1.13.2017

[film] Smoke (1995)

2016年の映画の締め、12月30日の午後、恵比寿で見ました。
Paul Austerの原作は読んでいない。 読んでいないけど、なんか90年代だよねえ、って。

1990年のBrooklyn(場所は16th Street and Prospect Park Westだって)で街角の小さいタバコ屋をやっているAuggie(Harvey Keitel)とそこに寄り集まってくる近所の人たちの過去とかしがらみとかいろんなのをタバコの煙がたゆたうように、それを放っておくように繋いでいく - 転がしたりひっくり返したり返ったり、感動の大波が寄せてきたり、ていうのはあんまなくて、それがどうした? て言いたくなるようなどうってことない景色とその構成が逆に不思議な風味を醸していて、その辺はPaul Austerの小説のかんじに近いかも。 「この世界の片隅に」?

登場人物の名前がついた5章 - “Paul” - “Rashid” - “Ruby”  - “Cyrus” - “Auggie” からできてて、それは妻を事故で失ってから書けなくなってしまった作家のPaul (William Hurt) のこととか、ぼーっと歩いていて轢かれそうだったPaulを救ったお礼で彼のアパートに居候することになるRashid (Harold Perrineau Jr.)が強盗の落とした大金を拾って、とか、昔Auggieを捨てて別の男に走ったRuby (Stockard Channing) がやってきて彼の娘だという女の子(Ashley Judd … わー)に会う、とか、昔Rashidの元から蒸発して山奥で自動車整備をしているCyrus (Forest Whitaker)とか、そしてAuggieは14年間毎日、交差点の同じ角、同じ時間にカメラのシャッターを押し続けていて、それはなんで?どういうことなの? とか。

人物のルックスだけを並べると地方の、アンダーグラウンドのギャング映画みたいなのだが、ずけずけがーがーしたやかましい人、むっきり強い人はひとりも出てこなくて、みんな何かしらどこかで傷ついたり弱ったりひねくれたりしていて、でも互いに支えあうから「人」、みたいな方にはいかずに、闇のなかで決して相容れない者同士が恐々 or だらだら横に並んでいるようなさまがよい、というかいとをかし、なの。 そういう意味で、ラストのAuggieの章 - 彼がカメラを手にすることになった盲目のおばあさんとのエピソードが全ての糸を掘り返して、そこに淡い光が当たって、そこにTom Waitsの”Innocent when you dream”が被さってくるの。

そして、きらきらゴミゴミしたManhattanではない、Brooklynローカルの通りの幅とか少しささくれた建物の並びとか騒音とかがまさにそういうドラマ - ていうか小噺の撚りあわせみたいの - に見事にはまっている。 しかもさらにデリでもダイナーでもない、あってもなくても誰も困らないようなタバコ屋、ていうところもまたよいかんじで。

この映画が最初に公開された当時のことは覚えているのだが、当時のBrooklynていうのは川向こうのほぼ外国だったのでぜんぜん興味の外だった。 BAM (Brooklyn Academy of Music)への行き帰りだって地下鉄なんて無理でBAMが手配した有料バスに揺られていったんだから、変わるもんだよねえ。

あんま関係ないけど、Forest Whitakerって義手とか義足が似合うな。そしてすーごく強いかすごく弱いかのどっちか。

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