7.13.2020

[film] First Cow (2019)

11日、土曜日の晩、Film at Lincoln CenterのVirtual Cinemaで見ました。
ヴァーチャルなので何時でも見れるかと思ったら上映は米国東海岸時間の19時からの1回のみでチケットは買ってから3時間有効とか見直せるのも4時間までとかいろいろあって、でもどうしても見たかったので夜寝して深夜0時から。見てよかった。

Kelly Reichardtの新作。脚本は”Old Joy” (2006) ~ “Wendy and Lucy” (2008)の頃から一緒にやっている作家のJonathan Raymondとの共作、原作は彼の小説”The Half-Life”で、ただふたりで10年くらい転がしてきた結果、キャラクター設定も含めて原作とは相当変わってしまったそう。(原作に牛は出てこない、とか)

冒頭、現代のオレゴン、コロンビアリバーをゆっくり貨物船が動いていく岸辺で犬を散歩させていた女性(Alia Shawkat – “Animals” (2019)の彼女だ..)が犬が掘り起したらしき人骨 - 横に並んだ2体 – を発見する。

そこから時代は1820年頃のポートランドの森にスリップして、Cookie (John Magaro)は毛皮の隊商をする一団の料理と食材調達(おいしそうなキノコ)をやっていて、ある晩、裸でどこかから逃げているKing Lu (Orion Lee) を繁みで見つけて服を渡して匿って、翌日には離れ離れになるのだが、ある村に落ち着いたとき、酒場で賭博をしているKing Luと再会する。行き場のないCookieをKing Luは家に招いて泊めてくれて、これまでどうしてきた、これからどうする、とかを話したりする。

村には最初の乳牛がやってきて、それを見たCookieはお菓子を焼けないだろうか、と思いたつ。夜中に牛が繋いであるところに忍んでいって、King Luが見張りに立ってそうやって搾ったミルクでドーナツのようなビスケットのようなのを焼いて食べてみたらおいしいかも、になったので、試しにマーケットに持っていって並べたら、これ美味いじゃないか、ってあっという間になくなって、行列ができるようになり、夜中のミルク調達は日課になっていく。

で、村に駐在している英国の偉い人(Toby Jones)が噂を聞いてやってきて、これは英国の風味じゃ(ほんとかよ?)、って、Cookieにクラフティを作れるか?って聞いたらブルーベリーがあればできると思う、って言うのでお茶会への出前を依頼して、持って行ったら褒められて、最近ミルクの出が悪いんだけどうちの牛を見せてあげよう、って見たら毎晩お世話になっている彼女だった… 

やがて夜に見張りをしていたKing Luが木から落ちて、その音で感づかれてやばいことになり..

見終わってとにかく、ああKelly Reichardtだー、ってしみじみ噛みしめてしまう、そういうやつで、書きたいことはいっぱいあって、もう少し落ち着いてからのがよいのかもだけど、書きたいので、書くの。

これまでの彼女の作品の登場人物と同じように、これからどうしよう?どう生きよう? - 極限状況で切羽つまってどうする – という程ではないものの、平たく宙吊りにされた彼らの周りを風が吹いて動物たちが行ったり来たりする。もちろん決着したり解決したりしない問いが。

男たちふたりが出会って家に入って生計を立てようとするお話しなのだが、恋愛関係になることはないし喜怒哀楽が爆発したり泣いたり絶叫したりはぜんぜんなくて、静かに掃除したりお菓子作ったり、話す内容もビーバーの毛皮とかサンフランシスコはどうか、とかそんなのばかりで、植物のような薄い儚い存在感で、でも逃げるときは一緒に逃げる。

Kellyさんとの対話にも出てくるのだが、とにかく牛がかわいいの。アニマルのルッキズムについてどこまで語ってよいのかいけないのか、とにかくあのお目目ぱっちりの牛娘を見るだけでも。深夜の搾乳でCookieに懐いてしまった彼女が英国の大使のとこで嬉しそうに身を寄せてくるとことなんてたまんない。これ以外にも、犬、梟、猫、いろいろ出てくるから動物好きは劇場に走ること。

19世紀初の、カリフォルニアではなくオレゴンに、東海岸からCookieが毛皮の交易で流れてきて、広東からKing Luがヨーロッパとアフリカを経由してやってきて、彼はロシア人に襲われて、というこの時点の歴史や地勢をイメージしてみる。ここにやって来た人々はビーバーの毛皮でこの土地は栄えるだろう、という。そしてここに初めて連れてこられる牛(First Cow)がいる。では、ここに初めてきた人はどこのどういう人だったのだろう? というような連想のなかに"United States of America"を、やたら"Great"でありたいらしいあの国のいまを置いてみること。

オレゴンの、彼らの足下でそんな資本主義的ななにかがゆっくり起動される元となるOily Cakeについては既にWebでレシピが出回ったりしているよう(↓)だが、とにかく深夜0時過ぎにあれを - アメリカのドーナツ(の起源) - を見るのはきつかった。目の前で揚げたのに蜂蜜ぬってくれるんだよ。あんなふうにポートランドのカフェ文化は出来上がっていったのかもしれない。おいしいドーナツ食べたい。食パンの耳揚げたのでもいい。

https://slate.com/culture/2020/03/first-cow-oily-cakes-recipe.html

冒頭にWilliam Blakeの詩が出てくる。19世紀のアメリカが舞台でWilliam Blake、というとJim Jarmuschの“Dead Man” (1995)で、Kellyさんは当然そこは意識している、と。詩句じたいはどうってことないのだが。

音楽はWilliam Tylerさんで、出てくるふたりのナリと同じようにシンプルだけど枯葉とかチクチクのように服にくっついてきて離れない森とか藪の音。

画面はとっても瑞々しく美しくて、Frederic Sackrider RemingtonやWinslow Homerといったアメリカ画家を意識しているそう。あのへん、最近流行っているのかしら?

実験映画作家のPeter Huttonに捧げられている。オープニングショットは彼へのオマージュだって。 今度見てみたい。

映画館があいたら、もう一度映画館でみたい。そういうのがもう10本くらいあるのだが。


BBCでは屋外ではマスクをすべきかしなくてもいいのか、みたいな議論を政治家の誰それがああいったこういった、とかずうっとやっていて、どうでもいいかんじだけど、どうやって拡大を抑えるのか、を考えるのが政治家の仕事なので、まあわかる。でもGoToなんとかは、さすがに常軌を逸していてわけわかんないしわかりたくもない。人間のクズとか、そういうふだん使わない言葉が浮かんできてとまんない。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。