9.15.2021

[film] DAU. Degeneratsiya (2020)

9月9日、木曜日の午後半分で見ました。この日から夏休みをとっていて、夏休み初日にこういうのを見てしまうのだからどうしようもない。邦題は『DAU. 退行』、英語題は” DAU. Degeneration”。 全6時間9分。

実在したソ連のノーベル賞受賞物理学者Lev Landau (1908-1968)- ニックネーム”DAU”が構想して君臨したソ連の巨大研究施設 – 施設内で研究から生活まですべて賄う - の精巧なレプリカをウクライナに建設し、そこに集めた素人を含むキャスト10000人以上を実際に生活させて、そこで行われた実験や施策や各種講演やセミナー、そこで彼らが生活していく姿を13年に渡ってカメラで追い、そこでかつてのソ連の全体主義や恐怖政治がどんなふうに浸透して顕現するのかしないのか、それはどういう人格や支配様式や機構や習慣によってもたらされるものなのかを「実験的に」捕らえようとしたアート・プロジェクト = 「DAUプロジェクト」で撮影され編集された14チャプター、2019年のパリのプレミアと翌2020年のベルリン国際映画祭での2チャプターの上映後、そのやり方の倫理的是非を巡りいろんなスキャンダルや問題が露呈して、いまのとこ、コロナ禍とぶつかったせいもあるのか、上映館でふつうに公開がされたのは日本だけ。ロシアではふつうに上映禁止。

というプロダクションの事情や背景、後日談は見た後に知った。知っていたら少し考えたかも。 あと、見た時点ではこれの前の時代のドラマ『DAU. ナターシャ』 - ベルリン映画祭の銀熊受賞作 - も見ていなかった(9/12にストリーミングで見た)。

ダンテの『地獄篇』の九圏に倣って展開されていく全九章。時代は1968年頃。
要塞のような巨大施設の概要が紹介された後、施設を訪問したキリスト教の宗教学者とユダヤ教のラビが宗教とは、という話をする。絶対神はいかにして可能となるのかとか、それを可能とする民の受容のありかた、のようなこと。ここでは科学としての共産主義が神となるのだが、創造主であるはずのDAUは老いて車椅子で動けず喋れず、来訪者に対しても固まって手を振るくらいのことしかできない。

冒頭に登場する宗教者とか、学者による講義やディスカッションのところは、俳優ではなく実際にその領域の学者や知識人が演じている、というよりそのテーマについて直に語る姿をそのまま映していて思想的な裏付けや背景は申し分ないかんじ。他にも何を狙っているのか祈祷をしている呪術師の姿やアーティスト - Marina AbramovićやCarsten Höllerの姿も見ることができる – これらも、実際に研究所で召喚されていた人々やイベントをモデルにしているらしい。

研究所で行われたデモンストレーションや講義の他に、赤ん坊や動物を使った実験(まさか本当に実施してはいないと思うけど)や超人育成プログラム、の様子も紹介されて、このプログラムに参加した「超人」達 - 実はたんなるレイシストのごろつき - は後半の展開に大きな役割を果たすことになる。

他には食堂の入り口でいつも酔っぱらって寝転がっている「人事部長」や食堂を運営する側のウェイトレスや料理人や使用人たちのブリューゲルの絵のような姿 - 職業によって階層化された社会の低層で好き勝手に飲んだり食ったり「堕落」している彼らと、ハイエンドの学者・研究者たちの他に、研究所を政治的に動かし運営し検閲し浄化しているKGBの連中とか、理想に燃えてやってきてだんだん洗脳されていく学生たちとか、王室のように象徴として暮らすDAUのファミリーがいる。

これらの登場人物の間で、いかにソ連の根幹となる共産主義のイデオロギーと研究所を国家にとって安全確実に維持・運営できるように為政者が(地下)活動し暴走していくのかを、西欧の音楽を流してダンスしたりはっぱを吸ったりして羽目を外していた学生たちひとりひとりを尋問して丸坊主にしたり、秘書に対するセクハラを繰り返していた所長に辞表を書かせて強引に交替したりといった密室での問答無用の手口とともに描いて、恐怖政治をあぶりだしていく。

8章あたりまでは、そうやって日々の生活に忍び寄る全体主義の恐怖をじんわりと重ねて描いていってああ怖いねえ、くらいなのだが、最終章で所長や警察の後ろ盾を得た「超人」たちのバイオレンスが爆発して阿鼻叫喚の地獄絵に突入してしまう。その予感は十分にあったものの、あそこまでエクストリームに行くのか、と。英国上映版ではカットされたという豚の屠殺、というより豚殺しの場面は凄惨すぎて見れなかった(ベルイマンのドキュメンタリーでの屠殺シーンは見れたのに)。実際にそういうことがあったのかどうか、知らんけど、ああいうのは見たくない。

最後、誰もいなくなった廊下には豚さんたちが残って、「科学は幸福、真実こそ理想」とかいうの。

内容は濃くて、どのエピソードもホラーに近い緊張感どろどろで見応えたっぷりだし、今後こんな規模で映画が撮られることはない気がするので、興味と時間があって、コロナで精神的にきつい状態になっていない人は見た方がよいかも。でも見ていてなんかどんよりしてくるもうひとつの理由は、この映画そのものよりも、この映画が映しだす管理統制ディストピアの理不尽や不条理がいまのにっぽん社会のそれを簡単に思い起こさせてしまうところだと思う。これは共産主義(共産党)がー..っていうそっちの話ではなくて、日本の政治機構の中枢にいるじじいだの宗教関係者だのがこの映画の共産主義とおなじように無盲目に崇拝している家父長制、その敷布のうえであれこれ動いていく – 支配される側はそこになんの疑念も抱いていない、その辺のー。

家父長制をテーマに日本でも同様の閉鎖環境下でのドラマを作ったらおもしろいかも。でもいまの日本て、知識人たちの風貌がものすごく弱いよねえ。昭和なら迫力ある恐そうな人たちいっぱいいたのに(そうかだからか)。

あと、35mmフィルムで撮っているらしいけど、カメラの動きとかボケはもうちょっとなんとかならなかったのか。R.W. ファスビンダーあたりがきちんと撮ってくれたらすばらしいものになっただろうにー。


Norm MacDonaldが亡くなってしまった。90年代〜00年代のSNLのキャストはみんな大好きだったのでとても悲しい。 土曜日になると友達みたいに現れて笑わせてくれた彼らにどれだけ助けられたことだろう。
ご冥福をお祈りします。

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