8.15.2022

[film] 香港の夜 (1961)

8月2日、火曜日の晩、新文芸坐の宝田明追悼特集で見ました。
英語題は”A Night in Hong Kong”。香港の映画会社キャセイ・オーガニゼーションと東宝の提携によって作られたメロドラマで、このあとシリーズで2本続いたそう。監督は千葉泰樹、脚本は井手俊郎。

新聞社の海外支社(ポルトガルだかスペインだか)にいた田中弘(宝田明)が本帰国の途中、香港に48時間滞在して(いいなー)、同僚の石河(藤木悠)に夜の香港を案内してもらい、ダンスホールで片言の日本語を喋る現地の女性謝玉蘭(草笛光子)と知り合うのだが、突然具合が悪くなり彼女のアパートの一室に寝かせてもらって、同じアパートにいて薬局に勤めている呉麗紅(尤敏 - ユー・ミン)に介抱される。朝になると回復したのでお礼に残りの十数時間をユー・ミンと共に過ごして、あっという間に恋におちてしまう。宝田明は彼女に告白するのだが、戦時下に日本人の母に置き去りにされた過去をもつユー・ミンは日本人の彼をどうしても受けいれることができない。

宝田明が帰国するとスポーツカーに乗った木村恵子(司葉子)が迎えに来ていて、画家として自立している彼女は颯爽と爽やかに彼の行くところにどこでも付いてくるのだが、彼にはユー・ミンのことが忘れられずにぐじぐじ引っかかっているので盛りあがることができない。

そしたら香港の藤木悠が自動車事故で突然入院してしまったので回復するまでの間香港で勤務してくれないかと言われ(いいなー)、もちろんです!って喜んで行ってみるとユー・ミンは薬局を辞めて行方がわからなくなっていた..  彼女を探し求めて香港の暗部にまで潜入して草笛光子にあんたそこまで惚れとるのかって呆れられて、マカオの叔父のところにいる彼女の居場所を教えてもらうと、そこに突然司葉子と父親の上原謙が現れたり(ちなみに母親は東郷晴子。妹が浜美枝。なんかすごい一家)。

ライバルになるかと思った司葉子とユー・ミンはすっかりお友達になっちゃうし、『その場所に女ありて』(1962)ではあんなに仲の悪かった(あ、時系列だとこれがきっかけで互いに憎み始めるのか..)宝田明と司葉子はなんだかずっと仲よしのままで、ユー・ミンの母親を探し始めた宝田明は柳川で旅館を経営していた母 - 木暮実千代(後夫は加東大介)をつきとめて、ユー・ミンを東京に呼んで母娘の再会と和解を実現して、ようやくユー・ミンの蟠りも解けたようなので、なんとか結婚するところまで行けたと思ったらー。

メロドラマ、というのはわかっていたので、そううまくいかないであろうことは覚悟していたのだがあーんな昼メロみたいにこてこてなかんじのメロでばっさり終わってしまうなんてー。

香港―東京―雲仙―香港―マカオー東京―福岡―柳川―ラオスのようにいろんな土地を新聞記者が巡っていって、そこに謎の女が絡む – 堺左千夫とか天本英世が顔をだす香港の奥地の描写はすごく面白そうで、香港ノワールみたいなかんじにしたらおもしろくなっただろうにー、とか。

あとは、戦争で母に去られて残されて傷を負った女性にしても、仕事の帰路に立ち寄って48時間の逢瀬を楽しもうとする会社員男性(当然のように彼をそういう場所に案内する現地社員)にしても、高度成長期の日本のビジネスの中心にいた男どもの挙動とか指向などが当たり前のように描写されていて、これだよなー、って思った。90年代くらいだとこういうのがまだ普通にマニュアルになってて、いまだに土地によってはそういうとこもあるようだけど、海外に偉い人がやってくると「お連れする」男文化ってほんとクズのままだよな、って。 (彼らのアタマの中ではユー・ミンみたいな女性が現れることになっている)

見知らぬ土地で滞在48時間ね、って言われたら、その土地の一番でっかい美術館か博物館行って、有名な遺跡とか遺構があったら見て、でっかいか古いかの本屋に行って、おもしろそうなライブか行っておくべきライブハウスがあったら行って、市場があったら行って、そういうのでいっぱいいっぱいになるので「案内しましょうか?」って言われると「いえ、お構いなく」って即レスして抜け出してしまうので、会社のサークルには永遠に入ることができないまま..

それにしてもこの頃の香港、いいなー。もう完全に「向こう側」に行ってしまって映像の中でしか見ることができない世界になってしまった…(どこでもそうだけどね)


京都に行っていたのだが、夏の京都があんなに暑いものだとは。これまで行った世界でいちばん暑かったかも。

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