9.08.2021

[film] Wildfire (2020)

9月4日、土曜日の晩、BFI Playerで見ました。
作/監督はこれが長編デビューとなるCathy Bradyによる英国/アイルランド映画。

冒頭、アイルランド紛争の緊迫した映像と、続けてついこないだのBrexitの映像のなか経済問題として語られる両国の姿が流れる。

フェリーで海を渡っているやや疲れた女性がいて、到着したイミグレーションゲートで怪しまれて服まで脱がされても小さなポケットナイフくらいしか出てこなくて、でも家族からあなたの捜索願が出ている、と言われる。彼女はそこを抜けると車を捕まえてヒッチハイクで内陸にある国境近くの町を目指す。

これがKelly (Nika McGuigan)で、彼女はご無沙汰にしていたらしい姉のLauren (Nora-Jane Noone)の家の扉を叩く。Laurenは突然の訪問と再会に驚いて心配しながらも行くあてのなさそうなKellyを家に置いてあげるのだが、Laurenには夫(あまり喋らないがやさしそう)がいて、昼間はでっかい物流の倉庫で働いていて、職場の人間関係はあまりうまくいっていないかんじ。

1年近く失踪していたKellyがなぜ突然戻ってきたのか、なんの説明もないのだが、姉妹がまだ小さかった頃に車でふたりを連れだしてから自殺した母親の直前の姿が姉妹それぞれの視点で何度もフラッシュバックされるので、それがKellyに対しても姉妹の関係そのものにも傷となっていることが暗示される。Kellyの滞在が長くなるにつれてあんま先のことを考えずに近所をぷらぷら出歩いて子供達と遊んだり昔住んでいた家を訪れたりしている彼女とLaurenの夫婦との間、ご近所界隈、Laurenの職場、等でいろんな摩擦が出てきて、互いの瘡蓋をはがし合うような諍いを繰り返しながら、ふたりは過去の一点に向かって/一点を巡ってだんだんと近づいていって、結果、周囲からは孤立していって。

そのやりとりのなかで彼女たちの父もまた紛争(直接間接かはわからず)で亡くなっていることが示され、いまの苦しい生活環境がもたらした彼女たちの孤立は母が自殺したときのそれに同期していくかのようで辛くて、でもそれ故に双方の痛みがふたりをバインドしていって、パブのジュークボックスから流れるVan Morrisonの”Gloria”に合わせてふたりが踊って叫んで抱きあう場面はすばらしいの – それを眺めて苦虫の男たち、という図も。

よくある家族の喪失を巡って、ふたり取り残された姉妹のお話し、ではあるのだが、その発端となりふたりの間の真ん中に横たわっているのは北アイルランドとアイルランドの国境で、両国の抗争に端を発したなにかは半世紀以上に渡って、いまだに人々を苦しめる、その生々しさと痛みが十分に伝わってくる。明確な差別やヘイトのそれとは違う - 間接的には格差の話なのかもしれない、でもあとに残されたものの行き場を失った怒りはWildfire - 野火として国境周辺を焼き尽していまだ消える気配なんてないのだ、と。

最後のほうの母の死の真相をめぐる姉妹のやりとりはとても切なく、でもやさしく彼女たちを包んで、そこからの事故と逃走に転がっていく流れは、じたばたつんのめってたどたどしいけど、拳を握りしめてしまう。

Kellyを演じたNika McGuiganさんの少し疲れてみえるけど絶対やられるもんか、の面構えと、Laurenを演じたNora-Jane Nooneさんの火がついたら止まらない燃える目と立ち姿、この姉妹が並んだときの絵は、Kellyが着ている赤 - 母が亡くなったときに着ていた – で最強のものになる。”Black Widow”のあの姉妹みたいに。

そして、Nika McGuiganさんが映画の撮影後、癌で亡くなっていたことを知ると言葉を失う(映画は彼女に捧げられている)。映画の公開もそのために少し遅れたと。ご冥福をお祈りします。

あのあとのふたりはどこにー。
 

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