9.13.2016

[film] Song of the Sea (2014)

4日の日曜日の午後、杉本博司のあとに見ました。 恵比寿まできたのはこっちがメインだった。

昨年のEUフィルムデーズ2015で見逃して悔しくて泣いていたアイルランド=ルクセンブルク=ベルギー=フランス=デンマーク映画 - をようやく見れた。 『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』。

ポスターを見てアザラシの大群が大活躍するお話しかと思っていたら、ぜんぜんちがった。
でもアイルランドの昔話とか海とか音楽とか民俗とかがだいすきなひとにとってはたまんないやつだった。
すんごくよかった。

島の灯台で暮らしているお父さんとお母さんと男の子のベンとわんわんのクーがいて、身重だったお母さんは海の音が聞こえる巻貝の笛を残して「ごめんね...」って海のほうに消えてしまう。 そこから6年たって、妹のシアーシャはまだ喋れないまま、ベンはお母さんがいなくなったのはシアーシャのせいだと思っているのであんま兄妹の仲はよくない。 お母さんの命日でもあるシアーシャの誕生日、白く輝くアザラシの妖精セルキーのコートを纏ったシアーシャが嬉々として海に入っていくのを見た家族はびっくりして、お父さんはコートを海に捨てちゃって、意地悪なおばあちゃんは、こんなところに母のいない孫たちを置いておけない、と海から遠く離れた町の自分ちに無理やり連れて帰る。
でもなんとしてもクーとお父さんのところに戻りたいベンは町がハロウィンで賑わっている隙にシアーシャを連れてふたりして灯台のほうに戻ろうとするの。

その道中、シアーシャの不思議な力を察知したいろんな妖精とかが(ハロウィンだし)寄ってくるのだが、そのなかの一派、フクロウの魔女マカとフクロウ族はその歪んだ愛でシアーシャの力を吸いとって、妖精の国を滅ぼそうとしていて、それを防ぐには夜明け前にシアーシャの歌とあのコートが必要なのだが、彼女はどんどん衰弱していって。 シアーシャを抱えて踏んばるベンとだんだんに明らかになっていくいろんな秘密とか伝説とか。 ひとの悲しみや辛さを安易に癒してしまってはいけないんだって。

かつてあった妖精たちの国と海の巨人伝説という横糸に母を失った兄妹の一途な物語が絡んで、そのまわりをアザラシの群れが取り囲むの。どこまでも切なく元には戻らない/戻れない妖精と人間と海と灯台とあざらしのお伽話 = 海のうた で、しみじみ不思議だとおもうのは、われわれはかつてこの歌を聞いたことがある、彼方に踊るケルトの波模様を見たことがあるかも、ということなの。

なんで海の遠くの一点を見つめてしまうのか、そうしているとなんで悲しくなってしまったりするのか。 そのわけは例えばここに。

アザラシさんたちは海の向こうから揃ってこっちをじーっと眺めているだけで、変にかわいらしくなくてよいの。

坂田靖子のファンタジーを好きなひとも必見だよ。

あ、これアニメーションなの。 ねんのため。

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