12.31.2017

[art] Rubens: The Power of Transformation

前にも書いたがここの会社の休みは12月23日から1月3日までと結構長くて、いろんな人からクリスマス(12/25)とNew Year(1/1)のロンドンはなーんにもないよ、と言われ続けて、あまりに何にもないせいか秋口くらいからみんなそれぞれ旅の予約を始めて、日本に里帰りしたり、スペインとかイタリアとか暖かいほうに向かったりいろいろ企画してて、でも人からなんもないって言われれば言われるほどどういうもんか一度は見ておきたいよね、になったのでクリスマスとNew Yearはロンドンにいるつもりなのだが、通してずうっとここにいてもさすがにきついかも、という気がしてきて - 映画もライブも休暇モード - セレクションがどこか安易なの - に入ってしまう - ちょっとだけどこかに行ってみるか、と、ウィーンに行くことにした。

NYに行くたびにNeue Galerieに通っているうちにウィーンは行かなきゃな、になっていたので決めるのは早かったのだが、パリみたいに1泊の弾丸にするかもう少し時間を取るべきかが悩ましくて、リストを作っていったら1泊はどうみても無茶、になったので2泊にした(イタリアやスペインに行けないのはこの悩みがあるからなの)。 で、26日の朝7時のフライトで向こうに行って、28日の夜7時過ぎに戻ってきた。

まだ十分整理できていないのだが、このままだらだら過ごして年を越すとぜんぶ忘れてしまう気もするのでとりあえずざーっと書いておく。 見た順で。

Kunsthistorisches Museum
26日の午後、ウィーン美術史美術館は着いて最初に行った。

昨年の12月に”Das große Museum” (2014) - 『グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状』を見たのもあるし、なんにしても美術好きなら必須だし。ただ全部見たら1日かかる気がしたので今回は絵画部門だけ。

Rubens: The Power of Transformation

やっていた企画展がこれ。
RubensはデュッセルドルフのMuseum Kunstpalastに行った時もじっくり見ることができて、見る機会には割と恵まれているのだが、熱狂的に好き、大好物というわけではなくて - 例えばRembrandtとかと比べるとね - でも見れるんだったら見るわ、と。
“The Power of Transformation”のテーマで世界中から集められたドローイングからスケッチからでっかい奴らまで、無名なのも有名なのも約120点を並べる。

Transformation - 変容、ていうのはいくつかの角度から言うことができて、簡単なところでいうと古典彫刻のドローイングから、それを油彩の画布や板絵に展開していくのもそうだし、色彩やフィギュアをよりドラマチックに変容させることもそうだし、風景画であればよりダイナミックにパノラマみたいに拡げてみるのもそうだし、より細かで微細な補正や修正を延々施していくのもそうだし、要するに絵にがーんとした堂々たるインパクトを与えるため - 支えてくださる神さまたちのためにもな - にはなんだってやる、そういうことなのではないか。 カタログのエッセイのタイトルに“Rubens at Work with Scissors and Paste: The Artist as Creative Editor”ていうのがあったが、そういうことかも。 今だったらPhotoshopとか堂々と使ってどうよ、とか平気でいう。

面白かったのは、Tizianoの“The Worship of Venus” (1518/19) とそれを模したRubensの(1635)と、さらにそれが大々的に展開敷延された”The Feast of Venus” (1636/37)が並んでいるところとか。  あとは女性の身体の肉感、その肉肉した豊かな表現はこれでもかと並べられているとすごいなー、って思うし、有名な”Haupt der Madusa” (1617/18) - 「メドューサの首」の置き去りにされている気持ち悪さも同様の、現代のコマーシャル・アートにも通じるぎらぎらした野望みたいのを感じた。 そして、それができてしまったこの時代の巨匠、ていう。

これはカタログ買ってしまったわ。

他の絵画部門の展示もおもしろくて、つまりここに展示されているのは美術(品)だけではなくて美術(史)でもあるのだなー、と。 つまり「美術史」の入り口で問われる「美(術)とは」、「歴史とは」という問題意識が西欧の傾きあれこれと共に揺らいでいった近現代のアートは外してあって、展示経路を追っていくと大凡の流れ(「美術史」のような)を掴むことができるようになっている。 ひとつの建物のなかにそれが実現できるだけの量と内容がある、ていうのはすごいよねえ。 ていうのとやっぱり美術史、もうちょっとちゃんと勉強しておけばなー、というのは(いつも思うこと)。

こうしてDürerもRaffaelloもMichelangeloもArcimboldoもBruegel(バベルの塔、あった)も Bosch(そういえばYaleからCatalogue raisonnéが…)もVelázquezもVermeerも、それも極め付きの名作ばっかし、ざーっと見ることができた。おなかいっぱい。
(ルーブルでここまで集中して見ることができなかったのはなんでなのか?)

今度来たときは、上のフロア(カエル...)も制覇して、あそこのカフェでお茶をしたい。

長くなりそうなので一旦切る。 26日はこことあとは街中をうろうろするだけで終わってしまった。

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