4.20.2026

[film] Caught (1949) - etc.

3月31日に帰国して、4月3日の金曜日に帰国後最初のライブに行って、4月4日の土曜日に帰国後最初の映画を見た。割とゆっくりめだが、この先はゆるゆると老いて腐っていくだけなので焦らずに見たいものを粛々と見ていくの。

そういう時は、CMも予告も入らないシネマヴェーラと神保町シアターと国立映画アーカイブは(あとラピュタも?)が救いで、とにかくここに駆けこんで暗闇にうずくまって何本か見ること。 日本の映画館のCMと予告って、なんであんなにぐったりさせられるものが多いのだろう。 CM予告は英国のシネコンにもあるけど、日本のほどストレスを感じさせるものではない(言葉だけではない気がする)。

とにかくそんな時に、シネマヴェーラの特集 - 『映画は女で作られる マックス・オフュルス特集』ほどうまくゆるく嵌って救ってくれるものはないの。

Caught (1949)  - 魅せられて

4月4日、土曜日の昼に見ました。
見たことないと思っていたが、最初の雑誌をめくっているシーンで、あ、ってわかる(映画のタイトルは憶えられないがファーストシーンだけは憶えているタイプ)。

原作はLibbie Blockの小説”Wild Calendar” (1945)、これをArthur Laurentsが脚色している。
モデルをしながら花嫁修業学校に通い、玉の輿を夢みるLeonora (Barbara Bel Geddes)が押しつけられたパーティ券でビリオネアのSmith Ohlrig (Robert Ryan)と出会う。セラピストとのセッションで君に結婚は無理だ、と言われてムカついていたOhlrigはそれへの反発でLeonoraにプロポーズして結婚してやって、ふたりにとってwin-win関係のはずだったのだが、夫はとてつもないDV野郎だった… (現代用語がわかりやすく簡単にはまってしまう)

ロングアイランドの豪邸を飛び出した彼女は境遇を隠してダウンタウンの貧しい地区で小児科医をやっているLarry Quinada (James Mason)の医院で事務のバイトを始めて、最初は怒られてばかりだったが努力してQuinadaとも仲良くなっていって、他方でOhlrigはLeonoraの居場所をつきとめて連れ戻し、Leonoraの正体を知ったQuinadaもロングアイランドに向かうのだが、そのとき彼女は妊娠していて…

ちっとも古くない、こてこてどろどろ、英米を代表する粘着パラノイア系男優が激突する、怪獣映画みたいなサイコメロドラマで自分の身とは一切関係ないので安心して見ていられる。Robert RyanとJames Masonが延々罵りあい殴りあうところをもっともっと見たかった。


Le Plaisir (1952)  - 快楽

4月5日、日曜日の昼に見ました。
英語題は”House of Pleasure”。原作はモーパッサンの短編3つ - "Le Masque" (1889), "La Maison Tellier" (1881), "Le Modèle" (1883)をもとにした3つのエピソード。これもやはり見たことがあるやつだった。邦題がシンプルすぎるのがよくないと思うの。

Le Masque
ダンスホールで仮面を被って踊っていた男が具合悪くなって倒れて、そこにいた医師も一緒に彼の自宅までついてきてもらう。仮面を外した男はよれよれの老人で、家にいた老妻は昔はこれでもプレイボーイでしたの、って語るの。酸欠で死にそうになるまで仮面をして繕ってモテようとする男性の悲哀が妻の口から語られて、いろいろしょうもない。

La Maison Tellier
小さな海辺の町で、その町の男たちみんなが通うJulia Tellier (Madeleine Renaud)の娼館があって、ある晩から突然休業になってしまったようなので行き場を失った男たちはぶつくさ言い合うのだが、彼女は従業員たちを連れて姪の初聖体拝領式に出席するため列車で田舎に向かっていた。田舎の駅で一行を迎えたJuliaの兄Joseph (Jean Gabin)はそのなかにいたRosa (Danielle Darrieux)に夢中になるし、村人は派手でおおらかな女性たちにびっくりなのだが、メインはあくまで聖体拝領式で、その時はみんなでしみじみ聖なる何かに感動して、一行が再び町に戻ると、男性たちも大喜びで戻ってくるのだった。

Le Modèle
若い画家とモデル(Simone Simon)が恋におちて、一緒に暮らして将来を誓いあうのだが、やがて画家の心は離れて友人の家に身を寄せてしまう。そこにやってきた彼女は飛びおりる!っていって本当に飛びおりちゃって、後悔した画家はずっと車椅子の彼女の面倒を見ることになる。

