9.28.2018

[film] Harriet Craig (1950)

16日、日曜日の晩、BFIのJoan Crawford特集で見ました。
この日は”Blighty”みて、”Sudden Fear”みて、これが3本めだった。ぜんぶモノクロ映画の日。

1925年のGeorge Kellyの劇 - ”Craig's Wife”が原作で、映画化は28年にサイレント(監督William C. DeMille)のがあり、36年にRosalind Russell主演のがあり、これが3つめ。みんな(たぶん男ども)このネタが大好きである、と。

Harriet Craig (Crawford)が、自分の邸宅からいとこのClare (K. T. Stevens)と郷里の病院で寝たきりの母のお見舞いに出かけようとしているところが冒頭で、旅支度の際のClareやメイドに対するてきぱきした指示の出しかた、余計な口を挟ませない口調の強さから彼女がこの家のボスだということが即座にわかる。

でも彼女が母を見舞ってもなんかすっきりせず、遠回しにそんな無理して来なくてもいいよ、みたいなことを言われ、あまり喜ばれていないことがわかって、他方で夜に自宅に電話をしてもそこにいるはずの夫Walter (Wendell Corey)が出ないので別の心配が膨らんで、予定を切り上げて夜行列車で戻ってみると、居間には吸い殻とか服とかが散乱していて、夫はベッドで酔いつぶれたようにぐっすり寝てて、要は鬼の居ぬ間に.. だったことがわかる。

その後も、自宅でパーティ開く件のゲストの選択でHarrietは会社の偉い人を呼ぼうとしたり、Walterの同僚とのつきあいにぶつぶつ言ってきたり、同じく同僚とClareの付き合いに首突っ込んできたり、メイドの粗相を絶対赦さなかったり、なんでも自分でコントロールしてきちんとしないと我慢できなくて、そうすることが自分たち夫婦にとっては最善なのだ、と確信していて揺るがない。
何を言ってもやっても、ほうらあたしの言ったとおりでしょ御覧なさいな、になってしまう。

自宅のパーティでWalterの人柄に触れた偉い人(の奥さん)が昇進のために彼を東京に長期派遣する話を持ってきても、心配で我慢できなくなったHarrietが偉い人のオフィスに直談判しに行って(ひー)、結果この話はなかったことにされて、Walterは意気消沈して、そのうちそれら(これ以外にもいろいろいっぱい)がすべてHarrietの思惑とか圧で潰されたり操られたりしていることがわかって、あきれたWalterを含む一同はやってらんないわ、って彼女が家宝にしている14世紀の明朝の壺を割って(えー)家から出て行っちゃうの。

Harrietのサディスティックで神経症的なコントロールぶりについて、映画のなかの被害者たちと一緒になってひどいー、って言うのは簡単なのだが、彼女にとってこの振る舞いは、幼い頃に父親に捨てられ、母と一緒に男社会のなかで生き残るために懸命になって勝ち取ってきた防衛機構のようなもので、今の自分もここにこうしてあるのだから彼女を突然現れたモンスターのように言うのはおかしいのではないか、と明確には語られないのだが、Joanの演技のちょっとした眉のゆがみとか肩の落としかたからそういうのは見えてきて、そういうとこまでをぜんぜんぶれずに演技のなかで語ってしまうJoanはほんとすごいな、って。

当時の観客は彼女の実際の前夫だったDouglas Fairbanks Jr. やFranchot Toneとの間にこういうことがあったんだろうなー、と重ねて見ていたのかも、とプログラムノートにはある。 こういうことがあったからって、それで結婚何回したって、べつにいいじゃん。

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