6.11.2016

[film] 有りがたうさん (1936)

5月7日の午後、シネマヴェーラの清水宏特集でみました。 英語題は”Mr. Thank You”。

清水宏の映画に出てくる道って、こないだの『女醫の記録』でも『蜂の巣の子供たち』でも『按摩と女』でも、ほんとうに素敵で、その上をひとや乗り物がやってきたり向こうにいったりするだけで、それだけで映画になってしまう気がする。

有名な古典なので筋はみんな知っているかも知れないけど、上原謙が伊豆の路線パスの運転手さんで、彼はバスに乗ってくるひと、降りていくひと、すれ違うひととか生き物とか、みんなにいちいち「ありがたうー、ありがたうー」って機械みたいに延々いい続けているので「有りがたうさん」で、ひょっとしてどっか壊れちゃったひとなのかも、とかいう疑念もあるのだが、彼がどこから来て、どういう家族のもとに生まれ育って、なににそんなに感謝しているのか、したいのか、誰にもわからないし明かされないのだが、なにはともあれみんな幸せになるかんじがするのでよいの。

映画は車にいろんなひとをのっけて山道をえんえん超えて終点まで行って、またそこから戻ってくる - 構成としては"Mad Max: Fury Road"とおなじなのだが、あの映画に渦巻いていたやってくる奴はみんな敵と思え、みたいな悪意は、この映画では隅から隅までまるごと善意、としか言いようがなくて、映画を見ているこっちも、みんなでバスに揺られてたのしいな、になってくる。たぶん。

こういう映画なので、乗ってくる客のキャラもなかなか - 黒襟で謎めいてて車中で煙草やるわ酒やるわのやくざな桑野通子とか、都会にしょんぼり身売りされにいく母娘とか、髭の小やかましい親父とか、それぞれがいろんなのを抱えていそうで、彼ら同士の小競り合いとか庇いあいとか、運転席の奥でだるまさんが転んだ的に勃発するミクロな戦争がいちいちおもしろくて、でも運転手が客を呪い始めるとかぶちきれるとか、客が共謀して誰かを貶めるとか、そういうことにはならなくて、すれちがう程度の時間を過ごして、それぞれ道の奥とか向こうに消えていって、そのあとは誰もしらないの。

やたらかっこよい存在感を放ちつつ微妙に上原謙にアプローチをかけていく桑野通子はこのあとめでたく上原謙と一緒になり、『家庭日記』(1938)にも登場してなかなか素敵かつ危うい夫婦っぷりを。

ブニュエルの『昇天峠』(見直したいなー)みたいだったらもっとおもしろくなったかも、ていう気もしたけど、そんな飛び道具はぜんぜんいらないのだった。 でもメキシコ時代のブニュエルと清水宏ってテーマのとりかたとか似てないこともないかも。洋画と日本画くらいの違いは当然のようにあるとしても。

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