若い頃の画家が絵を売りにいったサロンに、こないだオルセーで見たルノワールがあった、気がした。

最初のエピソードは老いた男性を女性が見ている話しで、最後のそれは動けなくなった女性を男性が見ている話しで、どちらも若い頃からの業を引き摺っていて、その中間のエピソードでは、聖体拝領式以降の色恋が盛っていくもようを描いていて、タイトルは「快楽」。誰ひとり悪くない。 死は見え隠れしているけど、ここにはいない。


Madame de... (1953)  - たそがれの女心

4月6日、月曜日の晩に見ました。 これはさすがに見たことあった。

原作はLouise de Vilmorinの同名小説(1951)。
ベル・エポック時代のパリに関係の冷めきった夫婦 – Louise (Danielle Darrieux)と伯爵で軍の将軍でもあるAndre (Charles Boyer)がいて、遊びすぎて金がなくなったLouiseが夫から貰ったイヤリングを売ったら、それが宝石商~夫~夫の愛人を介してコンスタンティノープルまでいって、それを手に入れたイタリアの外交官であるDonati男爵(Vittorio De Sica)とLouiseとの出会いを経てぐるっと戻ってくるのだが、その軌跡が決闘沙汰にまで繋がっていく。

「呪いのイヤリング」と言いたくなるところだが、中心にいるのは自身の苗字を言えずに”...”となってしまう彼女の祈りと苦しみ、その悲劇、あとは将軍のクズっぷりと。

上の“Le Plaisir”が、死に向かう一歩手前までを描いているとするなら、こちらは死につながるチェーン(リング)に託された何かを映しだして、どっちにしても楽なことはない。なのになんで人は恋におちてしまうのか、など。

4.19.2026

[film] ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。(2026)

4月9日、木曜日の晩、TOHOシネマズ日本橋で見ました。
暇な老人たちがみんなこれを見てなんか振り返ったり語ったりしているようなのでー。

原作は写真家、地引雄一の自伝的エッセイ『ストリート・キングダム 東京パンク / インディーズ・シーンの記録』(1986)、監督は田口トモロヲ、脚本は宮藤官九郎、音楽は大友良英で、70年代後半の「東京ロッカーズ」を中心とした東京の「パンク」シーンの立ち上がりのようなところを、その場に居合わせて出会ったり記録したりしていく「ちゃんとした」人 - 写真を撮るユーイチ(峯田和伸)の目を通して綴っていく。

映画としては可もなく不可もなく、ちょっと社会の本流から外れたところに潜む危なそうなやばそうなテーマや人々をおもしろおかしいアンサンブルの人情噺に、うまく(NHKぽく)まとめていると思った。130分は長いけどそれだけ多くのバンドや集まっていた人たちをカバーしようとした結果だし、キャストもちゃんとしているようだし(知らない人たちばかりだったが)。

“Based on true events”なので、出てくるバンドや人物にはモデルがいて、わかる人にはすぐそれと特定できるようになっていて、そういうのも含めて幹になっているストーリーやメッセージのところは崩しようがないし強いし、その上であれはあんなんじゃなかった、とかあんなのもいたよあったよ、って当時を知る人たちが周りでいろんなことを語ったりしている。

映画は冒頭、80年代初、学祭でのスターリンのライブの狼藉を描いてそこに居合わせた主人公が、なんでここまでこんなことに… って回想をはじめる。70年代終わりの日本の田舎で、Sex Pistolsを聞いてこれだパンクだ! って東京に出てきてリザードのライブで開眼して、彼らの写真を撮り始めると、その流れで東京ロッカーズのシーンと出会って、いろんなことが起こっていく。

Sex Pistolsを聞いてすげー、ってなる辺りは同じだしわかるけど、それで走りだして東京に行って、リザードでおおってなるのはどうなのか? でそこから先はあまりよくわからなかったかも。はじめの頃のリザードのライブは凄かったのだ、と言われたらそうだったんですね、しかなくてそれで終わりになる。

自分にとってのパンクはまず音で、言葉なんてどうでもよくて、あの当時の日本のそれは音としてぜんぜん響いて来なかったし、「東京ロッカーズ」なんて、そんなふうなラベルを貼ってる時点で、バンドたちでわらわら寄って集っている時点でそんなのパンクでもなんでもないじゃん、て思った。ライブに通ってのめり込むにしても、東京に出てチケットを買う、それを繰り返す余裕なんてなかったし、その反対側で聴かれるのを待っている音、読まなければいけない本はいっぱい積まれていたし、歌詞のことを言うならAmnesty International Reportをそのまま曲にのせたThe Pop Groupの方に惹かれて、異文化にある彼らがどういう文脈で、どこに針を通してなにをパンクさせようとしたのか、まずそっちだったし。

