8.25.2026

[film] My Own Private Idaho (1991)

8月16日、日曜日の午後、シネマート新宿で見ました。 4Kリストア版でのリバイバル公開。
邦題は『マイ・プライベート・アイダホ』。 “Own”を抜いてしまってよいのか?

とても有名な作品なのにこれまで見たことがなくて、それを言うなら『ショーシャンク』とか『スタンドバイミー』とか『レオン』とか、なにひとつ見たことがないので、自分は映画についてなんか書いたりしてはいけない人間なのだ、と思いつつずっと書いたりしている。ほっといてほしい。

監督はGus Van Sant、知らなかったが原作はシェイクスピアの『ヘンリー四世 第1部』『ヘンリー四世 第2部』『ヘンリー五世』を緩く基にしたものだという。
1991年のヴェネツィアや全米映画批評家協会での最優秀男優賞をはじめ、いろいろ沢山受賞している。

男娼のMike (River Phoenix)はナルコレプシー - 場所と時間を選ばず発作のように強い眠気に襲われてその場で落ちてしまう睡眠障害 – を患っていて、冒頭、あたりに何もない道端で遠くに広がる道を見て、「人の歪んだ顔みたいだ」とか呟いたりしているとそのまま落ちてしまう。

シアトルで年配の女性から声を掛けられて彼女の邸宅にいくと、そこには親友のScott (Keanu Reeves)もいて、でもコトに及ぼうとしたところで彼はナルコレプシーで落ちて、目が覚めるとシアトルにいたりする。こんなふうにアイダホ、ポートランド、シアトル、最後のほうではローマまで瞬間移動するかのように、場所を変えていく。これらの移動に彼の明確な意思はなく、定住するわけでもなく、肝心なときにナルコレプシーで落ちてしまうのと同じような、否応のなさがあって、でもその根底には原風景のようなIdahoの、My Own Privateな道路と原野が広がっている。

根無し草でその日暮らしのMikeと、お金持ち市長の息子でよい毛並みで今はふらふらしているけど、やがてシェイクスピアよろしく親の後をしっかり継ぐであろうScottの振る舞いは、根本から相容れるものとは思えなくて – というかMikeはすぐ寝ちゃうし -で、どちらもやがてそうなることはわかっていて、そんななかで彷徨いと汚れ、酩酊と昏睡が繰り返されて、それらは何ひとつ生み出さないゴミ(結果きれい)みたいなもんで、それらがたまんなく素敵に見えるのだが、重ねて中心のふたりがRiver PhoenixとKeanu Reevesなので、つい何かを託したり夢想したくなったりするのかもしれない。 でも見事になにもない、やや見栄えのよい雑種と血統書付きの犬ころが同じ画面のなかにいてじゃれたりしている、それだけのー。

これが”Gerry” (2002)までくると、Matt DamonとCasey Affleckなので、なにをどう振ってもなんも生みださないノラの、ただの殺伐とした砂利の空っぽの台地くらいしか広がっていないのだが、ここに来るまでに10年かかった、ということなのか。

あとこの頃はグランジもあって、みんなが自分のゲロとか晒して、ゲロの可能性と緩めの孤独に賭けているようなところもあり、そういうなかでのクィアとか、郷愁とか、とても画面はきれいなのだが、とにかくいろいろ込められていることは確かかも。所謂ロードムービーの終焉なども。

こんなのこぎれいな白人男性のファンタジーじゃん、と思うところもあるので、例えば黒人キャストだったら、ナルコレプシーで寝入ったら略奪されて殺されてしまうかもだし、都市はシカゴとかディープサウス辺りとなり、シカゴだったら路上で凍死してしまうだろうし、ものすごく切実できついお話になるのではないか、などと想像したり。

でもあのラストはいいなー。彼はまだたまにああやって道端に転がっているのではないだろうか。

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