9.04.2016

[film] X-Men: Apocalypse (2016)

もう9月かよ。

8月13日、土曜日の晩、六本木でみました。

X-Men: First Class (2011)、 X-Men: Days of Future Past (2014) に続く3部作の完結編。 たぶん。

紀元前くらいの大昔、エジプトで全知全能みたいな力を持った奴(ミュータント;Oscar Isaac)の封じ込め作戦が展開されて、ピラミッドの奥底に封印されて埋められるのだが、80年代に呪いを解かれて掘り起こされてそこらにいたミュータントを配下に置いて動き始め、それとほぼ同時に70年代のワシントンDCでの大騒ぎの後に姿を潜めていたエリック (Michael Fassbender)は不幸なかたちでその姿を暴かれ、再び復讐の鬼となってそのエジプト魔王と組んで全世界を敵にまわして壊しだす。 ミュータントの子たち向けの学校を始めていたチャールズ (James McAvoy)と仲間たちは再びエリックと、更にその背後にいる大魔王と対峙することになるの。

前作の戦いは近い未来に端を発していて、今度のははるか昔を起源としていて、つまりはこの一連の戦いは過去から未来までヒトの歴史ぜんぶをカバーして延々続いているようなのだが、これだけではなくて、3部作通すといろいろ見えてくるのもあって、よく考えているんだなあ、本当にこのシリーズを愛しているんだなあ(→ Bryan Singer)て改めておもった。

"First Class"が60年代のキューバ危機に始まる冷戦のきっかけ(への関わり)のところを描いていて、"Days of …”が70年代のテロに始まる民族紛争のきっかけ(への関わり)を描いていて、今回の"Apocalypse"はなんだろ..  原理主義の台頭? .... 苦しいかしら。

あるいは、”First Class”でチャールズは半身不随になって、"Days of …”でチャールズは覚醒して、今回のでチャールズはハゲになっちゃった、という流れとか。

人間同士の戦いであるところの戦争、本来起こってはならないはずの争いに、実はミュータントという人間ではない異形の連中が介在/関与していた、というふうにすることで、それは例えば、シンプルな害獣(=ミュータント)駆除のストーリーに回収できてしまうのではないか。 としたときに、ここにはふたつのメッセージがあって、人間のあいだで現実に起こっている争いごとは、なんなのか、あれらはやはり人間同士のあいだでの害獣駆除みたいなものになっているのではないか、ていうのと、実際にミュータントっていない(たぶん)わけだから、あれらってほんとうは起こるべきことじゃなかった、はずだよね? なんかの間違いだったんだよね? ていうのと。

もちろん、こんな問いかけはバカみたいなのだが、とても真剣で切実なものに見えてならないの。
なんで彼らミュータントは(親からすらも)虐められたり蔑まれたりしなければならなかったのか。
それは彼らがミュータントだったから、なのか? おそらく違うよね。(例えば)みんながそう言ったから、とか。「みんな」って誰なのか、とか。

絶滅して(駆除されて)しまった沢山の動物のことを思ったりした。

ここで提示されている善悪の成り立ちや境界の問題、その決着のつけ方、あるいは歴史上のイベントの取りあげかた、があまりにもアメリカ人によるアメリカ人のためのものであることは、こないだの”Captain America: Civil War” においてもとっても顕著で、あれも世界の至るところを舞台に繰り広げられる「合衆国」を中心とした過去から未来までの異形のもの同士/を巡る諍い、だった。 どちらも「超人」のはなしで、一方は疎まれ畏れられる異形/異能の連中、もう一方はヒーローと呼ばれて崇められる連中で。

物語の設定もそうだけど、決着のつけかたとか言い訳のしかたとかもアメリカ合衆国、としか言いようがなくて、生真面目なとこしょうもないとこも含めておもしろいなー、って。

ここから”X-Men” (2000)までの十数年で、Michael FassbenderはIan McKellenにトランスフォームしてしまうのか。 きっといろいろ大変だったんだろうなー。

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