あとは全体に漂うださいかんじ。「東京ロッカーズ」にしても少し後の「めんたいロック」にしても、なんでそんなふうにわざわざださくするの? 売るためのラベルなの? だったし、そこにいる人たち、みーんな揃ってずーっとタバコ吸ってて煙いしすぐアルコールに行くし、そんなのにお金と時間を使いたくなかったのよね。

最後にはアケミの言うように『自分の音を鳴らせ』で、それが正しいのかもしれないが、自分の音なんてそう簡単に見つかるものではないので、ずっと旅を続けているわけだし、そこに終着点があるとも思えないのだが、なんでそこに「キングダム」なんてものを持ちだす必要があるのか。”No Future”ではなかったのか。

いまの推し活とか承認欲求の話にまで繋がる、という話も出てきたところで、あーこれはやっぱり自分とはぜんぜん関係ない宇宙の話しだったかも、と思った。

それでもパンクはあったし、あるから。

4.17.2026

[music] Hey Mercedes, etc.

ここから日本に帰国後に見たものを書いていく。のだが、いまに至るまでずっとへろへろの状態なので記憶が薄れかけたり欠けたりしているものもある、ことがわかった。

Hey Mercedes

4月3日、金曜日の晩、西永福JAMで見ました。
体力との相談もあったので当日券で、西永福ってどこ?とかぶつぶつ言いながら現地に着いて、ああまたドリンク代を強制徴収される変なシステムの日々が始まるんだわ、って憮然としつつとりあえず。

Hey Mercedesを最初に見たのは2001年のNY(911が起こる前)、“Bleed American”を出してブレークするのが誰が見たって明らかだったJimmy Eat Worldの前座で、前座ではあったが彼らはものすごくよくて、その記憶を持って数年後に手にした“Loses Control” (2003)は名盤で、今回のツアーでもオープニングで演奏される"Quality Revenge at Last"は、たまにいまだに頭の奥で鳴り響くことがある。

演奏はところどころよたったりしていたが、メロと骨格が確りしているギターバンドだし、こちらの疲労倦怠に寄り添ってくれて気持ちよかった。今だと「エモ」に分類されてしまうのかもしれないが、Jimmy Eat Worldもそうだったけど、当時はふつうにハードコア/オルタナの流れに置かれていたよね – って誰に確認してよいのかわかんないけど。


Pearl Jam: Let's Play Two (2017)

4月4日、土曜日の夕方、新宿の109シネマズで見ました。4000円… ポップコーンがついていたらしいが、そんなのいらない。 ここはやはりクラッカージャックを出すべきだった。

Eddie Vedderの来日記念(ああ20日いけないよう…)の、Pearl Jamのライブドキュメンタリーフィルム(同名のアルバムもリリースされている)。前日のライブハウスに続いての目を覚まさなきゃいかんシリーズ。 Pearl Jamのこういうのなら絶対安全確実なので。

2016年、MLBのChicago Cubsが71年ぶりにNational Leagueのチャンピオンとなり、108年ぶりにWorld Seriesの勝者となった、その年の8月20日と22日にWrigley Fieldで行われたライブを記録編集したもの。フィルムだとライブの進行とCubsの躍進が並行して進んでいって、チームの優勝の様子とライブが重ねられているように見えるが、時系列としては別でライブの方が先 – というのは見た後で気付いた。

バンドのライブフィルムというよりは、Chicago Cubsの呪いも込みの苦難の歴史と幼い頃からの球団のファンであるEddie Vedderのチームとベースボールに捧げる思いが綴られ、その強い思いが歌となって球場をまるごと揺さぶっていくさまが感動的に描かれている。それはライブの感動とはまた別の、日本にもそういう人はいるけど、野球に人生をやられてしまった人のそれで、そういうのも含めての”Let’s Play Two”だと思ったのだが、自分は野球とかスポーツにやられたことがないので、「別の」ではないのかもしれない - ぜんぶひとつに繋がっているのかもしれない、とか。

ライブの合間にCubsの野球やファンのエピソードが挟まっていくので、歌と演奏に引っ張られてのめり込んでいくタイプのライブ・フィルムではないのだが、ワールドシリーズの大逆転の盛りあがりとEddieの個人史が重ねられていくことでPearl Jamの曲の揺るぎないパワーが際立つ - “Given to Fly”とか - そういう構成になっていたような。 で、やっぱり彼らのライブに行きたくなる。


J. Robbins

4月13日、月曜日の晩、今回の彼のライブの最終日に新代田Feverで見ました。
自分も帰国して2週間が経ったので、もうリカバーできているだろう、と思うのはあまい。ぜんぜんだめだわ。

