3.23.2024

[film] Robot Dreams (2023)

3月17日、日曜日の昼、Curzon Aldgateでみました。

正式公開は22日からなのだが、先行でやっていた。こないだのオスカーにもノミネートされていたアニメーションで、予告でEW&Fの”September”が流れてくるシーンだけであーこれはぜったい泣くやつだわ、と思って、こういうのは早めに見る。

原作はSara Varonのグラフィックノベル、脚本は彼女と監督Pablo Bergerの共同。

シンプルで素朴な線とぺったんこのカラーでできたアニメーションで、人間は出てこなくて、動物たちが服を着て都会で暮らしていて、表札とか広告はだいたい英語表示だが、彼らが英語で言葉を交わすシーンはなくて、「あー」とか「おぅ」とかそういうのを発するだけ。ナレーションもない。 いろんな動物がそこらじゅうにいる社会。「ペット」はいない。「君たちはどう生きるか」に出てきそうな謎な生き物もいなくてその欠片もない。地下鉄のホームで太鼓を叩くタコ、には笑う。

舞台は明らかにNYのイーストヴィレッジ(みたいな町) - 地下鉄も、アイスクリーム屋の音楽も立ち食いピザスタンドとか歩いて抜けていく町のかんじも - で、主人公は”Dog”で(表札にも”Dog”、ほかに”Chicken”などもいたり)、なにをして生計を立てているのか不明だがアパートに一匹で暮らしてて、初期のTVゲームをしたり、マカロニチーズをレンジで温めたり、ソファの後ろには”Yoyo” (1965)のでっかいポスターが貼ってあって、窓際にはマジンガーZらしきフィギュアなどが並んでいる。

設定は80年らしいが、後で借りてきた”The Wizard of Oz” (1939)のレンタルビデオにKim’s Videoのロゴがあったので、だとしたら95年くらいではないか ← うるさいよ。

Dogは毎晩退屈でつまんないので、通販で友達ロボットを購入して、自分で組み立てて起動してみたら動いて、一緒に公園とか町中とか浜辺に連れて歩いて友情を深めていくことになる。このシーンのバックに”September”が延々流れてたまんなくなるところ。喋りがないので手を繋いで並んで歩いて目で合図したり、それだけなのだがそれだけなのにほんとにまったく。

ふたりでビーチに行って、楽しく遊んで浜辺に寝転がって、帰ろうとしたらロボットが動けなくなっている – でも目は開いて頭は少し動く - 錆びついたのか燃料がなくなったのか、重くてDogいっぴきでは動かすこともできず、一旦もどって修理マニュアルを携え道具を揃えて浜辺に向かうのだが、その日がシーズン最終日で鍵がかかって入れて貰えず、無理やり入ろうとしたらゴリラの警察だか警備員だかがきて、何度突破を試みても追い出されて入れて貰えない。

春になってビーチがオープンしたら絶対に迎えにいくから、ってDogは決意するのだが、浜辺でずっと横になっているロボットは季節が変わるたび - 冬になると雪で埋もれる – いろんな楽しかったりはらはらしたりの夢を見て過ごす。これが”Robot Dreams”なの。

主がいなくなっても動き続けるロボットのお話、というと”Silent Running” (1972)とかラピュタとかが思いつくけど、そのロボットがお友達ロボットだったら、という辺りがちょっと切ない。

そしてつまらない日々に戻ってしまったDogのほうは…  ここから先は書かないほうがよいか。

これじゃ絶対に泣いちゃうぞ、と見る前に思っていた方にはいかない、ちょっと苦めの、どうすることもできない都会の、NYだったらいかにも、なラブストーリーのようになっていて、それをあのシンプルな線と動き、しかも会話のない動物とロボットの間の目線や切り返しのみで作りあげたのはたいしたもんかも、と思った。

これ、Dogを中心に置いておくだけだと寂しさ退屈さをどうにかしてほしいのね、という話になってしまっておわり、なのだが、彼に買われたRobotの目線や夢を持ちこんだところがおもしろくて、ちょっと考えてしまったりして、そこはよいかも。大人向けかなー、子供に見せたらちょっとどんよりしてしまうかも。

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