゅんびゅん飛ばしまくる大げんかのシーンで、やっぱしHoward Hawksだねえ、になるの。

"Love Me Tender"の元歌て、ここで歌われる"Aura Lee"だったんだねえ。


Living in a Big Way (1947) 『でっかく生きる』

監督は"My Man Godfrey"のGregory La Cavaで、主演はGene Kellyだから見ないわけにいかない。 すばらしくおもしろかった。

戦地に赴く直前のレオ(Gene Kelly)はマーゴ(Marie McDonald)と慌ただしく結婚して、戦争が終わって意気揚々と彼女に会いにいってみると、ドアノブの職人をやっていると聞かされていた彼女の実家は大豪邸、彼女はセレブどまんなかの暮らしをしていて唖然、彼の帰還を歓迎しないどころか結婚していたことすら隠していた。 マーゴを諦めきれない彼は彼女の祖母の協力を得て、廃墟になっていた本邸の改築をして家のない人達のためのハウジングプロジェクトを始めて、彼のまわりに人は集まってくるのだが、他方で離婚調停を進めるマーゴとの関係はどうなる? ていうお話なの。

登場人物の本音・核心発言をどこまでも迂回して回避しまくる脚本が素敵で、物語が佳境に進むにつれて彼らの言葉がその表情や態度とくっきりと乖離してくる、その果てに現れるのは愛か諦めか。
そして、そんなふうなのに犬と踊り、子供達と踊り、更には建物の梁とまでダンスをしてしまうGene Kellyの粋なかっこよさときたらなんなのか。 (彼が女性と踊るのは冒頭の"It Had to Be You"でマーゴとだけ)

レオを気に入ってあれこれ言ってくるおばあちゃんとか、愚直なんだか陰険なんだかわからない執事とか、戦争で夫を失ってレオに惹かれていく未亡人とか、脇役もとっても揃っている。

ダンスの振付けはついこないだ、89にして新作に着手することを発表したStanley Donenで、使いっ走りだった彼を有名にしたのはGene Kellyとの"Cover Girl" (1944) だった、と2010年のトークで言ってた。 ステップとコマ数を正確にカウントしておけばどんなシーンだって作れるのじゃよ(コンピュータいらない)、と。 その言葉通りのものすごく緻密な、でも楽しいダンスを見せてくれる。

あんな廃墟だってがんばればあんなふうに再生できるし。 こんなふうに「でっかく生きる」ことと比べたらお片づけなんて、ということにしたの。

1.03.2014

[film] Film Socialisme (2010)

2日のごご、渋谷で見ました。 今年のお片づけ作戦は、あきらめる…(はやい)

毎年、映画はじめは洋画のクラシックと決めていて、これは微妙なかんじもしたけど公開時にも見ているし、クラシックにしていけない理由があろうか、とか適当にこじつけて。

場内が暗くなって最初に画面に現れたのが Gena Rowlandsさんで、こっちをじっと見据えてあの有名な台詞 - "Love is a stream, it's continuous, it doesn't stop."を言ってくれる。思わず両手を合わせてしまった。年の最初からなんてありがたや。 これが「テレクラキャノンボール」の予告だったらどうしよう、だったわ。

ゴダールの今のところの最新作、これが公開された2010年は"The Social Network"も公開された年でもあって、所謂ソーシャル・メディアだのSNSだのがパブリックにも大きく認知された一年、だった気がして、当時の受けとめられ方は、ゴダールが「大胆にも」そっちのほうにも目配せしているのかいないのか、みたいな調子のものが多かった気がするが、あれから3年以上過ぎて、これらソーシャルうんたらがバカな政治家共とその取り巻きを喜ばせるためのツールだったり、バカの真性度合いを証明するツールだったりでしかないことが明らかになった今となっては、この映画でのゴダールの距離の取り具合いはなんとかっこよく、適正だったことか、と改めて思った。

「こんな事ども」 - "Des choses comme ça"、「どこへ行く?ヨーロッパ?」 - "Quo vadis Europa"、「われら人類」 - "Nos humanités" の3楽章を通して、資本主義船の行方、子供 - 家族とメディアの行方、没落した国家の行方、などを追う。(もちろんそんな単純じゃないのよ)

