8.13.2018

[film] Il regista di matrimoni (2006)

7月28日の土曜日、BFIのMarco Bellocchio特集で見ました。
英語題は”The Wedding Director”。 邦題は「結婚演出家」。 これもえらくおもしろくてさー。

著名な映画監督のFranco Elica(Sergio Castellitto) は、自分の娘の結婚式でぜんぜんやりたくないのにあんた監督でしょ、ってビデオカメラ持たされてうんざりしているのが冒頭。 それから次回作に予定していたマンゾーニの「いいなづけ」の映画化のオーディションで参加した女性からセクハラの嫌疑をかけられて更にうんざりして、そこからすべてが嫌になってシチリアの方に逃げてたそがれていると、そこの浜辺でこれから結婚するらしいカップル用の記念(?)ビデオを撮影しているB級映画監督から、あなた有名な監督ですよね大変光栄ですついでになんかアドバイスください、と言われたので適当にシナリオ考えてあげたら、そいつはえらく喜んで、そこから話が広がって地元のマフィアの大ボス - Principe di Gravina (Sami Frey)の娘の結婚式のビデオを、という話になったのでいいかげんにしろよ、って返すのだが既に話は通っていてPrincipeからも認められてしまったので逃げようがなくなり、こわごわその屋敷に行って(そこまでの道のりがおもしろい)花嫁 - Bona (Donatella Finocchiaro)に会ってみたら電気に打たれたように彼女のことが好きでたまらなくなってしまったのでどうしようか、と。

やはりSergio Castellittoが主人公だった『母の微笑』と同じように、それなりの社会的地位にある男 - でも神とか絆とかあんま信じていない - が向こうから降ってきた望んでもいない状況に翻弄されてうんざりしながらも最後になにかを掴んだかんじになる、そういうお話として見ることもできる。 『母の微笑』の真ん中にあるのが既に亡くなった人(お葬式)だったのに対して、こっちは結婚式という他人の幸せで、相当にどうでもよい案件であるはずなのに、気づいたら巻き込まれて逃げようがなくて、しかもひょっとして恋の主人公は自分なのかもしれないやばいわ(なんとかしろよ)、って突然気づく。 そんなおっさんスクリューボール・コメディとして見れないこともないかも。

あと、前半のセクハラの件もそうとれるのかもしれないが、撮る側と撮られる側の力関係がくるりとひっくり返ってしまうとき、そこではなにが、どんなことが起こっているのか、という奇妙なスリルとそこに生まれるドラマ。 そうなったとき、カメラのこちら側は、なにを撮ったらよいのかしら? という動揺が映画そのものを揺さぶる。 セルフィーでもやるか? とか。

なんで映画監督なのか、というと映画監督って人が結婚式に向かっていくドラマと人がお葬式に向かっていくドラマを撮る職業だからだ、と言えないこともないからで、そしてその前者のやつが、オファーを受けないと、失敗すると殺されるようなやつだったりすると、彼(彼女)が主演のひとと恋に落ちて結婚したいと思ってしまうのは必然なのではないか、と思ったりする。それが職業柄、というもの。

そういうあれこれを孕んでどうなっちゃうのか、と手に汗を握って見ていると最後はあーんな見事なところに行ってしまう。
すごいわ、まるでオペラだわ、って。

日本の映画監督でやってみたらおもしろいのに。 黒沢清主演とかで。

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