6.29.2026

[film] 嗚呼 満蒙開拓団 (2008)

6月22日、月曜日の晩、シネマヴェーラの羽田澄子特集で見ました。

この特集は先週で終わってしまったが、デュラスの特集などと被っていなければもっと見たかった。し、サブタイトルにあったように 『福祉、芸術、ジェンダーを通して日本を描く』 ことが今ほど求められている時はない、と思うの。ぜんぶ(体制からすれば)だめだめ系ので、誰もお金だそうとしないだろうが。

冒頭、80年代から始まった中国残留日本人孤児の国家賠償請求訴訟が棄却されて、残留孤児たち関係者が涙するなか、そもそもどうしてこんなことに、ということで、中国東北部にある「方正(ほうまさ)地区日本人公墓」にお参りをする日本人向けツアーに同行しながら、1932年の満洲国建国時から現地で、ここにやってきた日本人移民たちに何が起こっていったのか、を追っていく。

あんな場所に国を作って、作っちゃった以上は強くしないと周辺からやられてしまうので、本国からの移民の数を増やしたかった、他方で日本の農村部は昭和恐慌のあおりで食糧不足が危惧されていて、そんな両方のニーズも合致していた(最近の自衛隊の構図と変わらない)ので100万人規模の移住計画が立てられ、各都道府県には人数のノルマまで課されて、長野県などから多くの移民がハルビンに渡った。

でも映画での証言によると、旗を振られて移住したのは終戦間際の1945年の6月頃(えー)、8月になってソ連軍が満洲に侵攻してくると現地の関東軍はあっさり農民たちを棄てて退却をはじめて、残された民は飢えと寒さと襲撃とチフス、などでどんどん亡くなるか、現地の中国人に貰われるくらいしか道はなくて、そうやって20数万人が亡くなり、後になってゴミ捨て場のように放置され積み重ねられた骨々を見て憐れに思った現地の中国人が方正に共同墓地を作った、と。

まだ生き残っていた当時の人々の証言も含めて、120分ではぜんぜん足らない内容なのだが、一貫して描かれて、日中双方からの証言でそうとしか言いようがないのは誰ひとり、何ひとつ責任をとらない政府(&軍)による「棄民」政策とその全容で、水俣病でも薬害訴訟でも沖縄でも、ぜーんぶそう、いま偉そうに(恥をしれ)嬉々として戦前の施策をなぞろうとしているのはそういうことをした連中の末裔だからね。ほんとに何も振り返らないし反省しようとしないし理解する脳みそもないし罰せられることもないまま、利権と世襲でありがたや、って政権を支持して崇めて下にはふんぞり返ってきた上層の連中も含めて、どうしたらいいんだろうねこれ、って暗澹としてしまうのだった。 まったく終わっていない今の話として、ね。


女たちの証言 - 労働運動のなかの先駆的な女性たち - (1996)

6月22日の晩、上のに続けて見ました。

羽田さんのオフィスの片隅に、82年に撮られたまま10年以上、宿題のように放置されていたフィルムがあると。それは大正から昭和初期に社会主義的労働運動に参与した活動家の女性たちが一堂に会した座談会の時の記録で、そこで撮られた内容を紹介しつつ、後から改めてインタビューした内容も加えて、日本における女性解放運動とは具体的にどういうものだったのかを活動した女性ひとりひとりの歴史のなかに見る。

女性の「社会参加」すら危うくあれこれ言われ、ましてや政治参加とか労働運動なんてもってのほか - 逮捕されて当たり前だったあの時代、どれだけの迫害や虐待や村八分に見舞われようとも、パートナーの死や自身の投獄や弾圧にも負けずに信念も曲げずに淡々と自身を貫いた女性たちの像と言葉。外見こそあたりまえに老いているようだが、言葉も表情もすっきり澄み渡って、あんな老人になれたらいいな、しかなくて、しかし、他方で社会の方はいつまでたってもぜんぜん変わることができない、変わらないまま女性蔑視、労働運動や組合活動への忌避がなんとなく、でもしっかりと根づいて蔓延したままで、この辺(のもうやだ)が撮った映像をそのままに置いてしまった原因だったのではないかしら、って。


山中常盤 牛若丸と常盤御前 母と子の物語 (2004)

6月19日、金曜日の晩、日仏で”La Musica” (1966)を見てから、シネマヴェーラに移動して見ました。TGIF.