あらゆるフォーマットの、てんでばらばらの画調に画像、ダイアログ、テキスト、音楽、音響、ノイズを海のように満たし寄せては返ししつつ、決してひとりではない「われわれ」が今いる時間と場所はどこなのか - どのような遍歴や非礼や非応答を重ねてどんなふうにソーシャライズされてきたと言えるのかを問い - それはBe動詞ではなく「歓待」としてあるべきなのだという。

そして最後、FBIの警告メッセージの上に被さる『法が正しくない時、正義が法に勝る』という決め台詞に続けて、"NO COMMENT" - (問答無用)。 かっこいい! 覚えてろよあの悪法。

ていうのもあるし、あのおしゃべり猫とアルパカとロバの映像だけで十分、でもあるの。


続けて『映画史特別編 選ばれた瞬間』(2005)  - "Moments choisis des histoire(s) du cinéma" も見ました。 『映画史』は日本公開時にぜんぶ見たけど後から出来たこいつは見ていなかった。
上映前に、"Film Socialisme"の圧縮早送り版予告が流れて、あーこれかーとおもった。

『映画史』(ぜんぶ)を見てから随分時間が経っていることもあり、これらは確かに「選ばれた瞬間」なのであろうが単なる抜粋・ダイジェストというよか全く別の映画として見ることもできるよね、とおもった。
歴史というのはどういうもので、その中でなんで映画の歴史なのか、それを大文字の歴史と呼びうるのはなんでか、などなど、(必ずしも幸せに満ちたものだったとは誰にも言えない)西欧の歴史・文化史のなかに19世紀に登場した映画を位置づけ、そこにおける映画の(作家観点からの)特性(世界をコントロールする)を明確にし、では、後ろから駆けよってくる歴史(たち)に抗して、映画にはなにができるのか? といったことを80分間でべらべらべら、ものすごい早口でまくしたてて、ぶちりと終わる。

『映画史』(ぜんぶ)のほうは、このベーストラックに大量のサンプルを載っけてつないだもの、と言い切ってよいものかどうか、そこが不明で、あと二往復くらいしたほうがよいのかも。
すばらしいのはこれ(ら)を見たからと言って映画が、映画史がわかったとはこれっぽっちも思えないところ、だけどもぜんぜん損したかんじはしなくて、何回でもこの映像の闇鍋に箸をつっこみたくなるところ、なんだ。

あと、これと"Film Socialisme"は、「映画だけが」という鉤爪を世界の端にひっかけながら密に連携しているように思えて、両方一緒に見るのがぜったいよい、と思いました。

1.01.2014

[log] Best before 2013

新年あけましておめでとうございます。

2013年最後に見た映画は、『牡蠣の女王』でした。
2014年最初に聴いた音楽は、ぜんぶアナログで、The Smithsの"The Queen Is Dead"を聴いて、そこからThe Pop Groupの2ndに行って、そこからさらにCrassの"The Feeding of the 5000"にいった。 そういうモードでいくのだ、と。
2013年最後に買った本はみすずからようやく出たレイモンド・ウィリアムズの文集とスーザン・ソンタグの「日記とノート1964-1980」、今日いちにち、寝っころがって読んでいた。

これまでとおなじように2013年のベストを。

[film]

新作の10本; (順番は見た順)

■This Is 40 (2012)
■Frances Ha (2012)
■This Is the End (2013)
■Before Midnight (2013)
■Spring Breakers (2012)
■The World's End (2013)
■in a World... (2013)
■Short Term 12 (2013)
■Inside Llewyn Davis (2013)
■The Immigrant (2013)

ぜんぜん足らなかったので以下20本も追加; (順番は見た順)

■Silver Linings Playbook (2012)
■Stoker (2013)
■Admission (2013)
■IO e TE (2012) 「孤独な天使たち」
■De Rouille et D'os (2012) 「君と歩く世界」
■Celeste & Jesse Forever (2012)
■The Grandmaster (2013)
■Scatter My Ashes at Bergdorf's (2013)
■Un monde sans femmes (2011)   「女っ気なし」
■3人のアンヌ (2012)
■2 Days in New York (2012)
■Austenland (2013)
■Drinking Buddies (2013)
■The Spectacular Now (2013)
■共喰い (2013)
■Byzantium (2012)
■Enough Said (2013)
■Sister (2012)
■Hannah Arendt (2012)
■Laurence Anyways (2012)  「わたしはロランス」

旧作もの(含. 再見)でじーんとしたのは; (いっぱいありすぎ。見た順)

