12.25.2012

[film] The Crimson Kimono (1959)

14日の金曜日の晩、たまたま時間が空いたので渋谷で見ました。 お客さん、いっぱい入ってた。
ぼーっとしててFilmexの『東京暗黒街・竹の家』を見逃したのは、ほんと大失敗だったよう。

ロスのナイトクラブでSugar Torchていう踊り子さんが殺されて、彼女の部屋にあった絵とかから日本マニアの犯行と思われ、絵の作者だったChristineの助けを借りてロス市警のCarlieと日系二世のJoe (James Shigeta)の仲良しコンビが一緒に捜査にあたるの。
CharlieはChristineが好きになるのだが、Joeも彼女を好きになって、ChristineもJoeに惹かれていって、Charlieは諦めて身を引くのだが、Joeはふざけんじゃねえよ、って激怒して剣道の試合でCharlieのことをぼこぼこにしちゃうの。

このへん、なんでJoeがあんなに怒ってぶち切れるのか、よくわからない。
日系二世であること、日系二世として白人社会のなかで仕事をしていること、白人女性に恋をしてしまったこと、で彼がどこかに、どこかで感じているであろう負い目のようなとこを差っ引いて憶測してみても、この辺の心の機微はあんまよくわかんなくて、「赤とんぼ」のメロディと共にその闇にずるずる引っ張られそうになったところで、事件はシンプルな動機がもたらした、極めてシンプルなものであることがわかってあっけなく落着する。

このお話しの展開オルタナ版としては、
①JoeとCharlieの仲を壊してしまったことを気に病んだChristineが自殺、どん底に叩き落とされたJoeとCharlieはいつしか愛しあうようになる。
②日系人の男性がChristineにアプローチするようになり、どん底に叩き落とされたJoeとCharlieはいつしか(以下略)
③日系人の女性がChristineにアプローチするようになり、どん底に叩き落とされたJoeとCharlieは(以下略)

人種のノワールを超えられることがわかったら、次は性別のノワールだよね、という。

世間のどこかに間違いなくある闇とそこに嵌りこんで動けなくなっている(or 変な動きをする)人たちの社会周辺を斑の混沌まるのままフィルムに転写する、というのがフィルム・ノワールの定式のひとつであるならば、この映画はまさにそれを社会の表社会と裏社会、という従来のブリッジにはない、移民社会と非移民社会との間でやってみせる。 これが人種蔑視とかそっちのほうに受け取られてしまったのは、わかんなくはないけど、残念だねえ。

しかし、三角関係のよじれとぐじゃぐじゃがピークに行ったところで画面がロスの大通りでのチェイスになだれこんでいくところとか、鮮やかでかっこいいよねえ。 
しみしみと「赤とんぼ」とか流しておいて、これだもんねー。 
しかも、冒頭の殺人とも対になっているんだよねー。

じゅうぶんぼろぼろのへろへろだったので、上映後の討論はパスして帰りました。

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