1.04.2019

[film] Disobedience (2017)

12月18日、火曜日の晩にCurzonのSOHOで見ました。

“A Fantastic Woman” – “Una mujer fantástica”でアカデミーの外国語映画賞を受賞したSebastián Lelioが同じ年に続けて撮ったもの。

ロンドンの正統派ユダヤ教会で長老のラビが祈祷の途中に倒れて亡くなって、勘当された彼の娘Ronit (Rachel Weisz) - NYで写真家をしながらやや荒れた生活をしている - のところに連絡が飛んで、彼女はロンドンに帰国する。 幼馴染で教会では父の後継者でもあるDovid (Alessandro Nivola)の家は追悼一色で父の知り合い達が続々とやってくるのだが勘当されたRonitに対する皆の目は冷たくて、彼女の態度もそれがなにか? なのでぴりぴりで、そんな彼女にDovidは彼の家に滞在するようにいう。

Dovidのところには幼馴染のEsti (Rachel McAdams)が彼の妻となっていて、これもRonitには驚きで(なんであなたがこんなところに)、父の遺産整理(遺産は全て教会に寄付されることになっていて愕然)とか周囲の冷たい目とひきつり笑いに晒されてぐったりするRonitの向こう側で、EstiはEstiで小学校の教師をしながらラビの妻として規律に従って厳格に暮らしていくのに疲れていて、思い出の場所を訪ねたりしているうちにたまらなくなったふたりはー。

前作”A Fantastic Woman”にもあった社会のしきたりやいろんな眼が主人公の生きたい方(性のありよう)を見えるかたち見えないかたちで潰しにくる(それが近しいひとの突然の死をきっかけに現れる)、という構図はそのまま、というかユダヤ教コミュニティの中でそれはより熾烈で逃げ場がなくてとってもきつい。でも他方でRonitにはEstiがいて、幼い頃の楽しかった思い出を共有しているし、Estiは彼女を強く求めてくるのだが、でもやがてEstiは妊娠していることがわかってこの状態をずっと続けられないことも見えてきて。

もう一人、そんなふたりを見ていて悩み苦しむのがDovidで、尊敬していたRonitの父の後を継ぐという重責と宗教者としてふたりのああいう関係をどう見るべきなのか、そんなことよりもEstiの心が明らかに自分から離れていってしまうのも辛いし、とにかく全員がそれぞれの立場で迷って悩んできりきりと回転していく。出口はたぶんない。

そんな魂のありようがDisobedience – 不服従、不従順というやつで、その対象はいろいろで、そこには”A Fantastic Woman”がわたしはわたしなんだ、と開き直るかのように突き抜けてみせたポジティビティはない。でも。というか、この状態を維持して、信仰に近いところでこの状態をどこまでも生きてみる、というのも十分にありなのではないか。

音楽 - 主題歌はThe Cureの”Lovesong”で、一回はふたりがラジオをつけたときに、もう一回はエンドロールででっかく鳴り響く。時間があるひとは歌詞を読んでみてほしい。この曲で歌われていることが全て、それがこんなにも切なく的確に聴こえてくる映画はあっただろうか。The Cureの曲としてはちょっとおセンチすぎてあんま好きにはなれなかったのだが、この映画で印象変わったかも。

Rachel WeiszとRachel McAdamsって、ふたりとも似たかんじの冷たさと甘さ(と微妙な暗さ)が共存しているタイプだと思うのだが、両者のケミストリーは見事で、"Carol" (2015)のそれと同じくらい切ない余韻がずっと残る。特にラストシーンのところ。 ふたりとも突然弾けるような演技をする人たちではないだけに、相当真面目にいろいろ考えて議論しながら役と場面を作っていったんだろうな、と思って、そこだけでも十分見る価値はあるよ。

あと、舞台設定、ロンドンの湿った暗さとも絶妙に合っているかんじ。墓場のところとか。

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