12.23.2017

[film] A Matter of Life and Death (1946)

元のトラックに戻る。10日日曜日の午後、BFIで見ました。ここ以外でもリバイバル公開されている。
邦題は『天国への階段』- これはUSのタイトルに沿ったものなのね。

4KリストアされたMichael Powell and Emeric Pressburger監督作品。
予告を見たときからああこれは絶対見なきゃ、なかんじで、それは二人の”The Life and Death of Colonel Blimp” (1943) – とてもよかった - のリストア版のそれを遥かに超えるおもしろさを期待させたからで、果たしてそのとおりだった。

空軍のPeter (David Niven)の飛行機がドイツに行ったあとで爆撃されて、同僚は即死でパラシュートもないので絶対絶命で、その最中にイギリスの米軍基地にいるJune (Kim Hunter)と無線で交信したら切なすぎて互いに好きになってしまう(いいなー)のだが墜落を止めることはできないの。

墜落したPeterは自分でも当然死んだと思っていたのだが、実際には生と死の中間地帯にいて、彼を黄泉の国に送っていく天国のガイドがとんちき野郎で、彼は成仏できない状態のまま自転車に乗ってたJuneと出会って改めて恋に堕ちて、でもやっぱりふつうに死ぬでしょ、なのでそこの中間地帯で彼をどっち側に送るべきかの裁判になって、そこに突然事故で死んじゃったPeterの医師とかも絡んできて、いろんなバックグラウンドをもった検察側と被告側であーだこーだ延々言い合って、こんな奴らが勝手に決めてんじゃねーよ、とも思うのだが、最後はやっぱり愛だよね愛、みたいな、それをいいかげんと呼ぶべきなのか強引と呼ぶべきなのかご都合主義と呼んでよいのかイギリス的なんとかていうのはこういうのか、よくわかんないけど、大風呂敷で、大風呂敷すぎるので案外こういうものかもしれない、と思わせてしまう説得力みたいのは、確かにある。

自分の生と死の一線を引いたり決めたりするのは誰なのか、何なのか、そこに国籍や歴史や法(ってなんだろう?)や因果はどう絡んでくるのか、がその場所を彷徨っている無数の兵士たちの像 - 彼らはどこに行っちゃうのだろう - を背景に議論されて、そういうのがちょっとありえないような上から見下ろしたりでっかく広がったりのパースペクティブと共に漫画(大島弓子)のように描かれる。『四月怪談』の底が抜けた切なさはこれの線上に浮かんでいる、と言ってよいのではないか。

とにかくPeter - David Nivenの軽さと軽妙さが絶妙で、「死んでも誓えるか?」と問われて「はい。でもむしろ今は生きたいのです。」ていうところなんて何度みてもかっこよくて泣きそうになる。
このすばらしい軽さ、天使のような軽さは最近だと”Dunkirk”のTom Hardyが持っていたものかも。

こういうお話 - A Matter of Life and Death - っていつもこんなかんじでみたいのよね。
それにしても、これを1946年にリリースしちゃった、ていうのはすごいねえ。

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