6.04.2022

[film] Les choses qu'on dit, les choses qu'on fait (2020)

5月28日、土曜日の夕方、国立映画アーカイブの「EUフィルムデーズ2022」で見ました。史上最低最悪だった - ほんとあそこまでひどいの見たことない恥を知れ - のチケッティング・システムがなくなったのはめでたい。あの手数料返してほしい。

邦題は『言葉と行動』 。英語題は”The Things We Say, the Things We Do”、米国でのタイトルは”Love Affair(s)”。 作&監督はEmmanuel Mouret。

これの前に - ロメールぽいっていうので - 渋谷でロメールの”Conte de printemps” (1990) - 『春のソナタ』を見てから行った。 このシリーズは何回みても、どこから見ても、よいの。 これを一緒に見て、こんなのどこがおもしろいの? っていう相手とは(ぜったいつまんなくなるから)付き合わないほうがよいし、めちゃくちゃおもしろいよ! ってはしゃぎまわる人も(ぜったいふりまわされるから)ちょっとやばいし、相手を知るためのデートムーヴィーとして最適だと思うの。

駅でDaphné (Camélia Jordana)が待ち合わせしていたMaxime (Niels Schneider)を見つけて山あいにあるカントリーハウスに連れていく。妊娠3ヶ月のDaphnéは夫のFrançois (Vincent Macaigne)とここで数日間過ごす予定で、そこにMaximeも呼ばれたのだが、Françoisは仕事で暫く帰れなくなってしまった、という。

そんなにすることもないし、お互いそんなに知っているわけでもないし、と作家志望のMaximeとDaphnéはふたりでそろぞれの過去の恋バナについておしゃべりしていく。

Maximeは既婚者のVictoire (Julia Piaton)となんとなく付き合っていて、でも彼女の妹のSandra (Jenna Thiam)と会ってからは彼女こそ自分の運命の人かも、って意識し始めるのだが彼女に会う時に親友のGaspard (Guillaume Gouix)を連れていったらSandraはGaspardに急接近してそのままするすると結婚してしまい、ふたりの新居 - 豪邸 - で一緒に暮らさないかって誘われたのでなんとなく暮らし始めたらふたりの仲が悪くなっていくのを目の当たりにして、その流れでSandraと寝てしまってどうしよう… って。

Daphnéは尊敬するドキュメンタリー映画監督のところで編集の仕事をしていたら彼に褒められてぼーっとして、そんな時に既婚者のFrançoisに声をかけられて、でも余り興味を持てないでいたら、好きだった映画監督からは彼女が紹介した女性と恋におちて結婚すると言われ、なんてこった、でもFrançoisには妻Louise (Émilie Dequenne)がいるし - だったのにLouiseから突然恋人ができたので別れたいと言われたというので - DaphnéはFrançoisと一緒になる。

互いにそんな身の上話をしながら山や谷を歩きまわっているうちにふたりは近づいていってなんとなく寝てしまうのだが、その翌朝、Françoisが予定より早く帰ってきて - のでベッドにいたふたりは大慌て - 彼が出先でLouiseの恋人だった男から驚くべき事実を知って…

結婚していようがいまいが、自分にとってこの人だ! っていうのが現れてつきあいたいと思ってあれこれ言ったり尽くしてみたりしても結果としてはこんなもん … になってよかったのか悪かったのか幸せっていったいどこに湧いてくるなんなのか、みたいな話は割とどこにでもありそうで、でもフランスだからか、そういうのが至るところで勃発していそうなのと、この話だとMaximeの方がどちらかといえば言い寄って空振りする方で、Daphnéの方がどちらかといえば言い寄られて空回りする方で、そんなふたりが一緒に寝ちゃってあらら.. と思っていると最後にもう一回転くらいあって、こんなふうに恋する人は死ぬまで転がり続けて止まらない、って。

話としておもしろくなくはないしわかんなくもないのだが、定番クラシック多めの音楽も含めてなんか抽象化をしすぎてそこらにありがちの寓話のようなところに落ち着いてしまいそうなとこがなんか。これが例えばロメールだったらもうちょっと「キャラクター」みたいのが頑としてあって - 恋愛なんてしらん、も、恋とセックスは別、も、恋はしたいけど結婚はまた別.. も、いろんな人たちが年齢とか職業とか階層とかでぐしゃぐしゃに散りばめられて入り乱れていて、その数光年の彼方で - 緑の光とか満月の夜とかに起こるものが起こったりするし、起こらないものはもちろん起こらない。あるいは、例えばリヴェットだったら「陰謀」とか「復讐」みたいなのが皮膚の裏に埋め込まれたチップみたいにしてあって、登場人物たちを操っていたりもする。

それぞれの語彙と責任範囲のなかでみんな勝手に恋をしたまえ、って大学の教科書のタイトルみたいな邦題は言っているようで、そういう教科書ってあんましおもしろくなかった、かなあ。

でも俳優さんはそれぞれにありそうでいそうなかんじがとってもよかったかも。相変わらずぐにゃぐにゃした熊みたいに伸縮するVincent Macaigneとか。

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