8.30.2017

[film] Menschen am Sonntag (1929)

23日の晩、BFIで見ました。
ここで毎月地味にやっているサイレントの名作特集、8月のテーマは"Weather"だそうで、そこでようやくこれを見ることができた。 ちなみに明日(30日)は”The Wind” (1928)をやるの。

"People on Sunday" - 『日曜日の人々』。 
アップリンクやジャック&ベティでかかっていたとき、ずうっと見たかったやつ。
ピアノはもちろん、柳下美恵氏 .. ではなくてDonald Sosin氏。

上映前にKing's Collegeの教授でGerman Screen Studies NetworkのErica Carter氏から簡単なイントロがあって、いきなりこれはRomcomなのです、て言ってしまうこともできるし、29年に始まった大恐慌をきっかけに戦争に向かって転がり落ちていくドイツ - ベルリンの街の、そこに暮らす人々の最後の輝きを活き活きととらえたものです(画面には軍服があちこちにいるとか暗い面もいくつか映し出されていて、話のなかでは触れられなかったけど、『ベルリン・アレクサンダー広場』だって29年)、ていうこともできるし、この後の(大恐慌以降の情勢の)混乱を受けて散り散りになってしまったものの、Robert Siodmak, Edgar G Ulmer, Billy Wilder, Fred Zinnemannといったその後アメリカに渡ってすごい作品をいっぱい撮ることになる映画人が一堂に会していた、奇跡のセッションの輝きもあって、いろいろ貴重なのだが、やっぱり映画そのものがすばらしいので見てね、と。

うん、すばらしかったわ。

誰もが楽しみにしている週末の土曜日から始まって、ワイン商のちゃらいかんじの若者が街角で女の子(映画のエキストラをやっている)に声かけて、明日の10時に会わない? て誘って、あとはタクシーの運転手の若者と彼と一緒に住んでいるモデルの女の子がいて、レコード屋の店員の女の子がいて、日曜日の朝、エキストラの子はレコード屋の子を親友なの、って連れてきて、運転手の彼はモデルの彼女が起きあがってくれないのでひとりで現れて、この4人で、公園に行ってレコードかけながらご飯食べたり、水着に着替えて川遊びしたり、追っかけっこのふりして逸れてふたりきりになったり、ここから約90年を経たいまの我々が見てもあーあるねえ、て納得できる普遍性をもったデート映画であり、ああまた日曜日が行ってしまうよう & またしてもなんにもしなかったし起こらなかったよう - モデルの子はごろごろしたまま起きたら夕方…  - の果てのない繰り返しを生きる我々の叫びを先取りしている映画でもあるの。

デート映画としては、どちらかというと男の子目線で、女の子をひっかけるのに長けたワイン商の彼と、人懐こくてなんでも許してくれそうな運転手の彼と、短期決戦でどっちがいい思いをするのか、彼にするとしたらどっちがいいのか、みたいな問題設定もある。ワイン商よりは運転手がよさそうだけど、こいつにはもう彼女がいるよ、って。

見ている我々は彼らひとりひとりが見ている光や水面の輝き、草や風の匂いをそのまま感じることができるし、あいつったら、とかあの野郎ったら、ていうこまこました(ときにきらきらした)感情のアップダウンを自分のことのように生々しく感じることができるし、それらを掴んで束ねて、早く次の週末こないかな、Weekdayなんてほんとにさいてーだな(洗濯機ぐるぐるぎゅー) ていうのは当然のように、やってくるし。  つまり1929年に生きる彼らの物語をこちら側で見ている、というより明らかにそこに入りこんでいるような感覚があって、それってRobert SiodmakやEdgar G Ulmerのノワールや犯罪映画を見るときに感じる、あー巻きこまれちゃった、なかんじにもどこか似ている。

もし。もしドイツがあんなふうになっていかなかったら、彼らは次の週末になにをしたのかしら? その次は?  冬にはスケートとかしたのかなあ?

こういうのを永遠の1本ていうんだと思うの。 
それにしても週末って、なんであんなにあっという間に消えちゃうのか。 誰かの陰謀としか思えない。

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