10.15.2026

[film] J'ai faim, j'ai froid (1984)

10月9日、金曜日の夕方、日仏学院のChantal Akerman特集で見ました。
邦題は『おなかすいた、寒い』、英語題は”I'm Hungry, I'm Cold”。

オムニバス映画“Paris vu par...” (1965) - 『パリところどころ』の20年周年記念で製作された” Paris vu par... 20 ans après” (1984) - 『新パリところどころ』のなかの1本、最初のエピソード。 Philippe Garrelなど6人の監督のうちの1名(唯一の女性監督)として参加して作られたモノクロ、17分の短編。

ブリュッセルからパリに出てきたふたりの女の子(Maria de Medeiros, Pascale Salkin)が一緒に街中を彷徨い、おなかすいたので、カフェでパンとオレンジジュースをもりもり食べて逃げて、更におなかすいたので、レストランで一緒に歌を歌ったらご飯を奢ってもらって、その男性のところに転がりこんで、ひとりは彼と寝て、もうひとりはひとりで、というそれだけ。 ふたりの少女の冒険でもなく、初体験でもなく、ちょっと遠出してきて、おなかがすいて、寒かったからなんかした、というそれだけの行動、ふたりの会話、それらの懲りない反復を捕らえた作品。 家庭や規範や男性からこんなにも自由である、ということを街をぶっとばすこともなく、こんなにも軽やかに、かっこよく描けるなんて。

『街をぶっ飛ばせ』 (1968)がそうだったように背後でがしゃがしゃ鳴っていなくても、映像だけでじゅうぶんパンク、としか言いようがないやつなの。


Portrait d’une jeune fille de la fin des années 60 à Bruxelles (1993)

邦題は『ブリュッセル、60年代後半の少女のポートレート』、英語題は”Portrait of a Young Girl at the End of the 1960s in Brussels”。

“Tous les garçons et les filles de leur âge” - 「彼らと同年代の少年少女は皆…」 という思春期をテーマにしたTVシリーズの1本として製作された。長さは約1時間、予算は約540万フラン、撮影はスーパー16で、撮影期間は18~23日、メインテーマは青春、1960年から1990年の間のいずれかの年代の前半、中間、後半を選択し、その年代の音楽を用いたパーティーシーンが含まれること、など変てこな制約があり、Chantalの作品の他にはClaire Denisの” US Go Home” (1994)や、Olivier Assayasの” La Page blanche” 後で長いバージョンの”L'Eau froide” (1994) - 『冷たい水』になる、など。見たことあるのもあるけど、ぜんぶ通しで見たい。

1968年4月のブリュッセルで、学校に行きたくない15歳のMichèle (Circé Lethem)はパリから出てきた20歳のPaul (Julien Rassam)と道端で知り合って、映画館でべたべた過ごして、彼とは寝たのかどうしたのか、夜になるとDanielle (Joëlle Marlier)と一緒にパーティに参加して踊って、朝に原っぱをずーっと歩いてどこに行こうかー。

パーティでのダンスシーンは、翌日に見た”Toute une nuit” (1992) - 『一晩中』のそれと同様、Pina Bauschぽさがたっぷり。相手に合わせたり導いたりするダンスというより、どうしようもなくひっついている、ひっついてしまって離れなくてちょっと困った–でもやめられないかんじ。

『おなかすいた、寒い』から(時代は遡るけど)約10年経って、ここでもふたりの少女が、家出ではないものの、「おなかすいた、寒い」的なところでひたすら彷徨い歩いて踊って喋って朝を迎える。そんなポートレート。なにも背負いこまない、明日のことなんて知らない、その断面のなかに現れる顔 - 少女たちの像。

ここから後、『囚われの女』 (2000)や『オルメイヤーの阿房宮』 (2011)といったやや重めの文芸(?)大作になっても、テクスチャーは異なるものの、女性(の身体、言葉)がなんで、ここに、こんなふうに、なきゃならんのか? とか、二度と戻るもんか、といった生理・身体的な苛立ちとそこからの逃走は続いているように見える。

あと、少女のポートレートというとMarguerite Duras(の少女時代のそれ)を思い浮かべたりもして、両者の違いを見ていくのもおもしろいかも。場所(土地)、熱、声のありよう、ぜんぶがあまりにも違うし。

この後、斉藤綾子さんによるレクチャー『アケルマンと少女たち - アケルマンにとって60年代を振り返ることとは: 映像と感情の記憶を描くこと』があって、途中までしかいられなかったのだが、とても示唆にとんだ、あれこれ繋がってくるおもしろい内容だった。

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