7.12.2021

[film] 春の夢 (1960)

7月4日、土曜日の午後、ひっさびさの神保町シアターに行って、木下恵介特集で見ました。

製薬会社の社長(小沢栄太郎)の邸宅を舞台に祖母(東山千栄子)を頂点とした女性やや強めの家族、社長秘書、メイドたちと御用聞きたち、ストを起こそうとしている会社の社員たち、等々がいろいろ渦巻くところに足を踏みいれた石焼き芋屋(笠智衆)のおじさんが突然昏倒して、動かしてはいけないと医師がいうので、そのまま応接間で数日間療養生活を送ることになる。

仕事でいらいらへとへとの社長はとっとと追い出せ!っていうのだが、父を脳溢血で失い、社会正義に目覚めてしまった秘書(久我美子)は医師(佐野周二)にぽーっとなりつつ、動かしてはなりません絶対安静、と言い、そこに芋屋のおじさんの財布(ぜったい貯めこんでる)を狙ってアパートの住民たちが押しかけ、隣に暮らす青年だけ献身的に看病するが信じてもらえず、次女(岡田茉莉子)は貧乏画家(森美樹)とパリに駆け落ちするのだとがんばるものの相手からも家族からも推してもらえず、長女(丹阿弥谷津子)は博愛主義だから、と若い学生をとっかえひっかえ連れ込み、世間知らずの大学生の長男(川津祐介)は煩悩を抱えて半ズボンで家のなかを歩き回り、その家にはデモ対応でヤクザが張り込み、メイドたち(中村メイコ、十朱幸代)は出入りの男たちと押したり引いたり、やがてデモ隊は家の外にも押しかけてくる。

愛に恋、奉仕に労働、貧乏人と金持ち、支配層と被支配層、善人に悪人、男たちと女たち、いろんな社会の縮図、というかあらゆる階層の雑多な種類の人たちが次々と家のなかに現れては出ていって - というか家の周囲をぐるぐる回り続けてばかりいて - 決着しそうなことはなにひとつなくて、あんたたちいい加減にしなさい! とケツを引っ叩き続けていた祖母まで、あの芋屋は初恋の人かも、と思い始めた途端にくたくたと崩れていく。

善いことをした人は救われる、でも、一途な思いは報われる、でも、下手な鉄砲数撃ちゃ、でも、労働者階級ばんざい、でもなく、すべては花吹雪が舞う喧しさと視界不良のなかで家の外からほぼ出ないまま、各自が言いたいことを言ったりやったりしたのち、結果的には自分の妄想みたいなところの半径数メートルで半落着して終わる。奇跡は起こらないし糸や絆があるとも思えない。これがまだ光化学スモッグも花粉症もない、高度成長期突入手前のにっぽんのブルジョアの姿。あるいは、全ては祖母の夢のなかの出来事なのか…

ブニュエルほど毒々しくなく、アルトマンほど図々しくもてきとーでもなく、書割の邸宅での悪夢でもなくきらきらでもない集団の欲と夢のありようを「春の夢」としてふんわか包んでみせる。夢のどこかで時間を遡って笠智衆と結ばれた東山千栄子はやがて『東京物語』を世界に向けて語ることになるの。

わたしは東山千栄子のおばちゃん/おばあちゃんがなにかぶつぶつ言っているのを見るだけで幸せなので、そこに岡田茉莉子さまが絡んでくるだけでたまんなかった。ここに登場する女性たちはみんな正しいことしか言っていないよね。

帰りに近江屋洋菓子店に行った。何度も夢見たにっぽんの洋菓子、だった。


とにかく湿気が、ほんとにだめで …

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