開演時間は18:30、とあって、こういうのはふざけんな、って20:00くらいに行くのがふつうなのだが、今回はオープニングがtoddleなのであればしょうがない。新代田にどうやって行くのか、とかで少し迷ったりして着いたら少し始まっていた。 

これで何度目になるのか知らんが、とにかくtoddleは自分にとっては特別で、あのギターの絡みって世界一だと思う。
そしてこれに続くDirt CopyもStorm of Voidもそれぞれまったく異なる粒度硬度のやかましさで圧してきてすばらしい。
Dirt CopyはNAHTのひとのだったのかー、って気付いた途端にいろいろななつかしさがー。

最初の3バンドのすべててんでばらばらの鳴り、ルックスもチューニングもアンプもぜんぶ違うありようが素敵ったらなくて、J.Robbinsの、あの3ピースのシンプルでシャープな佇まいがフロアの人々も含めて包摂する、音の指向とは真逆のすばらしくきちんとばらけてて、でもそれがマイナスにならない、理想的な雰囲気に満ちたライブだった。

そういうなかで最後止まらなくなってあと一曲、を何度も繰り返しつつがりがり鳴らしていくJのギターが最後まで残って、それはもうFugaziのそれと同じく自分にとっては空気と同じようなものだと。(ないと死んじゃう)

Jawboxとの最初の出会いは、1994年、MTVが深夜にやっていた“120 Minutes”っていう番組で、そこで"Savory"を聴いて、翌日の会社の帰りに“For Your Own Special Sweetheart”のCDを買って帰った。この頃の新しい音って、ほぼそうやって手に入れていたねえ。

それにしてもー、Hey Mercedesは25年前、J.Robbinsは30年前の出会いになるのかー。
こんなことになるとはねえー..

でもやっぱり3時間を超えて立っているのはつらい。 老人にもやさしいライブスペースを作ってほしい。

4.16.2026

[log] London - others part 3

ロンドンの最後の方に見てまだ書いていなかったやつなど。これで終わり。

Orwell: 2+2=5 (2025)

3月29日、日曜日の晩、Barbican Cinemaで見ました。

これがロンドンで見た最後の映画で、ふつうの新作はいろいろありすぎて決められず、BFIではFlareの映画祭でそれどころじゃなさそうだし、この辺になった。映画については見ようと思えばどこでも、の感覚があるのでー。

制作、監督、脚本はJames Baldwinのドキュメンタリー”I Am Not Your Negro” (2016)のRaoul Peck。 Damian LewisがGeore Orwellの声を含めたナレーションをやっている。

George Orwellの小説“Nineteen Eighty-Four” / “1984” (1949)を執筆した当時のOrwell自身についてのドキュメンタリーと、何度か映画化されてきた小説の大枠の紹介と、その内容が予言していた現代の独裁者(いっぱいいる)、飼いならされてしまう官僚や市民たち、そのツールとしてのAIの台頭などについて、そんなに緻密に追っているようには見えないのに、あまりに今にフィットしていて戦慄、のさまを並べていく。タイトルの”2+2=5”は、上が「2+2=5だ」って言ったらそれは2+2=5になるのだ、なるよな? という管理統制の理不尽を示す例で、いまやシャレでもなんでもなくなっていることは衆知のとおり。

George Orwellって、日本では”1984”と“Animal Farm”くらいのイメージだと思うが、英国ではそれに留まらない幅広い著作がある国民的な作家であることをペンギン古書収集活動で知ったりしたのだが、幼少期の彼やビルマで警察官をしていた頃のこと、晩年のジュラ島での生活のことなども含めて紹介されると、改めて取組みたくなるのと、繰り返し挿入される過去の”1984”の映画化作品で主人公のWinston Smithを演じたPeter CushingやJohn Hurtの像と、お話しとしての怖さ – ここの怖さやばさって、相当普遍的なものになっている気がするのだが、それなのになんで? というのがぞわぞわ来て、ああ”2+2=5”をソフトに強要されて誰もなんとも思わないあの国のあの社会に戻されるんだわ、って改めてうんざりぐったりした。


Michaelina Wautier

3月29日、日曜日の午後、Royal Academy of Artsで見ました。

2020年にNational Galleryで企画展示が組まれたArtemisia Gentileschi (1593-1652)と同時代を生きたベルギー(当時スペイン領)の女性画家Michaelina Wautier (1614–1689)の特集企画。Artemisiaがそうだったように、絵描きとしての技量が優れていたが故に作品が家族の男性(Artemisiaの場合は父、Michaelinaの場合は兄)に帰属するものとされてしまい、結果として美術史のなかに埋もれていた、という。 ほかにもこんな女性たちがどれだけあるのか、って思うが、とにかくこうして見れるだけでも。

