3.30.2022

[film] 第一炉香 (2020)

3月19日、土曜日の午後、MUBIで見ました。英語題は”Love After Love”。2020年のヴェネツィアでプレミアされ、同年の東京国際映画祭でも上映されている。

原作はEileen Chang - 張愛玲(1920-1995) の文壇デビュー作となった短編小説(未読) - 英語題だと”Aloeswood Incense: The First Brazier”。 Ang Leeの“Lust, Caution” (2007) - 好き- も彼女の原作(1979)。
監督はAnn Hui、撮影はChristopher Doyle、衣装はワダエミ、音楽は坂本龍一。

144分はちょっと長いのではないか、と思ったがそんなことなかった。庭や屋敷をゆったりだらだらと散策していくかのような時間の流れ方が心地よい。侯孝賢の映像が吹きつけてくる湿気の濃さとは似ているようでぜんぜんちがう。

大戦前、上海事変の頃、経済的な事情で上海の親元から離されて、高校卒業までの学費をなんとかしてもらうべくひとり英国統治下にあった香港の叔母 - 父の妹で親族からは放擲されているマダム・リャン (Faye Yu)のお屋敷に赴いた主人公のウェイロン (Ma Sichun)が、はじめはあんたどこの誰? わたしに姪なんていない、とか言われて顰蹙をかったりしつつ、そこに飼われるように暮らすことになっていろんなことを経験していくドラマ。

社交好きのマダム・リャンは頻繁にパーティを開いていろんな人を招いて遊んでて、その囲いにウブなウェイロンを泳がせておもしろがって、ウェイロンが学校で出会った同級生の男子を連れてきてもそいつと寝てしまったり、そんなふうにかつての飼い犬で富豪の息子ジョージ (Eddie Peng)を屋敷に置いて好きにさせている。

ジョージは自分は結婚しないで一生遊んで暮らすのだ(いいなー)って周囲に公言していて割とやなかんじなのだが、ウェイロンは遊びで近寄ってくる彼に眉をひそめてあんなの絶対だめだ、って思いつつも少しづつ、どうしようもなく惹かれていって、ジョージは彼女と寝ちゃった後でもメイドを引っかけていたりするので、お屋敷内でいろいろ渦が巻かれていくのだが、ウェイロンはウェイロンで負けずにカギ爪を立てて強くしぶとくなっていく。そういうのをマダム・リャンが高いところから眺めているの。

豪華なお屋敷に暮らすことになった田舎のお嬢さまが、いろいろ見たり聞いたり触ったりしながらその壁の向こうや天井の裏でゆっくりと腐って発酵していくなにかに触れて、自分も(自分から)その菌糸に巻かれていく、そういうお話で、これがヨーロッパや英国の貴族のだったら延々続くお喋りに噂話、手紙のやりとりを通したコメディとしてどこまでも軽く転がっていきそうなところ、ここでの高笑いや嫉妬の悲鳴は壁や家具や調度の表面に吸い込まれて屋内の塵として積もり積もっていくだけのような。表面と内側の微細な攻防の行方を坂本龍一の音楽は - でっかくドラマチックに鳴らすのではなく - 見事に、へばりついた苔のような音として表現している。

冒頭のかんじだと、新たな環境に擦れてまみれていくウェイロンが裏や表のいろんな化け物勢力と対峙しつつ、最後にジョージと、あるいはマダムと正面から対決する、あるいはマダムと結託してジョージを … などの(血をみる)展開になるのかと思ったのだが、この映画ではそこまで踏みこんでいかない。むしろこの程度の小娘なんぞ、というマダム・リャンの思うがままに全ての駒が進んでいくようで、それを見ているマダム自身も一緒に沈んでいって、それで構うもんか、って。それをつき動かしているのは、誰かへの、何かへの復讐のようにどす黒いなにか。それは一体なんなのか。ウェイロンも最後の方では「それ」を感じていたように思う。

お嬢さんがアジアの大金持ちの屋敷に入り込んでじたばた、というと最近では”The Handmaiden” (2016) - 『お嬢さん』とか”Crazy Rich Asians” (2018)などがあるが、一番なかに入って暮らしてみたいお屋敷だと思った。そこに重ねられる衣装の色合いやディテールもいちいち見事で、うっとりしているうちに時間が過ぎて、それでいいのか、にはなるのだが。
 

こうして3月が向こうにいってしまう。なーんもしてないわ。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。