『山中常盤物語』は、義経説話に基づくお話 – 頼朝に追われて奥州へ下った牛若を訪ねて旅にでた母の常盤御前が、山中の宿で盗賊に殺され、復讐に燃える牛若が盗賊をばらばらざくざくに切り刻んでその仇を討つというお話で、浄瑠璃の演目として盛んに上演された。 『山中常盤物語絵巻』は17世紀の江戸時代の画家 - 奇想系のあれで注目された - 岩佐又兵衛(1578-1650)が『山中常盤物語』と浄瑠璃をもとに描いた全12巻、150mからなる絵巻作品(MOA美術館のコレクション)。

映画は、その浄瑠璃がべんべん唸りをあげるバックトラックとなって、カメラを右から左にスクロールさせつつ絵巻に描かれたストーリーをその場面の歌と一緒に聞いて追っていく、これを12巻ぶん。シンプルな構成ながら、絵巻と浄瑠璃の世界、それらが描こうとした牛若の怒りと悲劇が300年の時を経てダイナミックに伝わってくるものだった。

絵巻に巻かれている絵は殺しの凄惨な描写も含めて鮮やかな劇画調で、よくもここまで描いたなー、くらいに肉片血みどろ、でも人の顔はわかりやすい線と色のとぼけた漫画で、こういうのが受けたんだろうなー、って。

ただ、浄瑠璃がどんなことを歌っているのか、要約でもよいから字幕で投影してくれたらより理解が進んだのになー。外国のひとにも伝わると思うし、文化事業ってこういうのに(以下略)。

[film] Les mains négatives (1976)

6月21日、日曜日の昼、日仏のデュラス特集で見ました。18分の短編(監督作)と彼女についてのドキュメンタリーを組合せたプログラム。

“Les mains négatives” - 邦題は『陰画の手』。 英語題は”The Negative Hands”。

まだ薄暗い夜明けのパリの街に向かって、前方を向いたカメラ - 撮影はPierre Lhomme +2名 - がそれを搭載した車と共に走り出して、そこにAmi Flammer - Agnès Vardaの”Quelques veuves de Noirmoutier” (2006) 等 - の多くを語らず何かを切り裂いていくようなヴァイオリンとデュラス自身によるモノローグが被さっていく。

ゆっくりと動きだすフロントの窓がそのままスクリーンとなり、Pierre Lhomme独特の薄暗青いイメージにヴァイオリンが絡んでくるだけでたまらなくなり、このまま1時間やってくれないだろうか、とか思う。

解説によると、ルートは”From Bastille to the Champs-Elysees, by way of the Boulevard des Italiens, Avenue de l'Opera, and Rue de Rivoli”だそうで、建物に掛かっている映画の大看板を見ると”Capricorn One” (1978)とか”Convoy” (1978) の時代 - これはなんかわかる。大きな三越のパリ支店、OSAKAという日本料理店なども見える。

まだ眠っている、眠りから覚めようとしている街を浮かびあがらせつつ、デュラスが語る内容は昔彼女が見たというスペインのアルタミラ洞窟に残された3万年前の手の跡 - アルゼンチンのピントゥーラス渓谷にある「手の洞窟」のあれ、じゃないんだ? - 洞窟の暗がりにポジとネガで跡のついた/跡を遺したひとりの人物の像に向かい、「わたしはあなたより遠くのあなたを愛している」と言うの。いつもあとに遺るのは3万年の昔からのそんなふうな痕跡ばっかりで、愛はそこにしかない、そういうものなのだ、って目醒めようとしている街に向かって語る。

彼女が映画によって遺そうとしているイメージも、そのような「陰画」としてあるのだろうな、って。


Marguerite, telle qu'en elle-même (2002)

