1.21.2022

[film] House of Gucci (2021)

1月14日、金曜日の晩、二子玉川の109シネマズで見ました。邦題は『グッチ家』でよかったのに。

Sara Gay Fordenのノンフィクション本 - “The House of Gucci: A Sensational Story of Murder, Madness, Glamour, and Greed” (2001) - をBecky Johnston - “Under the Cherry Moon”とかの - が脚色した実話ベースのドラマ。Ridley Scottが同時期に監督した”The Last Duel” - 『最後の決闘裁判』と同じように女性にちょっかいを出したり出されたりしたモテ男のAdam Driverが女性によって(でも手を下すのは男性)破滅させられるシリーズで、どちらも最後は裁判で終わるの。

70年代末、家族経営の運送会社で事務をやっていたPatrizia Reggiani (Lady Gaga)が弁護士を志していた真面目なMaurizio Gucci (Adam Driver)とパーティで出会って恋におちて、Maurizioの父のRodolfo (Jeremy Irons)のところに行ったらRodolfoはあんなやくざな娘はだめだ、って言うのでMaurizioは家を出てふたりで式をあげて地味に暮らしていたところにAldoおじさん (Al Pacino)と息子のPaolo (Jared Leto)が現れてGucciのレガシーとかについて滾々と説いて誘ってきて、やがてRodolfoが亡くなると、Aldoと組んだPatriziaが鼻息荒くMaurizioを押しまくってGucciの名は少しづつ前に出てくるのだが、他方でPatriziaのやり方に辟易し始めたMaurizioはスキー場で再会した幼馴染のPaola (Camille Cottin)と仲良くなっていって…  

自分はこんなにがんばって家族もブランドも愛して尽くしているのにMaurizioはこっちを見てくれなくなった(クリスマスの贈り物がBloomingdale'sのギフトカードってなめてんのか?)し、Gucciの負債も減っていかないで気がつけば外の連中に乗っ取られようとしているし、って不満と不安と妄想を暴走させたPatriziaはTV占い師Pina (Salma Hayek)の言われるままに殺し屋を雇って…

ちょっと古い、どころか中世のオペラにあってもおかしくなさそうなこてこてにドラマチックな家族醜聞ドラマ - 情熱的なファムファタールがいて、やや弱い御曹司がいて、愛がスパークして、家族の絆と表裏の掟が降りてきて、道化がいて、上がって下がって、どん底に落ちかけたところで悲劇が..  でイタリア人俳優たちがイタリア語のパッションで喉を震わせてがんがんやった方がサマになった気もするのだが、ここは欧米の俳優たちによるアンサンブルのわかりやすさおもしろさを取ったのだろうか。でももっともっとグラマラスでぐしゃぐしゃに狂ってホラーのように転げ落ちていく様が見たかったかも。なんか薄い。Ridley Scottだと、イタリアのアメリカ人家族に起こった実話ドラマ - ”All the Money in the World” (2017)もあったが、あれに近いのかも。

確かに既にしんで亡霊のようなJeremy Ironsも、”The Godfather”のなれの果ての萎れた狂気をみせるAl Pacinoも、ペンギンみたいなJared Letoも楽しくて、でもやはり”A Star Is Born” (2018)とは別次元のなりふり構わぬ熱情をふりまいて暴走していくLady Gagaがすばらしいったらない。でも彼女ならもっとやれた。Joan Crawfordみたいになれるかも。Adam Driverはここんとこいろいろ出過ぎていて、でも最後はたいてい殺されちゃうか狂っちゃうかみたいな役ばかりなので、ここまで束になって彼を愛した後に殺したがる今の世の中ってどういうの? などと思ったり。それか、”Marriage Story” (2019)のオルタナティブ - 一見スマートで子供にもやさしくて、でもその無垢な素振りが相手の女性をじわじわ殺していくAdam - として見るか。

全体としては80年代から90年代のGianni Versace暗殺で(自分のなかでは)萎んでしまったあの時代のファッションへの熱あれこれをいろいろ思い出せて楽しかった。パンクだったのでああいうハイブランドを着たり買ったりは一切なかったけど、「ファッション通信」を毎週みて「マリ・クレール」と「Hi Fashion」を購読していたあの頃に憧れていたのってなんだったのか、思い起こしてみたり。

流れてくる音楽と時代のズレはあれこれ指摘されているし - ずっとBlondieだけ流しておけばよかったのに - クリムトの”Adele Bloch-Bauer”があんなとこにあるわけもないし、そこらへん、もうちょっとまじめに考証とかすればよかったのにー。

あと、なんといってもGucciの牧場にいたあのでっかい牛。見て触りたいよう。

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