3.05.2018

[log] Berlinそのた -- February 2018

25日の日曜日も朝からきんきんの氷点下で、こたつで寝ていたいかんじだったのだがそうも行かない。

Bode-Museum
ここの側の川べりに日曜には古本・アンティークの市が出る、とガイドにあったのでご飯を食べてから行ってみたのだがモノも店もあんまなくて、それよか体が芯まで冷たくなりやばくなってきたので、建物のなかに逃げねば、ということで、退避するように入った。

どういう博物館なのかまったく知らず - ということは余り興味ない領域(のはず) - 古代とか考古学とか史学とか、と思っていたのだが思っていた以上にだらだら過ごせてしまった。
昔の素朴なキリスト教美術からゴシックにルネサンス - フランスにイタリアに、どの程度まで網羅されているのかはわからないのだが、とにかくいろんなのがいっぱいあるのでいくらでも見ていられる。
彫刻とか祭壇とかいろんな天使像とか、当たり前のように作ったひと崇めるひとにとっての神がいて、それぞれの「これだ」という形象があり、それらが時代と地域で纏められているので、質感とか触感のレベルで訴えてくるものが見える。

ミニ企画のようなかんじで、アフリカの同時代、同テーマ(or 単に似ている?)の彫刻とかを並べて展示したりしていたが、こういうのって安易に横に並べないほうがいいと思うけど。 よほど明確なきちんとした根拠と理由がない限りは。あと「比較」ではなく「優劣」みたいなとこに行かないようにしないとだめよね。

そこから地下鉄で少し移動して、Kraftwerk Berlinていうクラブ(?)に行った。

SKALAR
丁度CTMフェスティバルていうのをやってて(詳細ようわからず)、その中の一つの出し物で、SKALARていうインスタレーションをやっている、というので行った。この日が最終日だからか外に50mくらい列ができてて、20~30分くらい並んだかも。子供連れも結構いる。
Exhibition版と夜中にやるLive Performance版があって、これは13:00~17:00までのExhibitionのほう。

中はクラブというよりただのでっかい箱で、演目はノンストップで流し続けているらしいので音と光のある方に向かって階段昇ってこわごわ手探りで歩いていくと、みんなフロアに座ったり寝転がったりしているので、そのまま横になる(床に寝ころがるのすき)。
いろいろ能書き効能があるようだったが、天井から吊り下げられた大量の円盤状の鏡が音と光に同期して上下左右に動いたり回転したりして、きれいねー、ていうものだと理解する。

音はぶっとくぶあつく、ビートがどうどう鳴り続けるクラブみたいのではなくて、ノイズとかドローンの沼地獄でもなくて、ランドスケープぽいかんじのカラフルで荘厳なのが四方八方から降り注いでくる(ていうふうに表現される)やつで、音の質感とかクリアさはものすごく強くしっかりしている。光のほうは緑とか青とかオレンジとか(感情とリンクしているのだとか - でも別に悲しくなったりはしない)刻々と変わり続けるやつで、その色とか輝度に合わせて鏡の動きのパターンも変わっていく。

要するに音と光(色)とそれらの動き、そのパターンがデジタルで同期して緻密に制御されて、そのバリエーションとクオリティがすんごい、ということなのだと思うが、こういうライトショーなら大昔からあるし、知覚を変えるとかいうけど変えられたことないので、大抵はきれいねー、で終わってしまって、別にそれ以上のなんかを期待しているわけではないのでよいのだが、帰るときに割とはっきり薬物みたいな臭いが漂っているのを感じたのでそういう用途も(まだ、いまだに)あるのかな、と。

音と光の同期なら、花火大会でいいや(音と光がちょっとだけずれるのもすき)、って。

Deutsches Currywurst Museum Berlin
http://currywurstmuseum.com/en/

Currywurstていうのはカレーソーセージのことで、最初に食べたのはEssenの鉄道の駅だったかDüsseldorf の空港だったか、要は移動中とかに軽く食べる用の立ち食いそばみたいなもの、と勝手に思っていて、ブツ切りにされたのをたこ焼きみたいに突っついて、そのサイドにはポテトをつけたりパンをつけたりしていただく。カレーはインドのとも日本のとも違って、やや酸味があって辛みの調節はソースの上に振りかけるカレーパウダーでやって、これがカレーではなくてただのケチャップ(ケチャップすまん)だったらここまでの発達と進化(はしてないと思うが)を遂げたかというと微妙だと思う。更に、ポテトにつけるのにケチャップかマヨ(メイヨ、っていう)を指定すれば味の深みはジャンキーぽく散らばるし、更にソーセージには皮つきと皮なしも指定できて、皮なしのソーセージなんてただの肉団子ではないか、と思う人は思うのかも知れないけど、これはあえて例えるならば立ち食いそばの月見の卵を最初に潰すか最後まで潰さないかの違いくらいに匹敵するくらいのあれで、どっちにしてもおいしくて、なにをそんなに熱く語ろうとしているかというと、これはなかなか画期的な食べ物で、ベルリンはこれの発祥の地で、そのせいか割とどうでもよさそうな料理なのにこんなちゃんとした博物館までできちゃうんだから、すごいんだから、って。

博物館はどちらかというとファミリーが楽しむ系ので、料理の成り立ちというか沿革を古代から説明したり、カレーのスパイスの多様性とか、やってみようの疑似スタンドとかCurrywurstが出てくる小説とかTVとか映画とか。 入場券の半券で入口のとこにある売店でカップに入ったCurrywurstをくれる。

というわけで、24日の晩と25日の朝にはCurrywurstの屋台スタンドに行った。

・Konnopke's Imbiss
・Curry 36

前者はアストリアみたいな高架鉄道下にあるスタンドで、後者は街道沿いにあるスタンドで、どっちも吹きっさらしのとこにテーブルがあるだけで、みんな外の冷気に曝されてぶるぶる震えながら食べてる。おいしいのでどうしようもないかんじ。

もういっこ、ベルリン発祥の食べ物があって、それはドネルケバブで、へー、なのだがベルリンに来たトルコの人々が始めたのだそう。

上の”Curry 36”の並びにこれの有名な屋台 - Mustafa's Gemüse Kebap - があって、ここは11時開店なので少し早めにきてCurry 36を食べたあとで震えながら開店を待った(付近を少し歩いたけど墓地くらいしかない)。 11時になっても開かないし人が現れる気配もないので休みかなあ、と思ったら突然中から開いてそこに人がいたのでびっくりした。ずっと中にいたのかしら?

メニューの最初にあったHähnchen Döner mit Gemüse - 鶏野菜ケバブを食べたのだが、もうねえ、ほんとにびっくりだった。 食感だけでいうとふんわかしっとりしゃきしゃきもふもふじんわり -  こっちの歯ごたえたっぷりのサンドイッチ的ななんかを想像すると全然違うし、近所にある評判のケバブ屋さんのとも違うし、これって人によってはカレーとか餃子とか寿司とかラーメンとかチャーハンとかとんかつにあるとか見えるとかいう「宇宙」と同様のスケールのなんかが、このパンみたいなかたまりのなかに間違いなく渦を巻いているのではないか。 野菜たっぷりだし、毎日食べれるわこれ。

こんなもんかしら。
あ、ベルリンの壁もちょっとだけ行った。過去の分断の記憶、その象徴はだいじだけど、問題は今の我々をはんぱなく蝕みつつある内なる壁のほうだよね、て改めて思って、こっちの方が厄介だから、って。

あったかくなったらまた行きたい。 最近そんなのばっかしだけど。

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