↑のに続けて見ました。邦題は『マルグリット・デュラス、あるがままの彼女』。 英語題だと”Marguerite as She Was”。

約60分のTV用に作成されたドキュメンタリー?で、作・監督は”Le camion” (1977)等で編集を手掛けたDominique Auvray。”L'Amant de la Chine du Nord” (1991) - 『北の愛人』出版の際にデュラスが彼女に献本したあたりから始まったらしい。

ピアノにのったJeanne Balibarのすばらしい歌声を背景に、デュラスの過去の写真、過去のインタビュー映像にある語り、Edgar Morin(おおー)やJean-Luc Godardのコメント、などが流れていく。メガネをしていない彼女の顔が新鮮で素敵でじっと見てしまう。

語られていくのはアジアで過ごした幼少期のこと、母や兄たちのこと、パリに出てきてからのこと、共産主義者としてあること、男と女のちがい、料理や油のこと(油は必要)など、ところどころに映りこむ黒猫、三毛猫 – やっぱり猫のひとなの? - 淡いカラーで撮られている”Nathalie Granger” (1972)の撮影時の、あの家の光景なども。 ネガティブな、ひっくり返す/返るような打ち明けや暴露話などはない。

ナレーションなどなくでも、すべての映像も声も(Jeanne Balibarの歌声さえも)、デュラスに対して抱いていたこちらのイメージやこれまで見た彼女の映画の情景、声、語りというスタイル、などなどにすんなりそのまま寄り添い、はまっていて裏切ることはない。Dominique Auvrayが愛と敬意をこめて彼女の声と映像を織りこんでいったのだろうな、というのがよくわかる、デュラスをこれから見る人にとっても最適の入門編になっているのではないかしら。

6.26.2026

[dance] Il Cimento dell’Armonia e dell’Inventione (2024)

6月21日、日曜日の午後、日仏でデュラスのプログラムをひとつ見た後、彩の国さいたま芸術劇場で見ました。

ローザス、アトラファイブ - 『和声と創意の試み』。タイトルはヴィヴァルディが1725年までに発表したヴァイオリン協奏曲(作品8)で最初の4つが『四季』として有名なやつ。 ”Il Cimento”には、試練、苦難、危険、リスク、危機といった意味もあり、このダンス作品のそれとするなら「試み」よりもうちょっと強くてもよさそうな。

ロンドンのSadlers Wellsでも5月に2日間上演されている。休憩なしの90分。
Anne Teresa De Keersmaekerのダンスは2024年11月に”EXIT ABOVE after the tempest”をSaddlers Wellsで見て以来。

Anne Teresa De KeersmaekerとRadouan Mrizigaの共同振付で、A7LA5(アトラファイブ)の 4人のダンサーたち - Boštjan Antončič, Nassim Baddag, Lav Crnčević, José Paulo dos Santosも共同創作、という位置づけ。

冒頭、真っ暗で殺風景な舞台の奥で蛍光灯のようなライティングがモールス信号のように瞬き、それが1本から2本、3本と増えて、両サイドの蛍光灯にまで広がってステージ全体が眩くなったところで暗転して、Autunno - 秋 - が鳴りだし、ダンサー1名が舞台に現れゆっくりとストレッチするような動きをしながらステップを踏んで、その数が4名迄増えて、あとは進行に合わせて増えたり減ったり、ソロとアンサンブルが交錯していく。

ダンサーたちはメッシュのベストやバスケットボールのショーツを身に着けて長いひらひらを纏ったり、おっさん風のひともいる外見はほぼストリートダンサーの太さと重心 - ブリューゲルの描いたフランドルの農夫のそれ - をもち、出番がないときは両サイドの椅子があるエリアで水分を補給したりぶらぶらしたり、モダンに近いひと、ブレイクダンスもやるひと、等ばらけていて、これまで自分が見てきたRosasのアンサンブルとソロが細やかにぶつかったりすれ違ったりの集合離散を繰り返しながら全体の流れを作っていく、そのプロセスを見せるのとは、ちょっと違うやつだったかも。 ごつごつとしたいろんな段差を見いだしつつ顕在化させていくような。

