4.08.2014

[art] あなたの肖像―工藤哲巳回顧展

30日の日曜日、最終日になんとか、竹橋で。
ハイレッド・センターを見たら、こっちだって見ないわけにはいかないでしょ。

昨年MOMAで見た展示"Tokyo 1955–1970: A New Avant-Garde"でもハイレッドセンターと工藤哲巳はほぼどまんなかだったんだよ。(あとは横尾忠則と岡本太郎)

日本では20年ぶり、東京では初めての回顧展だという。
60年代初、「反芸術」のげーじつか、でありながらハイレッドセンターの行動と交わることはなくて、それは個々の作品を追っていけばわかる。

ひっぱる、むすぶ、つつむ、はかる、等々の行為を繰り広げることでソーシャルを引っ掻き回したハイレッド・センターに対して、アタマの皮一枚の向こう側でぶつぶつ泡をたてて燻る自我とか脳髄とか脊髄とか男根とか、そういうのを道端に転がして放置する工藤哲巳のブツ(オブジェというよかブツ)あれこれ。 あれだけ並んでいるとやっぱし圧巻でお腹いっぱいで、そしてそれを喜んで正面から受け容れたヨーロッパ、ていうのも相当なもんだよね、とか。

伝説の「インポ哲学」も、更に伝説の「インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生」- ひと部屋ぜんぶOccupy - も「あなたの肖像」シリーズも鋸山の脱皮も「イヨネスコの肖像」も、どれもこれも腐れて腐臭ぷんぷんで、触っただけでなんか感染しそうなかんじ。 ハイレッド・センターの怪しさはソーシャルな規範とか群衆のあいだの視線経由で機能するのに対し、工藤のはそこに転がっているだけで臭くて危険で、犬でも砂をかけて逃げるような、目をそむけたくなるやばさがひたひた。

しかも、これらのごろごろしたやつらは「あなたの肖像」で50年前から放射能でぬくぬく養殖されてきた繭なんだと。なんてすばらしいエコ。なんてかっこいい先取り。 これと比べたらYBAsの連中なんか金にまみれたクズだわ。

という具合になんだか妙に元気になってしまうのが不思議だった。
なんで子宮ではなく男根なのか、うんこではなくスパームなのか、とかいう根源的なもんだいはあるにせよ。


あと、常設コーナーにあった菊池芳文の「小雨ふる吉野」(1914) がすばらしく、今年の桜はこれでいいや、になった(結果的にそうなっちゃった)。
低気圧がひどく、頭のなかの幼虫が暴れだしたので映画は諦めて帰った。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。