6.08.2022

[film] Dolgie provody (1971)

6月4日、土曜日の午後にシネマヴェーラのウクライナ特集で見た、ウクライナ出身のKira Muratova監督による2本。

彼女の監督作品は、英国にいたときに見た“The Asthenic Syndrome” (1989)がとにかくとんでもなくて、なので今回の特集でも必須だったの。ストーリーとか技術的にどうとか、そんなに考える必要ない(考えてもいいけど)。なんで木々の隙間にあんなものが映りこんでいるのか、これがこんなふうに見えている自分が立っているのはどこ…  とかそんなのばかりが押し寄せてきて静かにパニックになるかんじ。

英語題は”The Long Farewell”、邦題は『長い見送り』。 これは英国で見たことあった。
モノクロで、英語翻訳の仕事をしている母 - Yevgenia (Zinaida Sharko)と16歳の息子のSasha (Oleg Vladimirsky)の互いにどこにも行けないデッドロック状態にはまってぐじゃぐじゃになった関係のありようを描きだす。

父は母と別れてとうに家を出ていて母は日々の仕事や社交場でのうっ憤をみっしりたんまり抱えつつ、Sashaのこれからが心配でたまらないのだが過干渉で嫌がられることはわかっているのになんかちょっかい出したいし出ていかれるのが怖くてたまらない、Sashaは母の干渉とか介入がうざくて、父のところに行きたいものの、それを実行した時に母がどうなるかが見えるので動けなくて(それはそれで面倒だしどうてもいいし)、それが彼の不満を雪だるまにする。コメディやcoming of age filmに転がる手前で、それをやっちゃったらどうなる? を寧ろホラーに近い肌触りとコマ送り - 父と再会して嬉しそうなSashaのスライドをひとりで繰り返し見る母とか - で互いの恐怖とスリルをあぶり出していって止まらない。Sashaがなでなでする女の子の髪、犬、その時に彼のなかで何が生起しているのか、の触感と異物感、他者を - 母親を見る(見ずにそらす)その目線。

そんななのに近くに寄ってじっと眺めていると彼らがぜんぜん変に見えなくなっていく不思議な遠近。
最後に職場の懇親会で取り乱してしまう母の様子をみたSashaは父のところにはいかないよ、離れない、と母に告げるのだがそれはたぶん嘘だ、ってみんな思う。 この後の幸せ、などについて考えるのは不要なあっさり感はなんなのだろう。


Sredi serykh kamney (1983)

前のに続けて見ました。 邦題は『灰色の石の中で』(1983)。 英語題は”Among Grey Stones”。
原作はロシアのウラジミール・コロレンコの小説『悪い仲間』(1885)。 1988年のカンヌのある視点部門に出品されている。撮影はあの”Orlando” (1992)を撮ることになるAleksey Rodionov。

『長い見送り』は母を捨てようとする子/子にしがみつく母の話だったが、これは子供を捨てる父/捨てられた子供たちのお話。どちらの糸も強くて脆くて、だれにもどうすることもできやしない。

こちらは緑が素敵なカラー。ハゲの判事(Stanislav Govorukhin)が長年連れ添った妻を失って頭を抱えて悲嘆にくれていて、屋敷はやけくその荒れ放題で、まだ6歳のVasya (Igor Sharapov)はそのまま放置された状態になって、街にでて打ち捨てられた礼拝堂に暮らす兄妹 - Valyok (Roman Levchenko)とMarusya (Oksana Shlapak) - と出会って、その礼拝堂には浮浪者とか近所の変なひとたちがゾンビのように集結していて、親のない子供たちの前ですべてがゆっくりと均衡を失って朽ちていく。

果物が木から落ちて腐るように、主を失った屋敷とか神を失った礼拝堂が廃墟になっていって、人々は廃人の途をたどる。そのわかりやすい、あたりまえの道行きを兄と妹のふたりの目 – だけとは言えない屋敷の灰色の石の目も含めて重ねていって、その時間感覚、彼らが宙を睨んだりぼーっとしたりするその姿が、そのまま石に固化していくような姿の怖さ。MarusyaはVasyaが家から持ってきた人形を抱えて、そのまま動かない人形になっていく。

だれにも止めることができないまま狂ってしまった、そうして朽ちて腐っていく世界をなぜ?どうして? の倫理的な問いのなかで詰めていくのではなく、そこに放り出された子供たちの目で静かに描きだす。こんな世界なのに、それでも生きなければならないのだとしたら、そこで生きるというのは例えばこんなふうな。それは社会の病理の告発なんかよりも数段鮮烈に、見せるものを見せて、そこで止まる。ソ連が上映禁止にしたわけがよくわかる。 天国も地獄もぜんぶおなじ床面に、灰色の石の上とか壁にぶちまけられている。

こういう映画って、とにかく見るしかない、そういう強さのー。


英国からの古本で、1987年にNYのSotheby’sで行われたDiana Vreelandのファッションジュエリーコレクションのオークションカタログが届いた。表紙はCecil Beatonが描いた彼女の肖像。当時の新聞の切り抜きとかいっぱい挟みこんである。いくらくらいで落札されたのかしらんけど、どれも3桁台なの。富豪だったらぜんぶ買ったな。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。