10月17日、土曜日の昼、シネマヴェーラの特集『映画を輝かせるために』の邦画篇で見ました。
結局この特集の邦画の方、見れたのは2本だけだった。
監督は酒井辰雄、脚本は浅野辰雄、関沢新一、瀬川昌治、撮影は倉持友一。
昭和30年の冬、京都の西陣で、呑んでいたちんぴら同士の小競り合いがバーの外の路地に広がって、ひとりが夜の路上で刺殺され、4人組が逮捕されるが、捜査を担当した志村喬、杉浦直樹、田中春男の3人の刑事は言いたい放題で二転三転していくちんぴら達の証言に翻弄され、証拠探しで夏も冬も街中を這いずり回り、裁判では拷問虐待されたとか言われて世間から叩かれ、ぼろぼろになりながらも捜査を続けていく志村喬たち、それを支える妻の田中絹代など、地味な犯罪捜査・刑事モノ、というより世の中にはいろんな人がいるなー、のような広がりを見せる。
ちんぴらの喧嘩や恫喝の迫力と、とにかく全方位で耐えて黙々と捜査を続ける刑事たちと、それらを眺めつつバーでなんもしない記者とか、狭いながら太陽に背く者たちのいろんな世界がまるごと詰まっていて、それらを志村喬と田中絹代がぜんぶさらっていく。このふたりの労苦によってこの時期の日本は支えられていたのだな、ということがわかった。
愛することと生きること (1959)
10月20日、火曜日の晩、国立映画アーカイブの特集『映画監督 木村荘十二』で見ました。
この監督も作品もまったく知らないのだが、知らないので見てみるしかない。
『1957年に売春防止法が施行されたが、依然として対策が必要であるとの認識から、一般の理解と協力をより深めるべく製作された啓蒙映画』(チラシより)だそう。 『赤線地帯』 (1956)のその後、赤線の彼方に。 47分。
新宿の路地裏の暗い連れこみ宿の一室でひとり自殺を図った娼婦のたか子(小沢弘子)が婦人相談員の峰岸(平松淑美)や民生委員の協力を得ながら、少しづつ回復していく話。回想のなかでたか子は田舎で坑夫の実(左右田一平)と結婚して、職がないので東京に出てきたもののやっぱり職は見つからず、仕方なく売春を始めて、実はそれを横で見ていることしかできず、たか子は妊娠していることがわかり… というような経緯が綴られる。
みんな苦しかったし誰も悪くない、とされるのかもしれないが、やっぱり大枠では男がダメで悪いし酷いし、そうして弾かれた女性を女性たちが集まってどうにかしなきゃ、になる構図はこないだの『ファーストボイス』まで変わらず。外側だけだとお先真っ暗の、ものすごく暗い話なのだが甘さや湿り気をなくして、背後の善も悪も強く出さず、コトの経緯(どんなんなっても、こんなふうに救うことができる)をきちんと追って、最後、次の女性を救いに向かう女性たちがかっこよいの。
しかし、↑のも1959年。暗く大変な時代だったのだなあ、って。
末っ子大将 (1960)
上のとの2本立て。婦人団体(大阪母親プロ)の筋書の公募により村田忠昭が書いた原作を依田義賢が脚本に仕上げている。 後に『暴れん坊大将』と改題されたそうだが、そんなには暴れてないかも。
兄弟を亡くしながらも母親(望月優子)の愛情を受けて育つ7人兄弟の末っ子少年が読みあげる作文、という形式で母と子の日々のやりとりを追っていく。成瀬の『おかあさん』 (1952)みたいになるのか、と身構えたがそんなことはなかった。
犬を簡単にあげちゃうところとか、少年に空き巣の疑いをかけた警官とのやり取りのおもしろさとか、依田義賢すごいかも、ってなるのと、望月優子の笑顔もすばらしいの。 これも『愛すること...』と同じで湿っぽくなる隙間がなく、みんながきびきびと動いていって止まらないのがよかった。
ロケーション (1984)
10月22日、木曜日の晩、シネマヴェーラの特集『映画を輝かせるために』で見ました(邦画ふたつめ)。
森﨑東監督による松竹映画。 森﨑東の映画って見たことなかったかも。 原作はスチールカメラマン津田一郎の同名本。
ピンク映画のカメラマンの西田敏行が自宅に戻ると妻で主演女優の大楠道代が自殺未遂していて、監督の加藤武も喘息で倒れていなくなってどうしようって、でも現場に向かって宿屋の掃除婦の美保純を強引に主演に据えて撮り始めたら彼女は故郷にお墓参りに行く、というのでロケ隊ごと移動して、とにかく止めずに撮っていく。よくある現実とフィクションと現場がぐだぐだになっていくバックステージものなのだが、全員が自分の足元しか見ていないし、西田敏行も美保純もすぐに簡単に裸になってしまう人たちなので、どうにかなってしまう。
あと、これが映画デビューとなる助監督役の竹中直人ほか、現在は程よくじじいとして枯れている連中がみんな若くて、べったべたの80’s(演技)ムーブをしているのが楽しくて、そういう中でのこんなこともあったりして、のノリで転がっていく自由が楽しくて、これらが恥ずかしく見えない(笑えるか、というと微妙。ただこれは当時から)のはさすが。 これだから映画ってすばらしいな! にならないところも。
想定していない悪夢が続いていく撮影現場のやけくそと居直りを幾重にも自在な、どうとでもしたれ、のフリーフォームのなかに描いて、最初と最後が西田敏行の尻(入浴シーン)なのに、なんでこんなに爽やかな後味のになってしまうのか、謎としか言いようがないの。
10.28.2026
[film] 太陽に背く者 (1959)
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