Autunnoから冬 - Invernoに行くときはタイトルの表示はなく、季節の変転はライティングの強さと色彩(黄色があつい?)、そしてダンサーの動きの組合せで表されていて、誰もが盛りあがることを期待するであろうPrimavera - 春は、音楽が始まる前にひとりのダンサーがステップ/タップであのヴァイオリンの刻みを見事に再現した(ここだけ拍手がおこった)ものの、実際の音楽が始まると、片手をあげた4人が揃って8の字を描いて蜂のようにぐるぐる回っていくだけで、え? それなの? ここってダンス観点では一番の見せ場じゃないの? だった。 無音での振り(結構多め)から音楽を付けてのアンサンブルへの移行/組合せがそれなりの効果を生むことはわかるが、この場合はちょっと微妙だったかも。みんなはヴィヴァルディが追いかけて鳴ることを知っている – 既に脳内で鳴らしているから。

この後にいかにも、で躍動する夏から再びAutunno、そして終わりの冬になると、蛍光灯が白い布で覆われていってその曇った覆いのなかで光がうっすらと消えていく。希望の春ではなく、2度目が反復される秋冬で終わる。

300年前に作られた自然を讃える音楽と、野山の自然から遥か彼方に離れてしまった都会のストリートでのリアル、その間にある様々なギャップを対照させて、歓びというより摩擦と試練、疲弊を、そしてそれでも容赦なく流れていく季節を示して容赦しない。 それを受けとめて対抗したり這いつくばってがんばる男性たち、という絵柄。

そして最後に朗読が流れる在ブリストルのAsmaa Jamaの詩- “We, the salvage” – われわれはわれわれが待ち望んでいた救い出されし者である、春を待ち望む.. 云々 と結ばれる。この”We”とは、春、とは。


一度に台風がふたつ、地震がふたつ来て、これは間違いなく国立映画アーカイブにあんなことをした天罰に違いないと思うのだが、それ以上に恐れるべきは、あの(悪い意味で)頭のおかしい連中に災害対応なんかをやられることである。ああ神さま、しかない。

6.25.2026

[film] 黒牢城 (2026)

6月21日、日曜日の夕方、TOHOシネマズ日本橋で見ました。
 
映画とは関係ないけどTOHOシネマズ、上映前の宣伝があまりに常軌を逸してやかましくてくだらなくて、目を瞑っていても吐きそうになるので今後はできるだけ行かないようにしたい(もう100回めくらい)。
 
脚本・監督は黒沢清、原作は米澤穂信による同名ミステリー時代劇小説で、今年のカンヌにも出品された。
 
時代劇にもミステリーにも疎くて、「くろろうじょう?」「こくろうじょう?」とか言うありさまだし、黒沢清監督作品も、見る機会があれば見るけど海外にいた時には見れないままだったし、国内外の黒沢マニアのような人たちには敵わないのだが、でもおもしろく見て、いろいろ考えさせられた。以下、ネタバレのようなところもあるかも。
 
登場するのは歴史上実在した人物たちで、史実としてもそんなには違っていないらしい。
 
戦国時代、織田信長の殺してしまえ戦略に叛旗を翻して自分の城に立てこもった荒木村重(本木雅弘)のところには威勢がよくて血気盛んな家来たちと優しい妻・千代保(吉高由里子)がいて、周辺国の武家も含めて一触即発の膠着状態になっていたところに信長からの使者として軍師・黒田官兵衛(菅田将暉)がやってくると、村重は彼を人質として地下牢に幽閉してしまう。
 
そんな城内で室内の少年が刺されて殺される事件が起こったり、殺した敵の武将の首が替えられていたり、宝物の壺を持たせた密使が殺されたり、不可解な事件が続いて、放っておくと士気にも響くし、村重は黒田官兵衛にこれどう思う? って助けを求める。
 