この時期の絵画の技術的な巧い下手はわからないのだが、並んでいる肖像画も話題になっている”The Triumph of Bacchus” (1655–59)も絵としての迫力は十分で、これなら男性作家の間に埋められてしまうの無理ないかも、とか、他方で肖像画の髪の膨らんだかんじとか表情の柔らかさは、やはり女性のそれかも、とか。いやそんなことより男性・女性ではなく、Michaelina Wautierという画家との出会いを歓ぼうではないか、って言いたくなった。

Rose Wylie The Picture Comes First

上でMichaelina Wautierを見た後に、2回めのRose Wylieを見る。

彼女と最初に出会ったのは2018年、Serpentine Sackler Galleryでの”Rose Wylie: Quack Quack”で、後で図録を取り寄せるくらい好きになって、昨年、ベルンの Zentrum Paul Kleeでの”Rose Wylie. Flick and Float”で再会して、今回が3度目。何度見てもなんとも言えずすばらしい後ろ頭の魔法。

Royal Academyの1回めに見にきた時に、限定でサイン入り図録を売っていたのを入手できたのは嬉しかった。


Fairy Tales

3月30日、月曜日のお昼にBritish Libraryで見ました。

British Libraryが”Fairy Tales”をテーマにした企画展示をやるのであれば、古今東西、少なくともイングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの辺りのいろんな収蔵資料をざーっと並べてめくるめく多層多重世界のパノラマを見せてくれるに違いない、って期待して行ったら、子供と親向けに見て楽しんでもらう体験型のアトラクションに近いやつだった。 アリスとかアラジンとか竜とか魔物、それなりのスターたちと元の文献などは揃って展示されているのだが、それよりも着せ替えしたり潜りこんだり隠れたり杖を振り回したり、童話やおとぎ話の世界はこういうもんなんだよ、っていうのを一通り体験できるようになっていて、大人も子供も遊園地のように楽しんでいて、彼らにとっては遊園地だろうが、自分にとってはまるで動物園だった。

その晩に地獄に向かって飛びたつことがわかっていたので、最後にせめてファンタジーを、と思ったアテは外れて、場内にはやかましいのに疲れた人はここから抜けれます、の矢印もあったりして、そこまではしなかったけどちょっと残念だった。


最後のお買い物(でっかいの)はふたつ。どちらも古書で、古書と言っても手が届かないすごいのではないし、収集家のひとから見たらどうってことないやつなのだろうが、自分が持っているなかでは一番高価なやつでどうしようか3ヶ月くらい考えていた。 これらを含む6冊くらいの宝物は船荷には乗せずに手持ちで運んで、まだ包みを解いていない。中で腐ったりしていませんようにー。

4.15.2026

[log] London - others part 2

ロンドンの最後の日々 – でないものも含まれるが - に見たあれこれを。

Turner & Constable (2026)

3月22日、日曜日の晩、CurzonのVictoriaで見ました。
Tate Britainでの展覧会 – “Turner & Constable”の展示内容を補足してくれるドキュメンタリー映画。
どこのどなたがやっているのか知らないが、Tateとかで大きな展覧会があると、”Exhibition on Screen”という展示内容を補足してくれる1.5時間くらいのドキュメンタリーが作られて、映画館でもものすごく限定で公開されたりする – たぶんどこかの配信だとずっと見れるのかも。(日本だと日曜美術館?)

1775年生まれのターナーと1776年生まれのコンスタブル、Royal Academy of Artからほぼ同時期に世に出た19世紀初の英国風景画の巨匠、互いを意識していたに違いない同時代のふたりの作風や表象の共通点や相違をキュレーターや現代のアーティストが明らかにしていく。

展覧会の構成に沿って、最初のコーナーにあるふたりの若い頃の自画像から入って、ふたりの絵画の明らかに異なる点を強調した後に、それぞれの意匠が時代を経てどう変わって、違っていったのかを追っていく。

時代背景のようなところでは、ナポレオン戦争によってヨーロッパ、特に18世紀のグランドツアーが廃止されたことで、イギリス国内の風景に向かわざるを得なかった、それがふたりの初期の作風や方法論に影響を与えた、というキュレーターによる指摘が興味深かった。それでも、それにしてもあんなふうに違ってくるものなのかー。

これを見た上で、3/22にもう一回、Tate Britainに行って実際の展示を見たのだが、改めてコンスタブルの画面手前の傷と奥に広がっていく遠さ、ターナーの渦を巻く黄色について確かめた。


