10.19.2018

[art] NYのあれこれ

NYの美術関係の、印象に残ったやつだけをざーっと書く。見た順で。

Pink: The History of a Punk, Pretty, Powerful Color

12日の夕方近くの午後、久々のFITで。
フェミニズム観点でPinkってどうなのさ? 議論があることは十分承知の上で、それでも、依然として女の子ファッション、あるいは「かわいー」が語られるヴィジュアルのまんなかにPinkという色彩(観)が頑としてあることは確かだと思うので、それってなんだろうね? と。
展示自体はいろんなデザイナーによる古今のPink色の作品がお花畑のように並んでいて、きれいねーっていうだけで特に考察する余地があるようなものではないのだが、並んでいるだけでPowerful、というかんじになっていく不思議。Pink → Punkっていうのは、革ジャンとかぎざぎざのマチズモPunkに対するアンチ、っていうことでいいのよね?   
Powerful ていう文脈もわかるけど、Positive –Negative ていう軸で見ていったほうが面白いかもな、と思ったところで、これはFashionの展示なのだからこれでよいのかも、とか。

Fashion Unraveled

FITのもういっこの展示。ほつれとかほぐれ、ほどけ、更には色落ちとかくすみとか、そういうった規格外の(意図したしないに関わらない)意匠や変化がファッションのありようにどう関わっていったのか。 前にMet Breuerで見た展示 - ”Unfinished: Thoughts Left Visible”に近いのかも、とも思ったがそれとも違っていて、単にほつれたりほぐれたりしているのって、そこにFocus置いて見ている分には何とも言えず素敵かも。そうじゃないと、あ… (恥)だったりするけど。

FIT MuseumからRizzori Bookstoreを経由してThe Morgan Library & Museumに小走りしていく途中のMuseum of Sexで”Leonor Fini: Theatre of Desire, 1930-1990”ていうのをやってて、うううって少し考えて、時間もなかったし諦めた。

It’s Alive! Frankenstein at 200

ここのとこ素敵な企画が多いThe Morgan Library & Museumで始まったばかりの展示。

Mary Shelleyのゴシック小説”Frankenstein: or, The Modern Prometheus”出版から200年を記念して、同様の企画が世界中で出てきてもおかしくないと思うのだが、まずはここから。入口にRichard RothwellによるMaryの優雅な肖像があって迎えてくれて、
会場は大きくふたつに分かれてMaryの草稿を含む当時の英国の風俗とか波紋とか波風を並べたセクションと、後世の世界中の演劇、コミック、映画等に与えた影響を概観するセクションと。面白さでいうと後者の方が断然なのだが、展示点数がやや少ないのが不満だったかも。 Nick Adamsのフランケンシュタインもののポスターもあったけど、あれってサンダ対ガイラかしらん?

Pontormo: Miraculous Encounters

ポントルモの代表的な祭壇画 – “Visitazione”(1528-29)  - 「聖母のエリサベツ訪問」がフィレンツェの聖堂を出てなぜかUSを旅していて、そこに習作ともうひとつ”Portrait of a Young Man in a Red Cap”があって、小さな部屋で人もいなかったのでMiraculousだわ、っていっぱい拝んだ。マリアとエリサベツのふんわりした邂逅、すばらしいったらない。 ポントルモというと『ポントルモの日記』の変な老人のかんじが抜けないのだが、絵はほんとにすごい。

Drawing in Tintoretto’s Venice

ルネサンス・ヴェネツィア派の大御所、ティントレットのドローイングを中心に集めた展示で、これもポントルモと同じくらいすごい展示だと思うのだが、なんでこんなに地味にやっているの?
色付きのもいくつかあったが、殆どが粗くてぶっといモノクロで、そうするとミケランジェロ的な肉のうねりがもくもく浮きあがってチョークが紙を擦っていく音まで聞こえてくるようで目が離せない。

