10.19.2026

[film] 旅籠屋騒動 (1939)

10月12日、祝日の月曜日の午後、シネマヴェーラの『映画を輝かせるために』特集で見ました。

この週末から上映作品が洋画系のから邦画系に変わっていて、自分の場合、洋画と邦画だと太陽と月くらい見てきたものも過ごした時間も違うのでだいじょうぶかしら、なのだが、今はとにかく見れるものをー。

『お伊勢詣り』 改題とあって、戦後にこのタイトルに変わったらしい。
監督は森一生、脚本は依田義賢、56分。製作は新興キネマ京都、というところで、当時吉本興業から移籍した人気の関西芸人が大勢出ていて、ふつうの時代劇というより、後半はほぼ関西漫才のプロモーションVのようにも見える。

江戸時代のお伊勢参りで賑わう街道沿いの旅籠が舞台で、そこの主人(伴淳三郎)が病で臥せっていて、でもなかなか死ななくて、そこのバカな長男がやってきた女中に惚れてばたばたしているのと、そこにやってきた偉いお殿様に粗相をして、殿様がわしを笑わせたら許してやるわ、っていうので、そこにいた連中が代わる代わる座敷に出ていって「漫才」らしきものをするの。疎いのでよくわからないのだが、演者が前に出ていって、こちら(カメラの方)を向いて、こちらを意識しながら会話らしきやりとりとか芸っぽいものを披露して、おもしろいでしょ? ってやるのが漫才なのか、殿様の前には3組出てきて、でもどれもなにがおもしろいのかさっぱりわからないのが、おもしろい、といえばおもしろい。ネタがどう、容姿がどう、ではないし、彼らの話を際立たせるようなカメラの角度とかアップとかカットとか照明とか、工夫もなんもなくて、ただ殿様の正面に出ていって、なんかピンポンで喋って、失礼しましたー、を流して終わり。これらをほぼ素で流しているように見えて、漫才のネタとか内容(1週間経ったら完全に消えた.. くらいの)より、そのなんの作為もない垂れ流し技の強さ、斬新さが印象に残っていたり。

ただ、あんなしょうもないぽんこつ殿様の言いなりになる漫才師たちと、いまの政権の太鼓持ちで利権も含めてべったりの吉本は、この頃からずっと繋がっているのだな、って思って、あーあになった(ここはあまり笑えない)。


マリヤのお雪 (1935)


10月12日、↑のに続けて見ました。 76分。 英語題は”Oyuki the Virgin”…

監督は溝口健二、35mmフィルム上映で、フィルムの状態が音声も含めて結構ぼろぼろだったので次はデジタルで見たい。

川口松太郎の舞台劇「乗合馬車」が原作で、モーパッサンの「脂肪の塊」(1880)を西南戦争の時代に翻案した作品で、西部劇、と呼んでよいのかどうか。

西南戦争の戦火が迫ってきたので、乗合馬車で町を出ることにした一団がいて、乗合なので上流の人たちから酌婦おきん(原駒子)とお雪(山田五十鈴)まで揃っていて、上流の人たちはなんで彼女たちのようなのが? って蔑んでいて、でも彼女たちは黙って相手にしない。そのうち官軍の隊長朝倉(夏川大二郎)に捕まって、馬車の面々は彼女たちを差し出すように置き去りにして、仕方なく自分たちの店に戻ってきたふたりは、怪我をした朝倉と再会して…

フィルムはあんなにぼろぼろなのに、お雪の立ち姿と桜の散っていくさまだけは白く浮きあがって神々しくて、まるで宗教画のようで、なんだこれは、になる。翌年の『祇園の姉妹』 (1936)もそうだけど、この時期 - 当時18歳 - の山田五十鈴のとんでもなく、突き抜けてそこに生きているかんじ、ってなんなのか、っていつも、改めて思うのだった。

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