10.22.2024

[film] Grand Tour (2024)

10月13日、日曜日の晩、Curzon Mayfairで見ました。 LFFで見た最初の新作。

Miguel Gomesの新作で、今年のカンヌに出品されている。 上映後に3人いる撮影担当のうちのひとり、Rui PoçasとのQ&Aがあった。

第一次大戦期の英国の、英国人の話だが、喋られるのはほぼポルトガル語、たまに英語、更に現地の言葉 - 日本語なども聞こえてくる。

英国の役人Edward (Gonçalo Waddington)はアジアのどこか - ラングーン?で飲んだくれていて、そこで7年間婚約している婚約者を待っているというのだがぜんぜん来ないんだよー、と言いつつ、彼女から逃げるようにアジアの各地各都市を転々として大使館のレセプションに参加したり、日本では虚無僧と並んで座ってみたり。

その都市の光景とか民族的ななにか – 遊園地とか人形劇とかを映しだすパートはカラーで、主人公たちの旅 – Grand Tourのパート - 事故にあったり呑んだり食べたり転がったり - はモノクロになる。このモノクロの画像がすごく美しいのでここだけでも必見。 – 上映後のトークで、全て16mmで、シネマテークにあった古い機材を使って撮ったそう。 モノクロのパートでも時代設定を無視して現代の風景が映しだされる。あとはいろんな動物がいっぱいでてくるのでそれだけでも - 木の上のパンダは撮影時に本当にいたやつなのかしら? 

で、さんざん放浪して飲んだくれて、婚約者がこないーとかアジアは自分にはあわないかも、とか嘆きつつそのまま彼はどこかに消えてしまい、彼の旅先に何度か手紙を送っていた婚約者のMolly (Crista Alfaiate)を中心としたパートが後半で、彼の足跡を追っていくのだが、彼女も病に倒れて動けなくなっていって、やがて。 Mollyは変な笑い方をしてすぐに発作を起こして動けなくなったりするちょっと困ったキャラクターで、こういう人だからEdwardは逃げたのかも、とわかるような描き方をしていて、このMollyのパートはなしでもよいのでは、って思った。(後のトークで、後半パートは前半の撮影が終わってから書き足されたものだったと)

どちらのパートも異国を彷徨い続けて終着点のない倦怠とメランコリーが覆っていて、そこにところどころApichatpong WeerasethakulだったりJia Zhangkeぽかったりするアジアのちょっとミステリアスな風景が被さる。 ただそこに東洋的な異界や死後の世界が見えたり晒されたりすることはなくて、あくまで(理由はしらんが)西欧的なメロドラマが内側になぎ倒されていく(or ゆっくりと自滅していく)様子が描かれて、それが西欧社会で言うところのGrand Tourというものなのだ、と。


여행자의 필요 (2024) - A Traveler's Needs

10月14日、月曜日の晩、Curzon Mayfairで見ました。

“In Another Country” (2012) ~ “Claire's Camera” (2017)に続く3つめのホン・サンス x Isabelle Huppert作品。今年のベルリンで銀熊を受賞している。

相変わらず、変な映画/でも映画、としか言いようがないやつなのだが、おもしろいことはたしか。

韓国でフランス語をプライベートで教えている女性Iris (Isabelle Huppert)が主人公で、頼まれた人の家に行って会話をするのだが、対面での会話はほぼ片言の英語で、生徒が話した最近の出来事や弾いたピアノなどについて「あなたはその時にどう思った?どう感じた?」みたいなことを聞きだして、それを紙切れにフランス語で書きとって、帰り際にそれを渡してこれを言えるようになりなさい、そのうち喋れるようになるから、って。 教えて貰う側はわかりました.. と。

二つ目の家に行ったとき、教わる側で会社の社長をしている中年女性(Lee Hye-young)がこのやり方を怪しんで、これがIrisの開発した独自の学習法であることがわかるのだが、彼女は確信に満ちているし、途中からその家の旦那(おなじみKwon Hae-hyo)も一緒になってマッコリを飲み始めていつものあれになってしまうので、お手あげ。

三つ目が、彼女が居候しているらしい若い男の家で、そこにその男の母親がやってきて彼女が同居していることを知ると、やはり取り乱して母子の間に波風がたつのだがIrisにどうとできるものでもないので、口をすこしヘの字に曲げて肩をすくめるいつものー。 彼女がどこからどういう事情でここに来て、本職でもなんでもないフランス語教師をして、この先どこに向かおうとしているのか誰にもなにもわからないし、語られない、ただの流浪の詐欺師なのかもしれないが、それで - (例えば)旅行者の何がいけないのか?

見知らぬ土地にやってきたり現れたりして、そこをうろついて出会った人と酒を飲んで話して、というホン・サンスのいつものが繰り返されるだけなのだが、これって誰と何回お酒を飲んでも楽しい人には楽しいのと同じようなことなのだろうか… 例の酔っぱらったようなクローズアップも出て来て、そこが一番受けていた。

ワンピースの上に緑のカーディガンを羽織って、ひとりすたすた向こうに歩いていくその後ろ姿、ひとり食堂でビビンバを食べつつマッコリを呑む彼女とか、公園で縦笛をアナーキー(へたくそ)に吹きまくる彼女を見ているだけでぜーんぜんよいの。そのまま日本にくればいいのに、と思ったら本当に行くみたいね。


関係ないけど、最近の30周年、35周年にはあんま驚かないし気にしないようにしているのだがISISの”Panopticon”のリリースから20年、はちょっとこたえたかも。

関係ないけど、さっきCafe OTO(ライブハウス)から帰ってきて、Vivian Goldman先生のライブだったのだが、バックにSteve BeresfordとDavid Toopがいて、Flying Lizardsの”The Window”とか”Her Story”とかをやったの。長生きはするもんだねえー


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