Tracey Emin - A Second Life

3月22日、Tate Modernで見ました。
新国立美術館のYBA展でも(たぶん)取りあげられているTracey Eminの回顧展。

ロンドンの美術館やギャラリーを回っていると、彼女の作品は本当にいろんな場所、テーマの企画でちょこちょこ見ることができて、どれも傷だらけのぐちゃぐちゃで痛ましいなー、と思いつつ、そんな痛みこそが彼女の作品のコアにあることはわかっていたので、今回の回顧もそれらに晒されたしんどいものになるのかも、と思っていたらそんなでもなかった。

若い頃のどろぐしゃの恋愛遍歴から中絶、がんの宣告〜治療まで自分の身体に起こったことすべてを曝け出してぶちまけるデッサン、手紙、映像、キルト、血だらけだったりほぼゴミだったりのオブジェ、散らかりまくりの部屋、そして絵画まで、ハッピーで穏やかに眺めていられる作品はほぼなく、彼女の身に降りかかった困難や苦悩に引き摺りこまれ匂いを嗅がされるような。でも他方で、それらを離れて眺めているような感覚 – それは彼女が自身に向きあっているそれでもあるような – があって、タイトルである”A Second Life”というピンクの流線形のネオンと共に、次のステージが見えてくるようだった。

90年代の、誰もが「リアル」であろうとして、べったり共時の共感を求めてきたあのうっとおしい時代を抜けてここまで来た、来させたもの、それに要した時間ってなんだったのか、ということを改めて考えたり。


Lucian Freud: Drawing into Painting

2月14日、National Portrait Galleryで見ていたやつ。

Lucian Freudの、精緻にみっしり描きこまれた肉の絵画(Painting)、その中心にあるいろんな人物の描写、構成は、どんなスケッチ、デッサン、落書き等から出来あがっていったのかを見ていく。幼少期のクレヨン画から美術館の古典絵画を模写したものまで、彼の創作のプロセス、その秘密を知る、という点では興味深いのだが、そんなに明確にBefore → Afterが示されているわけではないので、ドローイングはドローイングで雑多でおもしろく、絵画は絵画でブリリアント、でしかなかったりするのが少し残念だったかも。あと、Guardian紙のレビューにもあったように、Freudにしてはそんなにすごい絵が並べられているわけではない、というところもちょっと惜しいかも。 Freudの熱狂的なファンなら別かもしれないけど。


Catherine Opie: To Be Seen


3月30日の昼、帰国する前にNational Portrait Galleryで見ました。

アメリカの写真家Catherine Opie (1961-)の肖像写真を中心とした、イギリスでは初となる規模の企画展示。

90年代以降に撮られた陰影強め、皺や傷跡、タトゥーもはっきり深く濃く定着させる絵画の強さをもった肖像写真たちで、被写体は自分の家族や友人、ロスのクィアコミュニティやサーファー、アウトサイダーたち、彼女自身の丸い大きな背中に彫られた、子供の描いた家族の絵 – 彫り傷で血が滲んでいる “Self-Portrait/Cutting” (1993)も。彼らははぐれ者ではなく、写真の中心に、”To Be Seen” - 「見られるべき者たち」 として堂々とそこにいて、像をつくる。ダイバーシティなんて当たり前のことなのに、と明確には訴えていないがトランプ政権に対する批判として写真が、というよりそこに映りこんだ人々が強く語りかけてくるような。

写真家として彼らにできることって何かあるのか、と問いながら写真の可能性を掘っていくような。


ここでまた切る。あとひとつくらい書けるかしらん。

4.14.2026

[log] London - others part 1

ここからしばらくはロンドン最後の方の日々で見て、ぜんぜん or 十分書けていなかったのを並べていきたい。

Schiaparelli: Fashion Becomes Art

V&Aで3月28日から始まった展示で、3/29の土曜日に見てきました。 Elsa Schiaparelli (1890-1973)の回顧展。

ダリやコクトー、ピカソやリー・ミラーといった同時代のアーティストとのコラボ、ロブスターや電話機や骸骨やいろんな動物たちを服やアクセサリーに織り込んで服飾をアートやオブジェの域まで高めた、自分にとってはデザイナーというよりはアーティストに近いイメージの人で、見どころもその辺になるのか。アクセサリーやアーカイブも含めて約400点が出ている。 展示の後半には今のSchiaparelliのCreative DesignerのDaniel Roseberryによるブランドの現在をうまく散りばめて、死んでいないのだアピールもあったり。

イタリアに生まれ、20代でロンドンに来て、30代で20~30年代のパリに移り住んで、ライバルとなるCoco Chanelと出会い..  展示ではあの時代のパリの空気感が充満する前半がすばらしいのと、彼女の服を身に着けた映画スターたち – Katherine Hepburn, Marlene Dietrich, Joan Crawford, Josephine Baker, Diana Vreelandらの肖像がたまらない。あの時代の彼女たちが着ていた、という強さ。

