3.10.2018

[film] Una mujer fantástica (2017)  

3日の雛祭りの午後、SOHOのCurzonで見ました。アカデミーの外国語映画賞はこれがいく気がしていたら、やっぱし獲ったねえ。よかった。

英語題は”A Fantastic Woman”(そのまま)。 邦題はもう文句いう気にもなれないけど、なんで? しか出てこない。劇中でArethaの曲が流れるから?  でもこのお話しって、ナチュラルとかニュートラルとか、そういう物差しなんかからは一番遠いところの、そういう線とか枠とかに挑みかかるようなテーマの映画だよね? だからこその Fantastic ! だと思うんですけど? 

初老のOrlando (Francisco Reyes)が身なりを整えてマッサージしてバーに入っていくとそこではMarina (Daniela Vega)が歌っていて、ふたりは恋人同士らしく、一緒に誕生日のお食事してアパートに戻って親密な時を過ごすのだが、夜中にOrlandoは具合が悪くなって階段から落ちて、病院に運ばれて、そのまま亡くなってしまう。

突然だったので彼女は放心状態で、でも病院に行ったときから周囲の彼女を見る目は変で、明らかに彼女の何かと、彼の(階段から落ちたときの)外傷から彼女の関与を疑っているかんじで、それは彼の別れた妻を中心とした家族でも同じで、悲しみに暮れるMarinaの胸を容赦なく刺してきて、とにかく彼と同居していたアパートからは出ていけ、葬儀には来ないでくれ、と言われ、大切なわんわんも持っていかれてしまう。

ここに出てくる、あたしはノーマルざんすから、と思いこんで、それだけでなぜか偉そうにしているOrlandoの家族がとにかく憎らしくて、Marinaみたいにゲーセンのぶん殴りマシーンでどすどすやりたくなる(ここ素敵)のだが、そんなことをしてもOrlandoはもういなくて、たまに幻影のように幽霊のように出てきてMarinaをじっと見ているだけなの。飼い主に先立たれたわんわんみたいに哀れなMarina。

唯一、Orlandoが遺したなにかのキーと、亡くなる直前に彼の探していた封筒が連中をぎゃふんと言わせる何かになるのか…   なのだが、暴力による決着も含めてそういうほうに行かないのがFantasticなんですってば。
彼女を淵から掬い上げてくれるのは歌と音楽で、あのダンスのシーンはなにかが満ちていく感覚に溢れていてすばらしいったら。

トランスジェンダーへの偏見や蔑み、差別も、ハラスメントや暴力もぜんぜんなくならなくて、でもそれらをみな「本性」みたいな議論に落とし込んでは絶対いけなくて(だからあの邦題はふざけんな、なの)、というあたりを滲ませつつも、Orlando - あたしは生きるんだから、これはなんといってもあたしとOrlandoの愛の物語で、同じ歌を何度も何度も歌うのと同じようにその旋律のなかで生きていくんだから、という彼女の意思がみなぎって止まらない。 あのツラ構えを見よ。

とにかく彼女の顔を見にいくの。あんな強くて悲しくて、でも素敵なのないから。

あと、“Neruda”のひと(Luis Gnecco)が出てた 。

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