ふつうのミステリーに求められるような何故、誰が、どんなふうにそれをやったのか、という角度からの精緻でロジカルな謎解きを見せるというより、人がいっぱい死ぬ、殺されるのも殺すのも当たり前、進むも地獄/進まぬも地獄、の戦時の世になーんでわざわざそんな手のこんだことしてかき乱すの? というリーダーの苦悩と、その目線を超えたところにある宿命とか天罰のありようを描く。謎解きは誰かの恨みを晴らしたり明日への展望をもたらしてくれるもの、ではなく、だからこうするしかないのだ、という諦めに近い洞察と決意をもたらす。
 
突発的に作動して、意味不明だけど起こっちゃったことはしょうがないからどうにかしよう、という黒沢清得意のアクションの仕掛け、というかドライブは今回のような群集劇でも – 少し斜め上からの構図から黒い男たちが虫みたいにわらわら湧いて蠢いて雷に打たれたり、これだから… としか言いようのないぞわぞわが湧いてきたり。 これらの群像とそれを率いるリーダーの、後に引けなくなった姿を描く、という点では間違いなく上の意向に振り回されて身動き取れなくなる現代 or アカルイミライの話で、ここをどう見るかー。天罰ですらどうすることもできない地獄、としてあの時代を捕えることもできたのではないか、など。

あの雷があそこにいた全員を叩きのめしてくれたら、より天罰感がでたのに。
 
でも、いろんな描き方があるであろうことは承知のうえで、あの存在の薄さがひとつのメッセージとして機能していることをわかったうえで、たったひとりの女性である千代保が見た地獄を軸として戦乱の世でどんなふうに「天罰」の考え方が生まれ維持され、それを待望したり、それに向かって動いたりするようになっていったのか、を宗教映画のように描いたやつの方が見たかったかも。

あと、音楽 - 半野喜弘 - がとてもよかった。

6.24.2026

[film] Son nom de Venise dans Calcutta désert (1976)

6月20日、土曜日の午後、日仏のマグリット・デュラス特集で見ました。

英語題は“Her Venetian Name in Deserted Calcutta”、邦題は 『ヴェネツィア時代の彼女の名前』。

“India Song” (1975)のサウンドトラックをそのまま使って、映像パートだけ新たに、というか別のモノを撮りなおした作品。音の長さは同じなので上映時間も120分で同じ。

アイデアとしてはシンプルながら、このようなことをする/ができるためには、元の映画がそれなりの強い設定や形式を持っていないと難しい。1937年、モンスーンで荒れるカルカッタに駐留大使の妻としてやってきたAnne-Marie Stretter (Delphine Seyrig)を中心とした愛人Richardson、狂えるラホールの副領事(Michel Lonsdale)とのサークルでのすったもんだの果てに、その後の17年間をアジア各地を彷徨うことになる… という筋立ては知らなくてもぜんぜん構わないが。

音声を維持したリメイク、という構想のもと、撮影のBruno Nuytten以下数名のカメラが、カルカッタと言いながらパリ郊外のChâteau Rothschildを舞台に撮っていたオリジナルの場所を再訪し、人影なしのそこを撮り直している。

冒頭は、モノクロの点々の上をカメラがなめていって、空襲の焼け跡のようにも見えるそれらが庭の敷石(?)の模様だとわかるのは後のほうで、あとは建物の朽ちた外観、インテリア、エントランスからの眺め、崩れた家具や壁、それらを覆う木々や大気、そして朝の昼の夕闇の情景、かつて確かに人影が形造られた場所と時間を満遍なく。

華やかな外交の場 - レセプションが行われていた建物は人気も失せてすっかり朽ちて、元に戻る様子はない。”India Song”の登場人物たちはみなどこかに消えてしまった。それが会話に度々出てくる疫病によるものなのか、獣のように狂ってしまった副領事のせいなのか、終わりの方で語られるように彼女もRichardsonもどこかに消えてしまったからなのか、誰も知らない。 あるいは、この映像の方が正で、廃墟に戯れる様々な声とその持ち主の幽霊たちのやりとりがまずあって、“India Song”はこれを元に再構成したフィクションか、そこに映り込んでしまった霊たちの像なのかもしれない、とか。

