3.28.2023

[film] Ils étaient neuf célibataires(1939)

3月21日の夕方、シネマヴェーラのサッシャ・ギトリ特集で、この日3本目のギトリ。
邦題は『彼らは9人の独身男だった』。英語題は“Nine Bachelors”。

ギトリ作品にしては長い125分の上映時間。ギトリのって、80分でも余白なしでぱんぱんに詰まっていて見終わるとぐったりするので、まずはこの長さに緊張する。舞台ではなく映画用に作られた作品だそう。

ちょっと悪っぽいJean (Sacha Guitry)はバーにいたポーランド人の伯爵夫人(Elvire Popesco)が気になり、フランスで不法滞在している外国人を強制退去させる法案が通りそうなのを聞いて彼女が取り乱しているのを見て、そこから「独身フランス人男性の老人ホーム」をつくり、そこに路上などで拾ってきた老人 - どうせすぐくたばる - を寄せて、彼らとグリーンカードを必要としている女性をマッチングして、そこから口銭を取る – これってうぃんうぃんじゃね? って計算して実行に踏みきる。といっても建物と看護婦みたいな女性たちを確保して、ビラを撒くくらい。

街角では、そのビラを見た宿なしの老人がこいつはいいぜ、って近くにいた独身者の仲間たちを誘っていく。盲人のふりをして警察に追い立てられている人とか、妻の葬式を出したばかりの人とか、あっという間に9人が列を作ってビラにあった館の扉を叩くと、用意されていたのは丁度9人分のベッドで、Jeanは彼らがフランス人で未婚であること、それを証明する書類があることを確認して、ちゃんとした服を着せておく。

こうして施設にはグリーンカード=滞在保証を求めるいろんな女性 – 先の伯爵夫人、愛人、アジア系、などが集まってきて、Jeanは面接しながらそれぞれの外見や境遇から請求金額(ふんだくれそうなところから多めに取る)を告げ、夫となる男性をカードから選んで、彼をそこに呼んで相手の女性に挨拶させて、彼の方は写真を戴けるとうれしい、とかラジオがあるともっとうれしいかも、などと注文して、女性は首を傾げつつも納得して帰っていく。

こうして9人の独身男性はぜんぶ売れて、みんなで正装して合同結婚式みたいのもして、することもなくなった彼らはここにいてもしょうがないし、って再び道端に戻って、それぞれの「妻」のところに向かうの。ステイタスとして「既婚」「フランス人」になったものの普段の生活はそのままにしていた彼女たちは当然びっくりして…

9人それぞれのキャラクターの臭みみたいのもきちんと出ているし、癖のある逸れ者たちのアンサンブル・コメディとして面白いし、みんな幸せになって話もうまく着地していく – Jeanとポーランド人伯爵夫人の件も含めて – のだが、男性たちの変に無垢で無邪気で(彼女たちに)いいことしてやったじゃねえか、みたいな態度と、こういうかたちで結果的に外国人排斥モードを容認して、それでも(それだから)フランス万歳! みたいに仕上げてしまうところはちょっと好きになれない – それがフランスなのだ、なのかもしれんけど。


Faisons un rêve (1936)

3月23日、木曜日の夕方、シネマヴェーラのサッシャ・ギトリ特集で見ました。

邦題は『夢を見ましょう』。英語題は”Let's Make a Dream”。原作はギトリの舞台用の脚本 (1916)。 これも2016年に日仏学院で見ていて、でも完全にどっかに散ってしまったかというとそうでもなくて、冒頭の変な楽隊の演奏 – あの真ん中で鳴っている打楽器、ほしい! - で思いだした。楽隊も変だけどお話しはもっと変てこなの…

Sacha Guitryの家でパーティが行われていて、そこに来ていたRaimu(夫)とJacqueline Delubac (妻)の夫婦の妻 - Jacqueline Delubacの方が気になってしまったGuitryは、彼らに対して明日の16時15分前に夫婦でいらしてください、という妙な招待をして、でも時間通りに彼らが現れても自宅にはいなくて、そわそわした夫は外国人と会う用事(儲け話につながるかもしれん)があるので、って妻をひとり残していなくなり、妻も帰ろうとしたところで隠れていたGuitryが現れ、こうして二人きりになれる瞬間を待っていたのだ、ってその夜の再会を約束して/させて、晩に彼女がやってくるのをうきうきで待つのだが、彼女がやってくるまでの彼の挙動と喋りがなんというか... Guitryのこれまでの映画でもそういう狂ったテンションが炸裂する場面はあったし、そういう人だから、としか言いようがなく、そしてとうとう彼女が現れてわあー、ってなると次の場面は朝になっていて、ふたりはそういう関係になってしまい、でも夫に対してはどうしよう、って言い訳などを考えているとベルが鳴って夫が現れて…

最初から最後まで、それこそ夢のなかで進行しているかのようなGuitryにとっての都合のよさ満点のロジック(べらべら)で貫かれた時間、彼が描きたいのはその限られた時間内にどれだけの言葉を紡いで好きな人をそこに留めておけるのか - この辺はワンステージにかける演劇人のソウルだねえ - で、この後や結果にどんな地獄や修羅場やつまんない日常が待っていようがどうでもよいというか、どうせぜったいつまんないんだから、がベースで、だから「夢を見ましょう」って言ってくるのだが、これって変態であることを自覚した人がその変態性に磨きをかけて吠えているだけなので、その領域にあんま興味ない人にはただの「変なの..」でしかないのかしら、って。べつにいいけど。

今回のギトリ特集で見たのはここまで。まだ彼の映画全体のうち半分も見ていないので、次のをー。


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