■今年の恋 (1962)
■Suddenly, Last Summer (1959) 「去年の夏 突然に」
■Madame De … (1953) 「たそがれの女心」
■The Misfits (1961) 「荒馬と女」
■La dernière lettre (2002) 「最後の手紙」
■Berlin Alexanderplatz (1980– ) 「ベルリン・アレクサンダー広場」
■愛よ人類と共にあれ (1931)
■限りなき鋪道 (1934)
■乙女ごころ三人姉妹 (1935)
■山の音 (1954)
■女であること (1958)
■もぐら横丁 (1953)
■人情馬鹿 (1956)
■とべない沈黙 (1966)
■Le Ciel est à vous (1944) 「この空は君のもの」
■Yi Yi (2000) 「ヤンヤン 夏の想い出」
■Born to Win (1971)
■They Live by Night (1948) 「夜の人々」
■10 Rillington Place (1971)
■Beau Travail (1999)
■Heaven's Gate (1980) 「天国の門」
■Van Gogh (1991)
■The Saragossa Manuscript (1965) 「サラゴサの写本」

いちおう、ぜんぶ映画館で見ています。DVDはまったく買わなくなってしまった。

[music]

相変わらずライブはいけていないので、これくらい。

■Quicksand - Jan 31  @Webster Hall
■Liza Minnelli and Alan Cumming - Mar.14  @Town Hall
■Mumford & Sons - July 30   @Studio Coast
■John Zorn 60th Birthday Improv Night - Sep.02   @The Stone
■Nine Inch Nails - Oct. 14   @Barklays Center
■Neutral Milk Hotel  - Nov.30  @恵比寿ガーデンホール

続いてAlbum:
アナログを聴けるようになったのは喜ばしいが、45回転を聴けるようにするのが次の目標。
順不同で。

■Queens of the Stone Age   "…Like Clockwork"
■Nick Cave and the Bad Seeds  "Push the Sky Away"
■Mazzy Star  "Seasons of Your Day"
■Eleanor Friedberger   "Personal Record"
■Haim  "Days are Gone"
■Superchunk  "I Hate Music"
■Molly Drake   "Molly Drake"
■Neil Young   "Live at the Cellar Door"

The National, Laura Marling, Prefab Sproutをまだ聴けていないのはいかん。

箱モノはあんましなくて、これくらい。

■Velvet Underground, White Light / White Heat 45th Anniversary Super Deluxe Edition

The Clashのは買う気にならなかったねえ。


[theater]

■Cat on a Hot Tin Roof - Jan.30  @Richard Rogers Theatre


[art]

■George Bellows @Metropolitan Museum of Art
■Manet: Portraying Life   @Royal Academy of Arts
■Impressionism, Fashion, and Modernity   @Metropolitan Museum of Art
■Urs Fischer  @Museum of Contemporary Art, Los Angeles
■Hopper Drawing   @Whitney Museum of American Art
■Club to Catwalk: London Fashion in the 1980s  @Victoria and Albert Museum
■David Bowie is   @Victoria and Albert Museum
■Vermeer and Music: The Art of Love and Leisure   @The National Gallery, London
■Lowry and the Painting of Modern Life   @Tate Britain
■Blumenfeld Studio: New York, 1941–1960   @Somerset House
■Balthus : Cats and Girls—Paintings and Provocations  @Metropolitan Museum of Art
■Interwoven Globe : The Worldwide Textile Trade, 1500–1800  @Metropolitan Museum of Art


[book]
相変わらずぜんぜん読めないまま積みあがっていくばかりの一年でした。 読めたのは;
「2666」、「ベルリン・アレクサンダー広場」、「野生の探偵たち」、「ブラックアウト」+「オール・クリア」、文庫ででた「ストレイン」シリーズ、くらいかー。
いまは「スワンプランディア!」のまんなかあたりにいる。

そのたのイベントとしては、10月のNoah BaumbachとGreta Gerwigのトーク、11月のペンギン! かなあ。


今年もいろいろ見たり聴いたり読んだりしたいのだが、仕事がどうしようもなくなってきたのでどうなることやら。
あと、日本の映画もライブも展覧会も興行として酷くて、宣伝も含めてあったまに来ることばかりなのでますます行かなくなるかも。自分で自分のクビ絞めてるってなんでわからないんだろ。

まとにかく、今年もたくさんのよいものに出会うことができますようにー。

お片づけも… (書くだけ書いておけ)