Carlos d'Alessioによるピアノの”India Song”はどちらのバージョンでもメランコリックな土台を作ってすばらしく(本当に好き)、確かなものはこの旋律と、狂った娘による現地語の歌と、「ヴェネツィア時代の彼女の名前」 - Anne-Marie Stretterの母方の旧姓、くらいなの。

2024年の夏に、ロンドンのICAで“Let Cinema Go To Its Ruin: The Cinema of Marguerite Duras”という特集で見ていて、その時はAbsisによる短編 - デュラスがナレーションをする”Cygne I” (1975)、 Michael Lonsdaleがナレーションをする“Cygne II” (1975) との同時上映だった。いま見たらどんなふうに見えるだろうかー。


Nathalie Granger (1972)

6月20日の午後、↑のに続けてみました。 邦題には『女の館』というのが入ったりしていたの?

公園のはずれに荒れた庭と池?をもった一軒家があって、Isabelle Granger (Lucia Bosè)とまだ小さい娘ふたりと、夫があり、家族の友人と思われる女性(Jeanne Moreau)がいて、黒猫が住んでいる。

娘のうちのひとり – Natalieは学校で暴力沙汰を起こして、あんなところに行かない、でどうしたものか、になっていて、父親は早くに仕事で出て行ってしまい、近所ではやはり暴行事件が起こって犯人は捕まえられておらず逃走中、とか流れてくる。

全員が寡黙で不機嫌なのかほとんど会話がないので、なんでそこにそうしているのか、なにが起こるのか、なにをしようとしているのかがまったく見えない。全員がずーっと黙ったまま家屋の暗がりに立ったり座ったりしているし、Natalieも乳母車をがらがらしながら庭を徘徊したりするものの、なにをしているのか見えない。

途中、おしゃべりな洗濯機のセールスマン (Gérard Depardieu)が勝手に家に入ってきてべらべらべらべらかなりどーでもよいセールストークをしても、(あたりまえだが)かわいそうなくらい相手にしない – あんた誰?

なんで彼女たちはずっとそんな不愛想な態度のままで一点を見つめて、Natalieもいきなり乳母車をひっくり返したりしているのか – そんなの知るかよ、なんでわざわざご機嫌にご丁寧にストーリーとやらを語ったり担いだり会話を成り立たせたりしなきゃいけないんだよ、そっち(こっち?)こそ説明してみろおら! って言っているのだと思った。 “La Musica”や”Détruire, dit-elle”の延々引き延ばされていく繋がらない会話の変奏というか倒立というか。

そして取り囲む庭も含めての館のありよう。そこに暮らす、というよりただそこにいる、たむろする場所としての、あの家まるごと。

先に書いたICAの特集の際には、これと併映されたのがFrançois Baratによる”Gaumont-Palace”で、ここではデュラスが”Nathalie Granger”の草稿などを読みあげているのだそうだが、これは見れなかった。

ここまでくると無敵、としか言いようのない語り - 説明しない/語らない語りの強さと太さと。

6.23.2026

[film] Détruire, dit-elle (1969)

6月18日、木曜日の晩、日仏学院のマルグリット・デュラス特集で見ました。

英語題は”Destroy, She Said”、邦題は『破壊しに、と彼女は言う』。

“The Track” (1977)に続いて、自分にとってはここから今回のデュラス特集が始まったかんじなのだが、どれも震えるくらいおもしろい。ふつうに生きていそうな朗らかな人たちは出ていないし、全員なに考えているのかわかんないし、どんな設定なのかもよくわかんないし、彼らの会話はコミュニケーションとして成立しているように思えないし、でも何かが起こっている、進行していることだけはわかって、その何かとは何なのかを捕捉し追跡していくだけの時間。でも映画も小説も演劇も、アートってそもそもそういうものなのだ、という根幹に気付かされる。これがどれだけすごいことかー

