9.02.2022

[film] Serre moi fort (2021)

8月28日、日曜日の昼、ル・シネマで見ました。
邦題は『彼女のいない部屋』、英語題は直訳の”Hold Me Tight”。

原作はClaudine Galeaの戯曲 - "Je reviens de loin" (2003) -「私は長い道のりを歩んできた」。
本国フランスでの公開もこれから、NYのLincoln CenterのFilm Societyでは来週Mathieu AmalricとVicky Kriepsのライブの対話があって、その後に上映が始まるって。いいなー。

監督自身が、彼女に実際に何が起きたのか、見る前の人には明らかにしないように、と言っているので、そうしたいと思うけど、これはミステリーでも謎解きでもなくて、『彼女のいない部屋』を成り立たせている諸要素 – これは部屋という場所の話なのか彼女がいない時間についてのことなのか? その部屋を見ているのは誰? など - を分解していって、そこに原題の”Hold Me Tight”を重ねてみると、最後に像が結ばれてああうってなる、それは映画を見る経験のなかでしか起こりないものなので映画を見よう、っていうことなのだと思った。映画のなかに灯る明かり、そしてものすごく配慮された音がすばらしくよいので映画館でぜひ。

ある明け方、机に並べられたポラロイド写真(?)の絵合わせをしているClarisse (Vicky Krieps)は決意したようにMarc (Arieh Worthalter)とふたりの子 - LucieとPaul - と暮らしていた家を出て車に乗って走り去る。 いきなりそんなふうに家出したって家族のことが気に掛かってばかりの上の空だし、ずっとそうしているわけにもいかないので仕事を見つけたほうがよいのかもだし、その反対側で残された家族は突然いなくなったママに戸惑ったりパパをわーわー責めたりしつつもなんとかやっていくしかない。

互いに互いのことがそんなに気に掛かるのなら、嫌っているわけでもない(どう見てもそんな様子はない)のであれば、ちょっとでも会えば、会おうとすればいいじゃん、て思っているうち、これは会わないのではなくて会えないのかも、って思うようになって(ここまで)。

映画ではやがて成長した子供たちの姿も描かれて、ピアニストを目指すLucie (Anne-Sophie Bowen-Chatet)がMartha Argerich - 彼女の娘が獲ったドキュメンタリー”Argerich” (2012)が挿入される - の髪の色に染めたり、音楽院を受験するエピソードも描かれたりするのだが…

彼女は家族から、愛する者たちから切り離されている。家族は彼女のいない部屋を、彼女のいない家をそのままにしている。なぜなら彼女はずっとそこにいるから(ここまで)。

画面はずっとやや暗めの、明度を落としたというよりなんというか緑内障で視野の隅が欠けているような印象の暗さを維持して、雪の残るハイウェイから雪山の方に旅を続けていく - 眩しいけど暗い雪の白。ロード・ムーヴィー的に開かれた出会いはほぼなく、誰と会ってもノイズのようにしか映らないかんじ。 聞こえてくる音もピアノのそれに顕著なように部屋のなかで聞こえる質感で、頭の裏側で鳴っている。彼女の旅は、Marcと出会った頃から大きくなった子供たちまで、時間の淵をランダムに彷徨っていく。

喪失を受けて(受けとめるために)車で辿っていく旅、というと『ドライブ・マイ・カー』(2021)が記憶に新しいが、自分が思い浮かべたのは『風の電話』(2020) の方だった。あと、Alanis Morissetteの”Ironic”のPVを思い出して見直したり(やっぱり好き)。あと、もうじき日本公開される”Petite Maman” - 『秘密の森の、その向こう』でも突然どこかに行ってしまった人への想いがなにかを引き起こす。(どうでもいいけど、これの宣伝でもこの作品のでも、「涙が溢れる」とか「涙が堰を切る」とか宣伝する側が言うのほんと大きなお世話だわ。泣きたいときに泣くんだからほっといてほしい)

とにかく、Vicky Kriepsの打ちひしがれた目とその姿が肖像画のようにずっと残って、その美しさときたら”Phantom Thread” (2017)の時と同じく - まさにPhantomの糸を紡いでいて - 異様といっていいくらいにすごい。目を逸らすことができない。

音楽は「エリーゼのために」に始まってドビュッシー、メシアンにシェーンベルクまで、いろんなピアノ曲が聞こえてきて、ダウナーなのだとJ.J. Caleの”Cherry”とか、The Brian Jonestown Massacreの”Open Heart Surgery”とか、これらはあまりにストレートすぎてしみる。

”Open Heart Surgery”の歌詞はこんなのー;

I thought I'd write you this song,
maybe I'd make you smile and take your sadness away
I want to show you I love,
love love, you a long time girl, I'm never going away

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