10.18.2019

[film] Judy (2019)

11日、金曜日の晩、Picturehouse Centralで見ました。

LFFがなかったらもう少し早く見ていたかもしれない。けど、同じ週末に公開された”Joker”と”Judy”で、”Joker”の方を優先してしまったのはほんと愚かだったかも、と反省している。こっちの方が数段すばらしい。最近の音楽伝記ものとしても、”Rocketman”よりも胸にしみた。

もちろん、Renée ZellwegerがJudy Garlandを、あのJudy Garlandを演じる、ということに戸惑いがあったことは確か、と白状しよう。 Renéeが、というよりJudyの方。Judyをどう描くのか、のほう。へたなことしたらただじゃ… (半分腰を浮かせて軽く拳を握った状態)

今年は彼女の没後50年というのもあるのか、LFFではドキュメンタリー映画 - ”Sid & Judy” (2019) がかかり(見てない。ふたりの声をJon HammとJennifer Jason Leighがあてている)、Sidney Luftとの 間の娘 - Lorna Luftによる本 “A Star Is Born: Judy Garland and the Film that Got Away”が出たり(買ったけどどこかに積んであるー)、いろいろあるの。

お話はSidとの間の子ふたりを抱えてホテルを追いだされるほどお財布面で追い込まれたJudy (Renée Zellweger)が、ロンドン公演のオファーを受けてしぶしぶ現地に飛ぶ話と、“The Wizard of Oz” (1939)でスターになってからMGMの社長であるLouis B. Mayer (Richard Cordery)や母親に縛られまくりの少女スター時代の話を交互に行き来しつつ、どちらにしても輝かしいスターのお話とはかけ離れたきつくしょうもないエピソードが綴られていく。

ロンドンではお付きのRosalyn (Jessie Buckley)がずっと見ているのに常に酔っ払いのよれよれでグチばかり垂れてて、ステージに出ればたまに喝采を浴びるものの評判はどんどん落ちていって、少女時代はダイエットにクスリに撮影ですべてを「保護者」からコントロールされ、セクハラみたいなことまであって、4度も結婚したのに全然workしない、そんなお手あげ状態なのに、歌が入るとそれこそ酔拳みたいになってすごいったらない。

クリスマスの晩、行き場がなくなったJudyが出待ちしていたファンのゲイカップルのフラットに転がりこんで、ピアノで静かに "Get Happy"を歌うところ(ピアノを弾く彼、泣いちゃうの当然)とか、ロンドンでの最後のショウ、出演を断られたのにメインのLonnie Donegan (John Dagleish)に無理を頼んで強引にステージに立つところ、そしてそこで歌うのは ―。   

JudyはどうしてJudyだったのか、ここから6ヶ月後の彼女の死が、なぜStonewallと結び付られて語り継がれているのか、そこに悲劇的なトーンは少しもなくて、ちょっととっ散らかって支離滅裂で危なっかしくて、でもいつも彼女が見ていたのは夜空の星で虹の彼方で、だからよそ見してちょっと躓いたりしただけなんだよ、って。

大スターのディーバでその圧倒的なパワーを見せつけるのでも、逆に半端に矮小化するのでもなく、誰もの胸のなかに住んでいるJudyに灯を点すのと、その反対側で、でもあたしはここにこうしているんだから忘れないでいてね、ってそっと語りかけてくる、そのバランスというかありようがたまらない。いまの時代に必要とされる歌であり声なの。

ほんもののJudyの声はもうちょっと太くて強いけどRenée Zellweger、すばらしいったらない。”Down with Love”(2003)以来だと思う。

Jessie Buckleyさんは歌うとすごい人なのだが今回歌う場面はなかったねえ。

このタイミングで“Judy at Carnegie Hall”をRufusはもう一回、Renéeと一緒に再演してほしいところ。

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