12.29.2024

[film] Grand Theft Hamlet (2024)

12月22日、日曜日の晩、Picturehouse Centralで見ました。

LFFの上映時にも話題になって、IMAXでの上映回もあったりしたのだが、オンラインゲームというものを見たことも触ったこともないので、と少し躊躇して、でも車やバイクを運転したことなくても、山登りやダイビングをしたことなくても、それらの映画は見るじゃん? と。他方でオンライン・ゲームというのはそれ自体まるごとがひとつの世界としてあって、そこで過ごす感覚や判断思考も含めて没入させるものである、という点において、その「没入」を踏みとどまらせるなにか、がないこともないのよ、など。

画面は最初からGrand Theft Auto (GTA) というonlineゲームの中にあって、その外側に出ることはない(最後のパートを除いて)。このゲームに関する説明がまったくないので最初はなにがなんだかわからず、ここに入ってくる人は自分のアバターを作ってやってきて、赤の他人を殺しあいをしたりする.. の? .. というレベルの老人でも、映画のなかで起こることを通してここがどういう場所なのかが見えてくる - 映画のテーマとは別に - という楽しさがあったりする。それを楽しいと思うかどうか、個人差はありそうだけど。

コロナ禍のロックダウン中、ゲーム以外に特にすることがなかった役者のSam CraneとMark Oosterveenは、毎日やってくるこの場所でシェイクスピアのハムレットを上演してみてはどうか、と思いたつ。ここはゲームの世界なので、ゲームのルールにないことはやったらいけないのでは? と思うのだが、ゲームのルールとして特に書いてなければ、やってはいけないことなんて特にないみたい。まあ、人をばりばり殺したって許されてしまう世界であるから、演劇くらい当然やってもよいのだろう。

こうしてゲーム内の掲示板に告知を出して役者のオーディションから始めるのだが、演劇をしたくてここに来る人なんてそんなにいないから変な連中ばかり現れて、しかもいきなり殺しにきたりして、SamとMarkも何回も殺されるし、殺してしまったり、その突拍子もない、誰が演出しているわけでもない、なすすべもないアナーキーな驚き - 制作している側でも - がたまらなくおかしい。そしてそのうち、実世界での演劇が構築しようとしている世界も、これと同じような荒唐無稽な物語だったり強引極まりない世界 - 例えばあまりに簡単に人が死んだり狂ったりしていく - だったり、なのかもしれないな、と。我々が生きて、生きるためにコントロールしたりされたりの世界があり、そのなかでコントロールのありようを悲劇だったり喜劇だったりのドラマとして組成する演劇の世界があり、それらをまるごとバーチャルに再構成した(はずの)GTAのゲームの世界があり、この「ハムレット」は3つの世界を跨いだ何かとして訴えてくるものがあったりするのかどうか。

想定外のことばかり起こることのおもしろさ - それがなんでこんなにおもしろいのか? を考えるのもおもしろいし、これら想定外のことを除いたときに、ここで上演されたものは果たして「ハムレット」と言えるのか? を考えるのもよいし - など、ものすごくいろんなことを吹き出しのようにわらわら掻き回してくれる作品で、こんなシンプルな暇つぶし思いつき企画が掘り下げてくれたことって思っていた以上に収穫だったのではないか。

すでに誰かがどこかでやっているのかも知れないが、ここにAIを介入させたらどんなことが起こるのか? 想定外のようで実は薄っすらわかっていた、ようなことが起こるだけでおもしろいおもしろくないでいうと、あんまし、になってしまう気が…

この「ハムレット」はおもしろくなったけど、例えば、”Avengers: Endgame”をやります! と言ったらどんなことが起こるだろうか? とか。 あれこれ考えてみるだけで十分におもしろいかもー。

SONYがスポンサーになってGTA内でのシェイクスピア全作上演とかやってみればよいのに。歴史に名を残せると思うよ。

あと、じゃあGTAでもひとつやってみるか、になるかと言うとそこまではいかなかったかも。

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