いろいろ時間がなくて、文化の秋だしいろいろ楽しく見ているうちに書けないままに流れていってしまうのが多くなってきてよくないので、書き方を少し変えて詰め込むことにする。
ほんとうはMS Wordでひとつにつき1500くらいがよいのだが、最近は1200くらいになってて、でも自分の備忘用でもあるので、短くてもよいからとりあえずー。
A Tupperware of Ashes
10月19日、土曜日の晩、National TheatreのDorfman theatreで見ました。
原作はTanika Guptaの戯曲、演出はPooja Ghai。
夫に引きずられるようにカルカッタからロンドンに移住してインド料理店を開いて、ミシュランの星を獲得するまでにした女性Queenie (Meera Syal)が中心で、三人の子供たちはそれぞれ独立しているのだが、20年前に死別した夫のAmeet (Zubin Varla)が夢なのか現実なのか頻繁に現れるようになり、やがて彼女はアルツハイマーと診断され – そして本人はそんなことはない、と強く反発するのだが実際に鍋を火にかけっぱなしにしたりの事故があって認めざるを得なくなり… というあたりはドラマでも映画でもよく見る光景だったり経緯だったりで、思いだしたい、思いだせるはずなのに出てこないもどかしさが祈りや呪いのように現れては消えて。セットはシンプルだが、背後に彼女の脳のなかだろうか、ワイヤーを伝う光がシナプスを渡るように明滅しつつ流れていって切ない。
症状が頻繁に出るようになると子供たちとのやり取りは悲喜劇 - 子供たちからすると振り回されたり酷いことを言われたりの地獄なのだが、彼女の傍らにはいつもAmeetがいたりするので本人は割と幸せに見えたり、この辺はインドの家族の絆やありようがよく出ていると思った。決して通り一遍の地獄として片付けようとせず、家族みんなで立ち向かおうとするところとか。
タイトルがばらしてしまっているのだが、後半はQueenieが亡くなり、その遺灰をガンジス川に流そうと英国の外に持ちだそうと奮闘する子供たちの姿が描かれる。大使館の慇懃硬直した官僚対応(..ぜんぜん笑えない)を経て、Queenieの遺灰はどうなっちゃうのか。 この部分はなくてもよいのかな、と思ったのだが、最後はタッパーウェアに詰めて運ばれる灰になっちゃうんだなーというしんみりはそんなに悪くないかも。
そして自分の灰はどこの川に.. について思う。(定期)
The Extraordinary Miss Flower (2024)
10月19日の午後、↑ を見る前にBFI Southbankで見ました。 LFFからのドキュメンタリー。
Geraldine Flowerが2019年、72歳でChiswickで亡くなったあとにスーツケースに入った大量の手紙 – 60-70年代に彼女に宛てられたラブレターなど - が発見される。
アイスランドのミュージシャンEmilíana Torrini – Miss Flowerは彼女の親友の義母でもあった – が友人たちを誘ってこれらの手紙を題材に音楽を作る、その過程を追っていく。
死者を悼むひとつのやり方、という以上に古い手紙や写真って、他人のものであっても(他人のものであればなお?)かきたてられるものがあるなー、って。
特に手紙って - いまのEメールはそうでもないけど - 手書きだった頃のってめちゃくちゃいろんなものを強く込めていたので、自分の書いたのは絶対見たくないし見られたくないし棄てられてほしいけど、他人のは、読むとおもしろい – という辺りではっとしたり。 大変もてたらしいFlowerさんの話とは別に、発掘される手紙についていろいろ考えてしまったりー。
A Sudden Glimpse to Deeper Things (2024)
10月21日、月曜日の晩、Curzon BloomsburyのDocHouseで見ました。 もうLFFは終わっていて(あーよかった)、これもドキュメンタリー。
監督はMark Cousins、この人はものすごく多作で、女性映画作家についての、ヒッチコックやオーソン・ウェルズの、現代映画全般についての、前作は”March on Rome” (2022) - イタリアでファシズム政権がどう立ちあがっていったのかについて、いろんなドキュメンタリーを出し続けていて、自分の興味の及ぶところをぐいぐい掘って語っていくそのやり方はどれもおもしろいし勉強になるので見る。
Wilhelmina Barns-Grahamの声を監督の盟友であるTilda Swintonさんがあてている。
スコットランドに生まれ、St Ivesで過ごした女性の抽象画家 - Wilhelmina Barns-Graham (1912-2004)の生涯を追う、というよりも彼女が画家として魅せられ、追っていったものを探っていくドキュメンタリー。 既に終わってしまったTate Britainでの企画展示”Now You See Us: Women Artists in Britain 1520-1920” - 会期中3回行った – でも女性画家がどれだけ歴史から軽んじられてきたか、自分がどれだけ無知だったかを恥じてしまうわけだが、この展示のスコープには1920年以降の画家、抽象画家が入っていなくて、まだまだいろんな人がいるよね、とこういう映画を見ると改めて思う。 スコットランド、イングランドだけじゃなく、日本にだって。
映画は画家としての彼女の画業を紹介しつつ - 初期の抽象画もすばらしいのだが - 1940年の後半にスイスのグリンデルワルトの氷河と出会ってから毎年そこに通って描いていった氷河 - Glaciersのシリーズがすばらしい。光や気温によって絶えずその表面や形象を変えていく、でも数千年前からずっとそこにある氷河って… タイトルは「それ」について彼女の日記にあった「ふとした瞬間に目撃したなにか深いもの」という記述からきている。
そこになにか「より深いもの」を見たことよりも、”A Sudden Glimpse”の方に惹かれる。その一瞬に何が起こったのだろう? なにが彼女を突然に? というのもあるが、画面上でぱらぱらと出てくる彼女の絵画が素敵で、Hilma af Klintのドキュメンタリー映画 –“Beyond The Visible - Hilma af Klint” (2019) - を見た時もそうだったがとにかく実物を見たくなる。
で、もっと見たくなったので書店で”The Glaciers”という彼女の画集らしき本を買ってみるとそこにMark Cousinsが寄稿していて..
野見山暁治の描いた山? の絵にもどこか似ていないだろうか? とか。
10.30.2024
[theatre] A Tupperware of Ashes
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