デュラスの書いたものの2作目、書いたらそれを映画にする、を単独監督として実践した最初の作品。書きものの方は最初のパートナーだったDionys Mascoloに捧げられている。

テニスコートがある、広い庭もある、がらんとしたモダンなホテル - 療養院のようにもみえる – に4人のきちんとした身なりの男女がいて、出たり入ったり場所と組合せを変えたりしながらいろんなことを会話していく。

「ユダヤ人です」というStein (Michael Lonsdale)、謎めいたElisabeth (Catherine Sellers)、Max (Henri Garcin)とその妻Alissa (Nicole Hiss)、終わりのほうで、Elisabethの夫Bernard (Daniel Gélin)もやってくる。

彼らが普段なにをしているどんな人物で、なんのためにそこに滞在していて、誰となにをしたいのか、どこに向かうのか、彼らの会話はその周辺をずっと回覧板していて、互いを知るとか合意とか共感とか楽しむとか寛ぐとか、そういう姿とか志向はまったくなさそう。向こう1~2時間の暇つぶしとか、あしたあさってにどうするか、くらいしか頭にないし、近くにいる他人とどう過ごすか、夫婦であったとしても、これからなにをどうするとか、まるで表に出てこない。 ホテルというのはそういう場所だし、それのどこがいけないのか、とか。

かといって不条理劇のようなどん詰まり感や不明瞭な謎、目くらましもない。すべてはオープンで、それなりの説明はされているし、登場人物たちは意味不明のやりとりをするわけでもなく、焦ったり憎しみに燃えていたりすることもない。所謂「社会」を形づくるひとたちのように見える。

やがてAlissaが森に行きたい、と言っていた彼女はいなくなり、遠くから耳を塞ぐような轟音、爆撃のような音が… (原作では音楽だったような)

破壊しに、と言った彼女が?


La Musica (1966)

6月19日、金曜日の夕方、日仏学院で見ました。

Paul Sebanとの共同監督で、これが彼女の映画監督第一作。 前年にStudio des Champs-Elyséesで上演された同名の劇作品をベースにしている。

カフェのテラスでスーツを着て硬く不安げな表情で固まっている男Lui (Robert Hossein)に興味をもったのか、横にいた少女(Julie Dassin)が声をかけて、いろんな周辺の土地やこれからしていく旅など、あそこはいい、あれはどう、とかの会話をしていく。少女は彼と一緒にどこかに行きたいようで、男はウジェーヌ・ブーダンの絵に描かれたトゥルーヴィルの浜と彼の 『浜辺の女たち』について語ったりするが、そこから動く意思はなさそうだったのだが、この辺の行ったりきたりの会話の末に車で移動を始めて一軒のホテルに辿り着く。

そしてその途中、路上に姿を見せるElle (Delphine Seyrig)のシャープで漲った姿 – めちゃくちゃかっこいい - と、ホテルに舞台を移して離婚の話を進めようとしているらしい、LuiとElleの繋がっているのかいないのか、の異様な会話 – その段差とか間合いは『破壊しに、と彼女は言う』のそれにも通じるような。 その果てに「いったい何が起こっているんだ?」 って呻くLui...  確かに何かが、音楽のように生起していく何かがそこに。

ディスプレイに映る黒い獣の目とか、変なふうに映りこむボヘミアの城の絵とか、ここに掛かっていたブーダンの『浜辺の女たち』なども含めて、流れていくすべてがおもしろい。 これらを通してデュラスは映画のやり口、のようなものを掴んだのではないか。

ブーダンの『浜辺の女たち』、元の絵はどこにあるやつだか探してみたのだが、彼の浜辺の絵、多すぎ。

6.22.2026

[film] 薄墨の桜 (1977)

6月16日、火曜日の晩、シネマヴェーラの羽田澄子特集で見ました。
42分の中編で、岩波映画製作所に勤務しながら4年を掛けて作りあげた彼女にとって最初の自主製作映画だそう。
印象的なギターのアルペジオは片山幹男。ナレーションは香椎くに子。

