4.14.2014

[film] To Be or Not to Be (1942)

5日の土曜日の夕方、シネマヴェーラの特集「ナチスと映画Ⅱ」のなかからの1本。
前日からの流れだと、Greenbergつながり、あとなんか元気になりたいなー、と。

「生きるべきか死ぬべきか」。

おおむかし、雑誌リュミエール(てのがあったの)が出したVHSで何回も見たし、シネセゾン(てのがあったの)のお披露目上映会でも見たし、米国でもルビッチ特集とかキャロル・ロンバード特集とかかかるつど絶対見てるし、これからも何度だって見るし。 戦争コメディで、舞台コメディで、お笑いシェイクスピアで、とにかくおもしろいの。 深いのかもしれないし浅いのかもしれないしどうでもいいけど、痛快でざまあみろ、なの。

冒頭の「ルビンスキ - クビンスキ - ロミンスキ - ロザンスキ & ポズナンスキ(一時期おぼえてた)」からなんだそりゃ、ておかしくて、とにかくそこはナチスが侵攻してくる前のワルシャワで、ヒトラーをおちょくった芝居をやろうとしている劇団があって、役者夫婦のマリア・トゥラ(Carole Lombard)とジョゼフ・トゥラ(Jack Benny)がいて、でもその芝居はナチスが来て取りやめになって、替わりにハムレットをやることになったのだが、夫ハムレットの”To Be or Not to Be”のところに来ると必ず席を立って出ていく青年将校(Robert Stack)がいて、どうもマリアと密会しているらしい。 それとは別に英国から来たナチスのスパイを巡ってマリアと劇団がナチスを相手にお芝居をふっかけて、でもあれこれあちこち引っかかってこんがらがって大変なことになるの。

とにかく狙ったところに相手が落ちてくれないので取り繕おうとした試みが更に別の誤解だの混乱だのを生んで、というスラップスティックの基本を恋愛と戦争とハムレットぜんぶいっぺんに適用しようとしたらなんだかできちゃった着地しちゃった、という。 しかもぜんぜんクラシックなかんじがなくて適当で。

とにかく「ハイル・ヒットラー!」とか「シュルツ!」とか「有名なアクターであるジョゼフ・トゥラ〜」とか、人の名前がでたところで必ず空振りしたりずっこけたり、ぜんぶそいつのせいになる。
体裁とか体面とか肩書きとか体制とか、くそくらえなの。

やっぱしキャロル・ロンバード最高だよねえ。 夫を入れて四角でも五画でも関係のまんなかでゆらゆら超然としてて、男に求められれば求められるほど輝いていって、でもつん、て顔してて。 ナチスをとっちめるにはこのクールな女王がひとりいればじゅうぶんだったんだ。
この映画が最後になってしまったのがつくづく信じられないねえ。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。