9.07.2021

[film] Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings (2021)

9月4日、土曜日の午前、六本木のTOHOシネマズで見ました。2Dで。どうでもいいけど、なんでこれはTOHO系で上映可になっているの?

次フェーズに入ったMCUの対アジア戦略とかいろいろあるのだろうが、単にカンフー映画好きだから、程度で臨んだ。のだが、渾沌のMorrisが出てきた時点でめろめろになってしまったので極めて適当なことしか書けないかも。

監督は”Short Term 12” (2013)や”Just Mercy” (2019)を監督したDestin Daniel Crettonなので間違いないはず。そしてBrie Larsonは出てくるにちがいない、と思ったらやっぱり。

数千年前、Ten Ringsを手に入れたXu Wenwu (Tony Leung)は不老不死の不死身の無敵になってずっと悪の組織の中心で生きてきて、でも山奥にある伝説の村ター・ローに攻め入ったらそこにいた女性 - Jiang Li (Fala Chen)とカンフーバトルの末に恋におちて、彼女は村をでて彼は組織を捨て、ふたりの家庭をもってふたりの子供が生まれて幸せだったのに、Liの死をきっかけにWenwuは悪の組織の首領に復帰して、そこで殺人兵器として鍛えられた息子のShang-Chiは殺しのミッション遂行前に父の前から消える。

サンフランシスコでホテルマンとしてうだうだ働いていたShang-Chiから名前を変えたSean (Simu Liu)はある日音信が途絶えていた妹では? と思われる封書をマカオから受け取り、どうしたものかと思っていると同僚のKaty (Awkwafina)と一緒に路線バスの車内で襲われ、バス真っ二つバトルの末に母の形見のペンダントを奪われて、同じことが妹の身に及ぶことを危惧した彼はKatyと一緒にマカオに飛ぶ。

封書にあった住所は建築中の高層ビルで、いきなりエレベーターに乗せられ、そこの上で行われている闇バトルに強制参加することになったらその喧嘩相手は妹のXialing (Meng'er Zhang)だったので、びっくりしているうちにやられちゃって、でもそこにサンフランシスコのと同じ敵が現れて妹のペンダントも奪おうとして、こいつらなんなんだ、と言っていると父Wenwuが。

彼らは隠し砦に運ばれてWenwuは亡くなったはずの妻が実は村の岩戸の奥に閉じ込められている、自分には彼女の声が聞こえるので救出しにいくのだ、って聞かなくて、ペンダントを奪ったのもその手掛かりを探るためだった、と。そんなの嘘だ魔物に騙されているんだと思う兄妹は組織に先回りして村に入り、伯母のYing Nan(Michelle Yeoh)の助けを貰いながらWenwuとWenwuが岩戸を開けちゃった場合に備えてバトルの準備をする。やがて現れたWenwuはやはり一心不乱に岩戸をどかどか殴りだして、その裂け目からは魔物どもがわらわらと..

中国数千年の歴史が育んだ魔物化け物も含めた森羅万象があって、そんなんでも家族の絆は大事で必要で、それらを獲得する手段としてはカンフーとかギロチンとかTen Ringsとかがあって、という世界観をカンフーに着目して描こうとするとどうしてもマニア向けのエイジアン・エキゾチシズムたっぷりのB級アクションになりがちだったところを、ハリウッドの - MCUの力技は(細部はいろいろあるにせよ)あんま違和感なく繋いだ超大作のスケール感をもってまとめあげてしまった。もちろん”Black Panther” (2018)が持ちえたような普遍性や訴求力にまでは達していない – それはなぜか、は考察する価値はある – かもだけど、はじめの一歩としは十分ではないか。

偏見を抱かれがちだった家父長制や男尊女卑のようなところも慎重かつ大胆に上書きしようとしている - ここはアジア圏のなかに暮らすひとと外から見るひとの間にギャップがどうしてもあって(Destin Daniel Crettonは、そういう段差や困難を常に描いてきたひとでもある)、それが隙とか弱さに繋がってしまうところがあるのかもだけど、それでもこの一歩は大きいと思いたいし、九尾狐とか麒麟とか龍とか、ここで解き放たれたものがハリウッド版ゴジラのように受け入れられていったらよいな。いやゴジラとはちがう..

カンフー映画としては、最初のWenwuとLiの組手が圧倒的にすばらしくて(”The Grandmaster” (2013)までは届いてないか?)バスの中のパニックも面白くて、ビルの足場を使ったのはジャッキーチェンもののコピーみたいで、ター・ローの村のはカンフーというより指輪物語みたいになってしまうのだが、その強引な魔法も含めて悪くないかんじで、結果としてはWenwu- Tony Leungの一人勝ちのようなかんじ。それでよいのか? なんかみんなよい、って言ってる。

あと、最近のMCUはなんでもポータルでするする移動しちゃうみたいだけど、これってドラえもんの「どこでもドア」とおなじなのか違うのか。(いつも忙しそうなWongがドラえもんに見えてくる) ところで、せっかく舞台をサンフランシスコにしたのだから、魔界のポータルがここのチャイナタウンにも通じていたのだ、ってすれば、”Big Trouble in Little China” (1986)のKurt Russellも召喚できたのにさ。

あれだけ”Crazy Rich Asians” (2018)から出ているんだから、Ken Jeongも出してあげればよかったのに。ところでKaty - Awkwafinaは、あのままどうやってAvengersに入ってくるつもりなのか? 次あたりでPepper Pottsみたいに改造されちゃうのだろうか。 弓矢をHawkeyeに教えてもらうのだろうか。

Wenwuは、妻が岩戸に閉じ込められている説の前には日本に出張しているので不在説を信じて固執していて、その頃に撮られたのが“In the Mood for Love” (2000)なのね。

ところでTen Ringsって、分割したら意味ないの? ひとつだけだと1/10のパワーなの?

こんなふうにどーでもいいことばっか、だらだら書いていきたくなる、すてきな映画。 Morrisに会いにもう一回みるかも。

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