6月6日、土曜日の晩、二子玉川の109シネマズで見ました。
「先行上映」とのことだったが、本国公開より1ヶ月半遅れて(ロシアよりも遅れてて)、なにが「先行」だよばーか、しかない。スピルバーグの新作の件もそうだが、もうほんと世界のど田舎のくせに、アニメのムラでイキっててほんと恥ずかしい。
Michael Jacksonのバイオピックで、監督はAntoine Fuqua (だから見た)。”Bohemian Rhapsody” (2018)のFreddieよりも更に名の知れた世界的なスターだし、その裏でいろいろ変な人として囁かされた人でもあったので、その辺をぜんぶ広げてみせるか、逆にぜんぶ包んでごまかしちゃうかどっちか、と思ったら後者のほうだったかも。 輝けるスター、偉人としての彼を前面にだしてまだまだ稼いでもらうから、というプロモーション継続宣言のように見えた。 そしてそれは勿論、これまで聴いてきてくれたファンに向けてのものでもあるので、だから映画は世界中でヒットしました、よかったね! と。
Michael (Juliano Valdi → Jaafar Jackson)は幼い頃から父Joseph (Colman Domingo)の下で兄弟揃って歌とダンス、振り付けの特訓を昼も夜も強いられていて、母Katherine (Nia Long)は優しいけど横にいて見ていることしかできなくて、でもライブを重ねてようやく当時昇り竜だったモータウンと契約することができて、彼らは大スターになり、それを父がマネージャーとして仕切っていたので家は栄えて誰もがハッピー、であるかのように見えた。
が、長年に渡る父親の圧とコントロールに耐えられなくなったMichaelは独立を画策してQuincy Jones (Kendrick Sampson)のプロデュースによる最初のソロ製作&Epicとの契約を裏で進めていって、父は案外あっさり承諾して – 但し時間外の副業でやれ – でも、やっぱりなんだかんだうざいので弁護士John Branca (Miles Teller)を雇って、父親を解雇するという最終手段にでて、でも父親もしぶとくJacksonsとしての大規模ツアーを計画して … 後半の方はそれぞれのピースが話としてでかすぎるし、それゆえに知っていることも多い(洋楽の情報がそんなにない時代に、結構大きめに喧伝されたから)のでふつうに見ているだけで終わってしまう。 彼が亡くなるところまでは描かれず、”Bad”のツアーでこれからぶちあげるぜー! っていうとこでぷつりと… 続編があるの?
いろんな謎、疑惑をぜんぶ晒してそれに応えろ、とまで言うつもりはないけど、映画のなかでも描かれている鼻の整形とか家のなかを動物園にしちゃった件とか、なによりも音楽映画であるの(違うのか?)なら、どうしてバンドではなくソロで行こうと思ったのか、そういうことをした理由とか事情とか葛藤くらいは、描いてもよかったのでは、と思う。全体として、悲しかったり辛そうだったりの時以外で、彼がなにを愛したり考えたりしながら、音楽活動の軸やイメージを作ったり据えたりしていったのかがあまり見えなくて(チャップリンはひとつ)、その見えないかんじが彼を不世出のスーパースターにしたのだ、なのかも知れないが、もう少し明らかにしたっていいんじゃないの? って。 “Thriller” (1982)のPVよろしく、とびきりどす黒いバビロンを暴き出すこともできたであろうに、いろいろ二重三重にガードされているんだろうな、というのは感じた。
父親を中心とした家族のドラマ、としてもColman Domingoの正面からの顔アップでぜんぶが決まって、従うのだ! っていうボス猿方式だけのようで、それがMichaelのその後の行動にうまくリンクしていかない、というあたりが圧倒的に弱い。兄弟間での駆け引きのようなものだってあっただろうに。
いろいろあったね、の家族アルバムとか、ひとつのでっかいPV、として楽しめばよいだけ、なのかも知れないけど、それだけ? アメリカのポピュラー音楽史に残る人なのに?
6.15.2026
[film] Michael (2026)
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