前の日に見た”The Antwerp Six”の対極にあるようで、Coco Chanelがやったことと並んで、これもまた革命のようなものだったのかもしれない、とか。MET Galaを始め、レッドカーペットでの奇抜さを競うあれらの素地を作った、という功績。これらって作る人、着る人は楽しそうで、見る側はよくもまあ、とか着るの面倒くさそうだな、になって、そんな風に見る - 常に纏うファッションと飾るアートの境界を考える/考えさせるような形でのファッションのありようを作った人、ということでよいのか。


Seurat and the Sea

3月22日、Courtauld Galleryで見ました。

Georges Seurat (1859-1891)は、『グランド・ジャット島の日曜日の午後』 - “A Sunday Afternoon on the Island of La Grande Jatte” (1884-1886)の、あのでっかいやつ一枚で十分と思っていたのだが、昨年9月のNational Galleryでの企画展 - “Radical Harmony - Helene Kröller-Müller's Neo-Impressionists”がすばらしく、少し認識が変わって、点描というスタイルは結構すごいのでは、って思った。

そういう流れを受けての、Seuratが描いた海、海辺の絵を集めた展示。
Seuratは31歳の若さで亡くなるまでに45点の絵画を描いていて、ここではそのうち英仏海峡の海を描いた風景画 - 23点の油彩と3点の素描が展示されている。 こうやって並べられているものを見ていくと、ポストも含めた印象派とは全く異なる視角で光や知覚に関わる可能性を追求していたことがわかる。光やモノが網膜上に置かれるその「印象」ではなく、物理的な質量感やそれを構成する粒粒として迫ってくるその力学を追っていたということが、岸壁や海面の隆起や反射と共に見えてくる。 それは印象派の「印象」としてざっと一瞬で把握できるものではなく、じーっと見ていると静かに波打つように形作ってくるようにやってきて、そんなふうに海が迫ってくるさまが圧倒的で、わーって。

時間があったらもう一回見に行きたかったのだがー。


A View of One’s Own: Landscapes by British Women Artists, 1760-1860

Courtauld Galleryの小さな展示室でやっていた小企画。
今年はTate Britainでの”Turner & Constable - Rivals & Originals”という、なかなかすごい、歴史に残るような展覧会が開かれた年でもあったが、こういう展示もあってよいの。

18世紀から19世紀にかけて、男性画家ばかりが風景画を描いていた頃、同様に風景画を追求していた女性画家もいて、そんな10人を紹介している。油彩の大きな絵はなくて、サイズも小さめの水彩画、ペン画、素描が中心だが、どれも素敵。荒ぶる自然のなかにあって迫ってくる風景、というよりは穏やかで虹が出ていたり、楽園のような広がり - 迫ってくるというより奥に広がっていく - のなかにあって、そうだよなー、っていうのと、作品がずっと息子のものとされていてこないだ改めて発見された(ひどい話)Elizabeth Battyとか。


ここで一旦きる。 だらだら書いていこう。
 

4.13.2026

[log] Antwerp - Mar 28 2026

3月28日、土曜日に日帰りでアントワープに行ってきました。

本帰国の前々日になーにをやっているのか、なのだが、最初、たしか1月中旬頃に”The Antwerp Six”の企画展示がある、というのを見て、あー行きたいなーってなり、でも開始日は3月27日からで、もし行けるとしたら28の土曜日だけよね、ところでEurostarだったらどんなふう? って時間と値段(変動する)を見てみたらそんな高くなかったので、えいっ、て取っちゃって、後で展覧会のチケットも取って、どうしてもだめだったらしょうがない、にしておいたら結果どうにかなった。

不安要素は、Eurostarでブリュッセルまで行って、そこから約1時間、電車でアントワープに向かうのだが、週末の電車は平気で遅延やキャンセルが起こるので、たどり着けない戻れないの事態になることだった。例えば戻りのEurostarに乗れなくなって現地一泊とかになったらまじでとってもやばい。(だからふつうの子はそんなことしないのね)

アントワープは2度目で、前回はアムステルダムから行って大聖堂とか主なところは行っていた、と思っていたのだが結果としてはやっぱり足らないかんじになったかも。

The Antwerp Six @ MoMu - ModeMuseum Antwerpen

昼の12:00のチケットを取っていて、Eurostar →電車→メトロと乗り継いで到着したのは12:15くらいだった。よかった。

アントワープ王立芸術学院のファッション学科で学んでいた6人が1986年のBritish Designer Showでインターナショナルデビューをしてその名で呼ばれるようになってから40周年を記念した、アントワープでは初となる彼らの、グループとして、というより各デザイナー全員を束ねた回顧展。今みたいにファストファッション/ハイブランドの両極のビジネス軸でしかファッションが語られなくなるより前、80年代のロンドンを向いた若者の誰も彼もがカラスの真っ黒ばっかりだった時代にThe Antwerp Sixとして、あるいはデザイナー個人の名で呼ばれた彼らは、革命などは起こさなかったのかもしれないが、とにかくかっこよかった。 あの時代にかっこいいー、って言われるのって、本当にかっこよかったんだからね。 というのが個人的な概観。