Franz Marc and August Macke: 1909–1914

13日の昼過ぎ、Velvetsの展示の後、Strandに寄ってから上に上ってNeue Galerieで見る。
August Mackeが1914年に27歳の若さで戦死する直前まで続いた彼とFranz Marcの絵を介した交流の記録。August Mackeの作品が米国で纏まって紹介されるのはこれが初めてなのだそう。
どちらも青騎士からドイツ表現主義の画家、というのが一般的な説明なのだろうが、そんなのどうでもいいくらいにどれも暖かくて柔らかくて丸くて、特にFranz Marcの描く馬や牛たちはどうしてあんなに緑や黄色のなかで仄かに発光しながら浮かんでいるのだろう、触ったらどんなかんじかしら、って。
こんなにかわいくて素敵な絵を描いていたふたりなのにどちらも第一次大戦で亡くなっている(Franz Marcは36歳で)。帰りに入り口に並んだふたりのポートレートをみて泣きそうになった。戦争ひどすぎる。
そしてカタログはいつものように買う。

Everything Is Connected: Art and Conspiracy

バスで少し下ってMet Breuerで見ました(今回、Metの本体には行かなかった。アルメニアの見たかったけど)。国や組織の陰謀や黒い企て、それらをやっちゃう人々、等をテーマにしたり表に暴いたり、こういうのはNew Museum辺りでやってきたようなネタだと思うのだが、Metでもついに。やはり地図とか図面系を広げて読み込んで考えさせるようなのが多くて、つまりもうそこらじゅうに張り巡らされてて逃げようがない – というところからどうやって逃げるか小便かけるか、みたいのまで、モダンアートが正面から立ち向かってきた政治的な企ての数々、互いに全く噛みあっていかない騙し合い暴き合いが延々と続いていく。Jim ShawやRaymond Pettibonがこんなuptownの、Metなんかに並んじゃって、というだけで痛快でよいの。

Odyssey: Jack Whitten Sculpture, 1963–2017

今年の1月に亡くなった画家/彫刻家の彫刻に的を絞ったレトロスペクティブ、だけど絵画みたいな彫刻もあるし。 どれもブラックホールのようで、特にBlack Monolithシリーズのみっしり敷きつめられて純化された硬度、黒度は圧巻。つい触りたくなって、でも触ったとたんにきっと…  (くだんない映画みすぎよ)

Harmony Korine: BLOCKBUSTER 

MET Breuerの少し上のGagosian Galleryでやっていた個展。
塗りたくってLEGOみたいになったVHSをパネル上に敷きつめて、その上にいろんな映画のポスターイメージも落書きして、かつてVHSがお茶の間に運んでくれた夢のひと時を駄菓子ふうに再現してくれる。いつものように甘くてジャンクで後には何も残らなくて、それでよいの。

MOTHA and Chris E. Vargas: Consciousness Razing—The Stonewall Re-Memorialization Project

14日の朝、New Museumで、屋上に行って遠くの方を眺めてから5階に降りて見た。
MOTHAはthe Museum of Transgender Hirstory & Artの略でChris E. VargasはそのFounderで1969年のStonewall Riotを知り、伝えうる(Re-Memorialization) のか、というテーマで若め(なのかな)アーティストに製作を委託しているシリーズ(なのかな?)。 傾向としてはがりがりに突っ込んでえぐり出すかんじではなく、ほのぼのすっとぼけで、こういうことでしょ? みたいのが多いかんじ。

Sarah Lucas: Au Naturel

2〜4階のフロアぜんぶでやっていた英国のSarah Lucasの30年を振り返る展示。
彫刻に貼り紙にインスタレーションに、クールでドライな下ネタとかにょろにょろが盛大にブチまけられている。とか思っていると、あー? どこが“下“なんだか言ってみろや?  ってタバコを咥えた大量のケツの穴たちに言われてしまうの。
昨年の夏にここで見た”Carol Rama: Antibodies”に近いかんじだが、ここには痛みとか傷のようなのが余りないようで - Au Naturel - そういう点でもクールでかっこいいなあ、って。

これくらいかしら。
そういえばロンドンで見ているやつ、まったく書いてないねえ。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。