8.17.2026

[film] The African Queen (1951)

8月8日、土曜日の昼、StrangerのJohn Huston特集で見ました。

ここしばらくは、HustonとWilderが続きそうな予感の夏。もうちょっと軽くしたいなー。

原作はC. S. Foresterの同名小説(1935)をJames AgeeとHustonが脚色している。撮影はJack Cardiff。Humphrey Bogartがオスカーの主演男優賞を獲ったアメリカ・イギリス合作映画。邦題は『アフリカの女王』。

1914年、ドイツ領東アフリカでメソジスト派の宣教師として暮らしながら統制不能な現地人に向かって布教をしているイギリス人Samuel (Robert Morley) と妹Rose (Katharine Hepburn)がいて、イギリスとドイツの間で戦争が勃発するとドイツ植民地軍が現れて村を焼き払って村人たちを連れ去って、これに抗議したSamuelは殴られて倒れた後、高熱であっさりと亡くなってしまう。

小型蒸気船”The African Queen”を使って現地への配達屋をしていたCharlie Allnut (Humphrey Bogart)はSamuelの埋葬を手伝うと、周辺の情勢が危なくなっていくばかりなので、RoseをAfrican Queen号に乗せて一緒に出ていくことにする。

イギリス人とカナダ人のふたりの間には一目瞭然の階級とか国とかそれに対する意識(と外見でも)の段差があり、でもこういう状況なので同じ側にいる敵ではない、ドイツ軍憎し、という最低線だけは合意してそれ以上はそれぞれのゾーンをキープしようとする。 のだが小さな蒸気船と川の激流とアフリカの野生とドイツ軍が容赦なく襲ってきてふたりの脳を強めにシェイクして、あるべき出立ちや振る舞いをばらばらと解して、なにかと酒に溺れて逃げるCharlie vs. それを諫めつつタンクに火薬詰めてドイツ軍にお見舞いしたれ、とかめちゃくちゃ言いだすRoseという構図に変わっていく。

でもこの映画の最大の魅力はそんなふたりの荒れた旅/冒険の行く末を追う - というところにはなく、傍若無人なCharlieや自然に洗われて自身を取り戻す、というよりもっと強く - 殻を取り払って美しくなって - この言い方には注意が必要だと思うが - どう見ても強くかっこよくなっていくRoseの変容、蒸気船「アフリカの女王」がばらばらにされた後、新たな女王として蘇り即位するまでのRoseのお話し、女性映画なのだと思う。

Humphrey Bogartにオスカーをあげたのはぼろぼろになるまで小姓としてよくがんばりましたね、ていう程度のことだったのではないか。ヘミングウェイ的な男らしさを狙ったのかもしれないが、結果的に際立って前にくるのはKatharine Hepburnの”Holiday” (1938)の彼女が大きくなったようなイメージかも(設定はイギリス人になったけど)。

船底の様子を見た後、川の表面から鳥のように細い片脚を上に持ちあげ船の縁に引っかけて這いあがろうとするあのぴーんと張った脚の動きがバレエのように見事で素敵で何度も見たくなってしまうのだが、あそこで脱皮のようなことが起こったのではないか。

最後のあれも、くるぞくるぞ、ってわかっているし、めちゃくちゃスローなのに何度見てもわくわくする、SWの痛快さと同じようなのがある。のと、「ルイーゼ王妃号」だからなんだってんだ、こちとらボロいけど「アフリカの女王」なんだぞ、っていう気高さのようなものも保たれてつつのどかーんが素敵なの。

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