8.25.2020

[film] L'avenir (2016)

 18日、火曜日の晩、Criterion Channelで見ました。ここで”Three by Mia Hansen-Løve” というのをやってて、その中の1本で見ました。これだけ見ていなかった。彼女の映画を見るのは2015年のフランス映画祭での”Eden” (2014)以来。

原題をふつうに翻訳すると「未来」。英語題は”Things to Come”、邦題は『未来よ こんにちは』。「おはよう」でも「こんばんは」でもなく「こんにちは」って呼びかけてる。

冒頭、家族の休暇でブルターニュの方に行って、ひとり家族から離れて学生のレポートの添削をしているNathalie (Isabelle Huppert)と海に向かって建つシャトーブリアンの墓の前でひとり家族から離れてぽつん、としている夫のHeinz (André Marcon)の姿が描かれる。

そこから数年後、高校の哲学の教師をしているNathalieはストで学生が校内に入れないのに苛立ったり、離れてひとりで暮らす母親 (Edith Scob)が夜中にうなされて電話してくるのに対応したり、ずっと準備を進めてきた哲学の教科書の話も「リ=ブランディング」とか言われて「はぁ?」だったり、まったくもう、なのだが、今度は25年間一緒にいたHeinzが好きな女性ができたのでそっちに行く、といって出ていってしまう。子供達は大人になっているので問題ないのだが、面倒を見ていた母も他界して家には彼女が飼っていた黒猫のPandoraがやってきて、同じく哲学教師をしていた夫は自分の本を持って行ったのでいっぱいだった本棚は歯抜けになっていて、あーあ、になって、なんとなく昔の教え子Fabien (Roman Kolinka)が共同生活をしている山奥の農場に猫を連れて泊まりに行ったりする。

夫との離別があって母との死別があって、仕事をやっていても"The future seems compromised"とか言われてしまう。これらって結構でっかい出来事だと思うのだが、Nathalieはそれらによってめげたり泣いたり騒いだりしなくて、ギアチェンジもしなくて、「あーめんどくさ」くらいはあるけど顔色も画面のトーンもぜんぜん変えずにあれこれ捌いていくのがすごい。 映画でも見るか、って”Certified Copy” (2010) - Juliette Binocheのね - がかかっている映画館に入ってみればなにか勘違いしたおっさんがにじり寄ってきて台無しにしてくれるし - ここ、この映画の筋を知っていると更におかしい。

主人公は最初からIsabelle Huppertさんを想定して書いたそうだが、それがとてもよくわかる。原題の”The Future”もよいけど、英語題の”Things to Come”がとてもはまって、どうせ来るんだから(どうせ流れていくんだし)、くらいなの。嘆いてどうなるというのか。やってくることに対して何事もポジティブに、なんて大きなお世話だわ、という時間の流れに対するしらーっとした態度、のありよう。(成瀬の女性映画のそれに近いと思う。あれよかケセラセラで)

彼女の揺るぎなさを彼女の専攻の哲学に重ねてみるのもおもしろいかも。電車の中でエンツェンスベルガーを読み、授業でルソーについて語り、アドルノについての本を編纂しようとしてて、他にもホルクハイマーやレヴィナスの名前が出てくる。おそらく68年の運動にも参加して政治参加や社会変革について、その思想や倫理(とその限界)について真剣に取り組んできたが故の …  というのはないだろうか。 その反対側で夫の方は同じ哲学でもショーペンハウアー(の本が見つからないので持ってきてくれ、と言われる)というあたりも。 あと、教え子の農場小屋に行ってそこの本棚を眺めて、なんであんたシジェクなんか、ユナボマーの手記なんか読んでんの? ってママみたいに問い詰めるシーンのおもしろいこと。そして彼女のモデルは実際に哲学の教師をしていたMia Hansen-Løveのママだという(なので授業のシーンは実際にチェックして貰ったって)。

そして、とにかく猫が似合う。”Elle” (2016)もそうだったけど猫が傍にいて、猫と会話するのがこんなに様になる女優さんはいないと思う。 そういえば、モデルになったMia Hansen-Løveのママが飼っている猫はDesdemonaといって、この名前を使うことだけは許可しなかったんだって。

音楽は教え子が車の中で流すWoody Guthrieが新鮮で、その時の会話であたし20年くらい同じレコードをかけ続けているのよね、というのが印象に残る。あとはラストでThe Fleetwoodsの”Unchained Melody”がさらさら - 詞の内容とはちがってとてもあっさり流れていってよいの。

Isabelle Huppertさん本人に最初に会ったのは2005年にBAMで”Wanda” (1971)の上映会があったときのイントロで、この映画に惚れてフランスでの上映権を買ってしまったという彼女は熱狂的にこの映画の魅力を語って、この時が”Wanda”を見た最初だったので、自分のなかではWanda = Isabelle Huppertというイメージができあがってしまった。この映画の彼女もその線上にいるねえ。
 

なにやら台風みたいのが来ているらしく、外は風がごうごう渦巻いてて目がまわってしょうもない。

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