最初の方のコーナーには、ものすごくでっかいファッション年表とその頃流行ったもの、などがべたべたかつ詳細に網羅されていて、追っていったら軽く1時間使いそうだったので、この時点で図録購入をなんとなく決めて先に。

時代を概観したあとで、6人個々の展示コーナーを順に巡っていくかんじ。
Dirk Bikkembergs(スポーツ中心のメンズ)→ Walter Van Beirendonck(かわいい) → Dirk Van Saene(ぐるぐる回っていくコンベアー仕掛け)→ Dries Van Noten(やっぱりすごい)→ Marina Yee(ファッションではなく、彼女が暮らしていた部屋の再現。ちょっとしんみり) → Ann Demeulemeester(やっぱりかっこいい)、など。

よくもわるくも統一感ゼロでばらけていて、そりゃそうだろうなーになるのだが、やはり際立ったのはDries Van NotenとAnn Demeulemeesterのクラシックの風格とはまた違う、永遠のモダーンとしか言いようのない輝きなのだった。あの当時の音がいつ聴いてもいつまでも古くならないのと同じような艶と鋭さと。

始まって2日目だったせいかものすごく混んでいたが、時間に余裕のある人は1日たっぷりいられるのではないか。

図録は€70で結構重くて、船荷を出した後なのでこれを日本まで持って帰るんだぞそれでよいのか?(って後になって思った)のだが買っちゃった… (いま、ビニール剥がしてない状態で床に転がっている)

他の企画展示として、パレスチナの民族衣装を並べた”Embroidering Palestine”があった。軍服ではなく、女性や子供たちの服。こんなに素敵な布や服、これらを纏って継いできた文化のある人々を… って改めて。

そして常設展示コーナーの充実ぶりも見事だった。徒に時代を遡らず地域を広げず、現代ヨーロッパを中心としたテーマ別展示のシャープなこと。

お昼はお芋のフライをかっこんで(ここのフライはなんでおいしいの?)から、美術館ふたつ。


Koninklijk Museum voor Schone Kunsten Antwerpen

アントワープ王立美術館。前回来た時は改装中だったのか、今回が初めて。MoMuから20分くらい歩いた。
モダンサイドと古典サイドがあって、最初にJames Ensor作品が並ぶモダンの方から入って上に昇って、しかしどういう設計なのか階段だらけでなかなか古典の方にいけず消耗した。あんな入り組んだ構造、美術館にはいらないー。

古典サイドは、Rubensの諸作はもちろん、Jan van Eyck『泉の聖母』 (1439)とかJean Fouquet 『聖母子と天使たち』(1452)とか、冷たいんだかあったかいんだかわからない聖母や天使がうじゃうじゃいてたまらなかった。


Museum Plantin-Moretus

王立美術館から再び20分歩いてプランタン=モレトゥス博物館。

16世紀の出版業者クリストフ・プランタンの家屋と印刷工房、中庭など一式がプランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館複合体としてそのまま博物館になっていて、これらがまるごと世界遺産に指定されている。世界最古の印刷機やそこで使われた印刷用活字一式が一揃いある、と。

部屋じゅうに紙の印刷物と紙ごみを積みあげ、埋め尽くし、これらに潰されるなら死んでもよい覚悟系の(たぶん)変な宗教にやられてしまった者にとって、そういうのを世界中に広めた起源のひとつとなる館なので、お参りしないわけにはいかない。昔の家屋なのでところどころ暗く、1階2階があって不思議な形に入り組んで、木がみしみしぎしぎし鳴って、頭がおかしくなりそうになったら中庭にでて一息ついたりした、のだろうか。稀覯書もいっぱい(そりゃあるだろ)あって、これらに比べたらまだまだ、って思ったので、なんの効果もなかった。なにを期待していたんだろうか。

ここまでずっと歩いて結構疲れたので、地下鉄の駅までゆっくり歩いて戻ったのだが、途中に世界中の雑誌を集めた書店(なんておそろしい)があったり、Demianていうなかなかの古書店があったり、ブリュッセルもアントワープも書店は相当にやばいのだった。

帰りは問題なく帰れた、というか電車の椅子に座ってからの記憶がほぼないくらい。