3.22.2022

[film] 渦 (1961)

3月13日、日曜日の午後、『娘・妻・母』に続けてラピュタ阿佐ヶ谷の番匠義彰特集から2本見ました。
原作は井上靖、脚本は笠原良三と富田義朗の共同。

洋画輸入会社の社長が洪介(佐田啓二)で、その妻が伊沙子(岡田茉莉子)で、ある夜遅くに伊沙子が警察から電話を受けると、彼女がかつてボランティアで就職を世話した戦災孤児の光一(石川竜二)が暴力沙汰を起こしてあなたの名前を言っている、と。伊沙子は警察まで赴き、だめじゃないの、って服を買い与えてから家に帰ると洪介が帰宅していて、事情を話すとなんだそんなことか、って蔑まれてむかつく。

洪介がものすごく熱を入れて買い入れて売ろうとしているドイツ映画『罪なき女』は試写をしても反応があんまよくなくて不機嫌なのだが、彼のところによく来る翻訳のりつ子(岩下志麻)はよい映画だと思いますわ、ってどうも洪介のことを好きらしい。

航空運輸の会社で給仕をしていた光一はそこでまた喧嘩をして伊沙子が呼ばれ、光一のためにそこの副社長の佐分利信 - 堅い - とか、知り合いのピアノ教師の仲谷昇 – 柔い – とかの間を動き回るのだが、夫は仕事に没頭していて相手にしてくれず、没頭しているという割にはりつ子に貰ったプレゼントを持っていたりしてかんじが悪い。

りつ子は叔父の佐分利信のすすめでお見合いをして、でもやっぱり洪介さんが.. って彼の事務所に行ったところで伊沙子からの電話を受けてしまったり、光一の喧嘩騒ぎを止めようとした伊沙子と仲谷昇がカップルとして報道されてしまったり、そんな伊沙子と仲谷昇の仲を誤解して嫉妬した光一が..

若者たち(岩下志麻、石川竜二)が既婚でしゃんとした伊沙子や洪介に片思いして、大人たちはそれぞれの事情を抱えて渦を巻いたり腐ったりしていて、それらを少し上から佐分利信が「恋は病気だ」などと薄笑いしながら見ている、そんなドラマで、渦が何かをかき回したけど水が濁っただけだった、みたいな。

今であれば、SNSでなんでそんなのフォローしてるんだ? とか、なんでそんなのに「いいね」してるんだ? とか、炎上したのを助けてあげたり、もやもやしたのでブロックしたり、そんな程度のやりとりをリアルの世界で丁寧に解きほぐして大喧嘩したり職場で寝泊まりしたり走りまわったりしているような。

クールなようで裏で小爆発を繰り返す佐田啓二、思ったらすぐ反応/行動するけどそれがなにか? の岡田茉莉子、なにがあっても「いいじゃないか」ってなんもしない佐分利信、など、俳優さんがそれぞれのイメージ通りの動きをしてくれるのもうれしい。五所平之助のスローコアな井上靖ものと比べるととても軽くわかりやすいかんじになっている気がして、これはこれでよいかも。


のれんと花嫁 (1961)

上に続けてそのまま見る。「花嫁シリーズ」の第五作。

江戸時代から続くカステラの老舗- 長崎開花堂の一人息子津川雅彦は学生で東京にいてコーラス・グループ「ブルー・ロビンス」でプロデビューを狙っていて、マネージャーの瞳麗子の母はやはりカステラ屋の東京開花堂の女主人-月丘夢路で、幼馴染でやもめの材木問屋 - 佐野周二と仲が良くて、彼の娘の倍賞千恵子は自分ちに下宿している津川雅彦のことを想っているのだが、そのライバルは瞳麗子だったり。

津川雅彦の父の伴淳三郎が分家の東京開花堂は(分家のくせに)意匠侵害してけしからん、って月丘夢路のとこに文句を言いに上京してきて巻き起こる騒動が津川雅彦を剥がして長崎に連れ戻して、それに引っ張られるようにほぼ全員が長崎に移動してどたばたするのだが、最後にはもちろん一件落着 – 津川雅彦と倍賞千恵子が、瞳麗子と小坂一也が、月丘夢路と佐野周二が、くっつきそうでめでたいねえ、って。

たあいない話といえばそれまで- 結構な数の男女カップルが狭い世界でのれんをびらびら腕押ししまくってぜんぜん手ごたえないのに最後にはなんとなくハイスピードで焼かれてカステラの箱に入ってしまう不思議な世界で、こんなのを83分で走りきってしまうってすごい。53分だったら五三焼でもっとかっこよくなったかも。

まだ2本しか見ていないけど、このシリーズって恋が成就した/しそうな女性をとりあえず「花嫁」って括っているようなのだが、こんなふうに着地点(ゴール)を「花嫁」におく変な風習っていまだにあるよね。逆の「花婿」はなんでないのか?

あと、とっても失礼ながら伴淳三郎と高橋とよの夫婦から津川雅彦の貌はあんまし生まれにくいのではないか、など。

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