2.10.2023

[film] The Northman (2022)

2月3日、金曜日の晩、シネクイントで見ました。節分ぽいかも、と思って。 上映後にトーク付きの回。 邦題は『ノースマン 導かれし復讐者』。

監督はRobert Eggers、ストーリーはRobert Eggersとアイスランドの作家・詩人Sjónの共同。
監督の前作”The Lighthouse” (2019)が男同士のどす黒いでろでろだったし、予告を見てもヴァイキングのむきむきべろべろで米国1/6のテロに参加していた白人バカを思い起こさせるし、あんま積極的に見たくないままで来て、でもこの回はトークでお勉強もできそうだったので見た、くらい。筋肉も男も、その喧嘩も基本まったく興味ない。

紀元895年、遠征に出ていたAurvandil王 (Ethan Hawke)が北の方の自分の島に帰ってきて女王のGudrún (Nicole Kidman)と息子のAmlethに暖かく迎えられて、でもその晩、王は何を予知したのか王子の即位に備えた儀式を道化のHeimir (Willem Dafoe)に執り行わせて、Amlethは王になにかがあったら絶対にその仇を討つこと、を脳に刷り込まれる。で、その翌日、前の晩は温厚に見えた叔父のFjölnir (Claes Bang)がAurvandilを襲ってその首を落とし、泣き叫ぶGudrúnを奪い、Amlethも殺そうとするが彼は押さえこんできた奴の鼻を食いちぎって海の方に逃げる。

数年後、ロシアの地で筋肉まみれの立派なオトコとしてできあがったAmleth (Alexander Skarsgård)はヴァイキングの一団として乱暴略奪三昧の日々を送っていて、村を襲った際に目の見えないBjörk(たぶんなんかの神)に会って妖狐の尾に従って行くのじゃ、みたいなお告げを受けたので、奴隷(スラブ→スレイブ)になりすまして奴隷船に乗りこみ、そこで出会った呪い師のOlga (Anya Taylor-Joy)と共にFjölnirのいるアイスランドに向かう。

王位を奪われ追われて普通の村の豪族になっているFjölnirはGudrúnと結婚して子供もいて幸せそうで、Amlethは彼に買われた奴隷としてこき使われながら、別の魔女に魔剣(Draugr)の場所を教わってそれを入手し、殺し合いゲームでFjölnirの息子を救ったりして認められ奴隷たちの間でめらめら頭角を現して、Olgaと一緒になって復讐の機会を狙っていくとー。

本当にシンプルでわかりやすい、男は食うか食われるかでぼかすか殺りあっててっぺんを目指す単細胞で、女は賢く謎めいた魔女みたいなのばっかりで、最後は見事になんも残らない復讐のお話し。狐とか、動物だけがかわいい。でもそういうのがヴァイキングのサーガとして残って広く読まれたりもしているのだから、筋肉を鍛えて戦ってよかったではないか、とか。

最初、Nicole Kidmanがキャスティングされたと聞いて、なんで彼女が(こんなのに?)って思ったものだが、そういうことだったのか。やはりEthan HawkeとかAlexander SkarsgårdとかWillem Dafoeあたりじゃ歯が立たないし、敵じゃないよね。 続けてNicole Kidman視点で、”The Northwoman”を作ってほしい。

1000年以上も前、極北の厳しい環境のなかではあんなふうにして体を鍛えて生き残るしかなかったのだ、生きろ、なのかも知れないが、同じような略奪とか復讐とか殺し合いはいまも世界中の愚かな男たちの間で大陸を跨いでいっぱい起こっていて、それでも飽きずに繰り返されているってなんなの?

同様に、世界を股にかけなくても、たったふたりで嵐の灯台に籠っているだけでもあんなふうになっちゃうんだからオトコの頭の中には殺し合うための変なムシでもいるにちがいない、っていうあたりがRobert Eggersの追っているテーマなのだとしたら、少しはわかるかも。わかってどうなの、はあるけど。

上映後の松本涼さん、小澤実さんによるトークは、映画のなかに出てくるいろんなシンボルとか表象が中世アイスランドの神話やヴァイキングの神話のなかにもきちんと出てくる、しかもそれなりの狙いや考察をもって持ち込まれたものであることがわかって興味深かった。

特にユグドラシル(世界の真ん中の大樹)とファミリーツリーの重ね合わせとか、サーガにおける女性の描き方とか。Neil Price教授の本 - ”Children of Ash and Elm: A History of the Vikings”は見つけたら読んでみたい。

映画で描かれたマスキュリニティぱんぱんの世界の生き辛さとかを見て、こんな世の中だったら生きたくないよなー、少子化進むよなー、って思ったところにサーガのいろんな要素が現代にも流れ込んでいるという件を聞いて、そうかだからかー、とか。

“The Green Knight” (2021)にしてもここのにしても、こういうのに出てくるキツネはなんでみんなあんなにかわいいの?

音楽、やっぱしデスメタルみたいなのにはしなかったのかー。サントラだけ置き換えるのやってみない?

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。