6.03.2019

[film] Madame DuBarry (1919)

5月28日の火曜日の晩、BFIのWeimar映画特集で見ました。サイレントでピアノ伴奏つき。

今回のWeimar映画の特集はちょこちょこ(ここまでで7本)見てはいる(見逃したのもいっぱいある)のだが、ちゃんと感想を書こうとするといろいろ調べないといけない(調べたい)こともあったりして、つい後ろ手になってしまうのはよくない。 これはErnst Lubitschのだから書こうかな、って。

この特集でLubitschはもういっこ(”The Oyster Princess” (1919) / “I Don't Want to Be a Man” (1918) の2本立て)がかかっていて、そっちは昔にMoMAで見たことあったのでこちらの方を。

本編の前におまけとして”Messter-Woche” (1920)ていう4分間のニュースフィルムが流れて、ドイツ初代大統領のエーベルトが”Anna Boleyn” (1920)の撮影所を訪問する、というやつで、動いているLubitschの姿がちょっとだけ映るので、わーってなる。

114分の革命絵巻もので、2000人のエキストラを使っていて、ドイツ~ヨーロッパでは大当たりしたものの、アメリカでの公開にあたっては当時の国内の反ドイツ勢力のことを心配して、”Passion”と名前を変え、Ernst Lubitsch の名もEmil Janningsの名もスクリーンには出さずに「ヨーロッパ映画」としてリリースしたら大当たりして、結果Lubitschの名を不動のものにした、という、あんまLubitschぽくない気もする一本。

町の帽子屋で働くJeanne (Pola Negri)にはArmand (Harry Liedtke)ていう恋人がいたのだが、お金持ちのスペイン特使に誘われるまま浮気したらArmandは怒り狂って特使を殺しちゃって牢獄送りになって、彼女もしょっぴかれる可能性があったところをDuBarry伯爵 (Eduard von Winterstein)が救ってくれて、こうして彼女はMadame DuBarryとなり、彼にくっついて宮殿に行ったら今度は王様Louis XV(Emil Jannings) に見初められて、とうとう彼の妾にまでなりあがるのだが、宮廷内では反発とか虐めがすごくて、最後には民衆の革命に巻きこまれて裁判に掛けられたところでArmandと運命の再会をするものの結局はギロチン台に... のああ無情。 (最後に切られた首は民衆のとこにぽいっ、って..)

寄ってくる男を次々と踏み台にして成りあがる魔性の女一代記、というよりはLubitsch得意の艶笑喜劇のノリで高笑いしながら階段を昇っていったら横からひょいって梯子を外されてきれいに転落してギロチン台にすっぽりはまった、そんなかんじ。ただエキストラがどわーっと湧いて襲ってきて視界が広がってしまう革命のところは、それまでにあった室内のやりとりの壁や敷居がいきなりとっぱらわれてスケールの異なる雑踏の原と化してしまうので、ぜんぜん別の映画に見える。 それはそれでおもしろいし、蟻みたいにヒトが群れてばたばたしているのを遠くから捕らえたところはすごいし。

主演のPola Negriさんのひらひらした蝶のように軽く舞っていく様はすばらしく、その向こう側で彼女にやられていく男共も同様に軽薄な愚か者のままで、そんななか、Louis XV役のEmil Janningsさんは元々Eduard von Wintersteinに決まっていたLouis XV役を横からぶんどった(この辺は名著『ルビッチ・タッチ』にも出てくる)だけあってさすがにすさまじい。天然痘でやられて死にそうなのにそれでも彼女を求めるその声が耳の奥に響いてくる – “The Last Laugh” (1924)でも聞こえてきた地を這うようなそれがとにかくおっかなくて、これが国王かよ、っていうのと、さすが国王だよね、ていうのと両方がこの絵巻物に重しをしている。


ところでこの映画の時代だったらとうに断頭台に送られてもおかしくないカツラ頭風船野郎がいま英国に来ているのだが、抗議デモが平日の11:00からってどういうことなのか。 会社休めってか。(おぉー!!)

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。