冒頭、通りの奥に制服姿の少女が何も言わずにこちらを向いていたりする絵があって、最後の方にも出てくる。
岐阜県根尾村の山あいに一本だけ立つ樹齢1400年の老桜 - 「薄墨の桜」 - と呼ばれてその地域に暮らす人々に畏れられたり愛されたりしながらずっと朽ちかけるように立っていて、春になると花をつける様子を、地域と木の歴史の紹介と四季の情景と、近くに暮らして毎日仏飯を運んだりしている6軒の家族たちを交錯させながら、とにかく千年以上。

天然記念物に指定されて、日本三大桜に数えられている有名な桜で、言い伝えによると継体天皇がこの地を去る時に苗を植えていって、そこから先、世の中のいろんな地獄を眺めたり地獄から眺められたり、ナレーションでも語られるひとの怨みを吸って育った桜、というコブだらけの凄みが、薄墨の輪郭に陰影を加えて、シンプルに「美しい」とは言えない感慨をもたらす。 幹の下から昔の人骨と思われる骨がたくさん出てきて、その骨を持ち帰って鑑定するって言った医師の家が廃墟になっている様とか。

今であれば4Kとか8Kのコントラストで華々しく映しだされるであろう桜そのものの、特に「美しい」という観点からの愛でる撫でるような描写はなくて、ぼろぼろで崩れそうになりながらずっとそこに立ってあった、近隣の家族が毎日面倒をみてきた、という薄墨の線が描く歴史と共に示す。みんなが大好きな権太のうっとおしい歴史などに眉をひそめつつ。


古代の美 (1958)

二本立てで、↑のに続けて見ました。
東京国立博物館との共同企画による22分のモノクロの短編。映される対象たちは東博で今も見ることができるし、たぶん見たことがあるものも含めて、石器や埴輪の成り立ちとか曲線とか表面の肌理を映して浮かびあがらせて、ほらこんなに美しいでしょー、というよりも、これらと当時の生活との繋がりを紹介し、なんでこれが美しいなにかとして博物館に並べられているのか、そもそもの美とは? を白黒簡潔に考えさせるような内容のものになっている。 この目線と態度は、日本の古代のそれだけでなくて、ギリシャのでもイタリアのでもそうなるよなー、というのと。


元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯 (2001)

6月17日、水曜日の晩に、↑と同じ特集で見ました。
平塚らいてう(1886-1971)について、タイトルの有名な文言以外、実はなにも知らないかも、と思ってお勉強で。
音楽は湯浅譲二、ピアノは高橋アキ。らいてうの一人称の語りを喜多道枝、ナレーションを高橋美紀子。140分あっという間。

1911年、女性だけによる文芸誌『青鞜』を創刊するまでの、裕福な家庭に生まれて海外文化に触れて育ったのに、上からの国粋主義的な方に靡いた教育によりそれらを封じられて嫌になり、大学時代は禅を学んで、最初に書いた小説で知り合った森田草平との心中未遂事件のあたりまで、やることなすことめちゃくちゃおもしろく、詮索されたりうざいのでどこかの坊主に頼んで処女を始末したとか、夫婦別姓とうぜんとか、基本がパンクですごい。「らいてう」は”Thunder Bird” (Ptarmigan?) だし、「青鞜」なんて”Blue Stocking”だし、パンクバンドじゃん! - 面構えも含めて - とか。

動く(野生の)らいてうの映像は14秒しか残っていないそうで、基本は彼女が遺したものを語るか、関係者の証言を繋いでいくしかないのだが、太陽を直接撮ることはできない、ということもあるし、今となっては普遍的であったりめえよーなことばかりだし、彼女が照らし出した女性たちの言葉が運動に撚りあわされていく過程はふつうにおもしろかった。

他方で、この国に蔓延るこういう運動嫌い(モノ言うひとを毛嫌いする)の習性はどうにかならんものかー、って。そーんなに考えたり振り返ったりが嫌で従属して服従する奴隷根性が心地よいかー、っていつもの、身の回りについて考えてしまう。 サッカーなんて世の中から消えてなくなっちゃえ。