9.19.2018

[film] Educating Rita (1983)

9日、日曜日の午後、BFIで見ました。

“Working Class Heroes”ていう小特集からの1本で、この特集、結構知らない作品が並んでいてそりゃそうかもな、とも思う。”Distant Voices, Still Lives”もそうだけど”Working Class”というのが、壁や格差も含めてこの国にはずっとあって、それをテーマにした作品も日本で見るよりも相当に多いことがわかった。(いまの日本はそっちに向かいつつあるのかな?)

もともとは1980年の舞台劇で、舞台版でも主演はJulie Waltersで、原作を書いたWilly Russellが映画の脚本もやっている。
邦題は『リタと大学教授』。

20台後半でヘアドレッサーをやっているRita (Julie Walters) - 髪型も原色中心のファッションももろアーリー80’s  - が大学のOpen Universityの文学の講座に応募してきて、受け持つことになったのが半分アル中でよたっているFrank (Michael Caine)で、Ritaは熱意はあるけど基礎教養も含めてゼロ、Frankは教授だから教養はあるみたいだけど熱意はゼロ、まずは手始めに彼女に”Howard’s End”を読ませてみても、こんなのどこがおもしろいの? とか言われてしまう。

Ritaは結婚していて家もあるのだが、夫からも親からも早く子供を、とか言われてうんざりしていて、子供を持つのはいいけど、今のままで育児に忙殺されて歳をとってしまうのは嫌だ、なにか打ちこめる世界が欲しいんだ、って切実で、そんな彼女に押される形で渋々相手をしていたFrankがこいつおもしろいかも、ってだんだん仲良くなっていく過程と、それに対する周囲からの反動や圧力はRitaの側にもFrankの方にもゆっくりやってくる、ていうのと。

RitaがFrankのうちのDinner Partyに招かれて、自分なりにおしゃれして向かうのだが、通りから覗いたパーティのハイソな様子を見て、こりゃお呼びじゃないな、って引き返し、パブでやっていた家族の飲み会に合流するのだが、こっちの飲めや歌えのどんちゃんにもついていけなくて、あたしの居場所はどこにも..  って天を仰ぐシーンとかすごくわかる。
(歳とるとどっちもどうでもよくなって蓋して行かなくなるので割と安定する - 自分の場合)

で、結局Ritaは旦那と別れて職も替えて友達と共同アパートに住んで、ひとりでどんどん走り始めてFrankの方がびっくりしてついていくようになるの。Summer Schoolから戻ってきたRitaがBlakeの詩をすらすら暗唱するシーンとかも、いいの。

George Bernard Shawの"Pygmalion"(→マイ・フェア・レディ)的な教える側と教わる側の調教のどたばた、というより、どちらもがたがたのぼろぼろで、でも/だからいろんなこと – "Assonance"とか - を学ぶのってやっぱりおもしろいよね、というのに気付く、という柱があって、ラストのふっきれたかんじもとても素敵。 客席はわーわー笑いながら見ていて終わったら拍手、だった。みんなに愛されている映画なんだね。

映画とは関係ないけど、勉強しとけばよかったな、ってことが死ぬほど出てくるから勉強できるひとは本当にしておいたほうがいいよ。 自分もなんか学びたいなー、って改めて強く思った。本屋いくと知らない本とか作家だらけなのよね。

2002年に Halle BerryとDenzel Washingtonでリメイクの話しがあったらしいけど、今やったらおもしろいのができるよ。 家庭の方はDVとか各種抑圧でぱんぱんに膨れてて、大学はPCとかコンプラでがちがちで、更に政治の方からは予算削減とかきたりして。
これじゃただのディストピアすぎて笑えるのにはならないかもね。 タイトルは”Surviving Rita”とか。

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