6.13.2018

[film] That Summer (2017)

8日、金曜日の晩、Picturehouse Centralで見ました。

かの“Grey Gardens” (1975)の前日譚、ということらしいのだが、これのCriterion版のDVDは自分が老いてまじで銚子の海辺のゴミ屋敷とか(橋の下よりは家があるほうがー)に暮らすことになったときのために取ってあって(日本にある)、まだ見ていないのだった。この作品の公開にあたり、一回だけCurzonで上映されたのだが、別のと被っていて見に行けなかった。

監督はなぜか、どういう経緯なのかドキュメンタリー - “The Black Power Mixtape 1967-1975” (2011) – おもしろかったよね - を撮ったGöran Hugo Olssonさん。

冒頭は2016年のMontauk、Peter Beardが彼の写真日記のページをめくりながら思い出話をしていく – これがMick Jagger, これがBianca, これがAndy Warhol, Paul Morrissey, Truman Capote, Isak Diresen, これがでっかい象, でっかいワニ、などなど、70年代のEast Hamptonは本当に刺激的でおもしろかったんだよ(そりゃそうでしょうとも)と、そこから話は72年のEast Hamptonに飛んで、ここから先は以下3人が監督したFootageを編集したものになりますよ、と。
その3人ときたらPeter Beard, Jonas Mekas, Andy Warholなの。なにこの豪華なのは。

最初はJacqueline Kennedyの妹さん - Lee Radziwillをガイドに、カメラはLeeのおばさん - Edith Bouvier BealeとLeeのいとこ - Edith 'Little Edie' Bouvier Bealeが住んでいる家に入っていく。
その前にPeter Beardからおもしろい人達がいっぱいいた当時のことを散々聞かされているのでそれなりの覚悟はできているのだが、それでもあんなところに、あんなふうに人がいる、ということの輪郭の強さと不思議さに魅せられてしまう。屋外の椅子に丸まって日向ぼっこしたり唄を歌ったりしているBig Edithと落ち着きなく館の中と外をひっきりなしに出入りしながら神経質にあれこれ喋り続けているLittle Edith – これら2匹の老猫と、 NY - Hamptonの夏の光とか湿気とか茂みの描写が古いフィルムの肌理と色味のなかで浮かびあがって、あの夏(That Summer)の景色として忘れがたい印象を残す。 この、どこかで見たかんじってどこから来るのだろうか。

“Grey Gardens”を見ていないのでなんとも言えないのだが、2人のエキセントリックさはさほど際立ってこなくて、70年代初の正調の変態で溢れていたNYアートシーンの1風景、その変奏のように見えなくもなくて、そうすることの違和はあまり感じなくて、もういっこはあの(猫)屋敷のまわりにがさごそ寄ってきてくだを巻いて転がっている猫たち(どいつもこいつもすばらしいの)のようでもあって、あそこに立っていたらどんな音が聞こえてどんな匂いがしたのだろう、雨の日は… 夜中には… とかそんなことばかりを想像してひたすら楽しい。

最後は再び2016年のPeter Beardのアトリエに戻って、これは彼にとっての「失われた時を求めて」なのだろうな、と思って、そうするとMontaukとかHamptonとかが彼にとってのコンブレーなのかもしれないねえ、とか、やたら感傷的になれたりもする。

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